モンスターハンター 騎士の証明~80
- カテゴリ:自作小説
- 2013/07/03 10:26:17
【慟哭】
「……どうして……」
無意識なのか、構えた銃を胸に引き寄せようとする。だが、ロジャーは頑として銃身をつかむ左手を離さなかった。
微動だにしない愛銃に焦れて、ユッカが「どうして」と繰り返す。
「どうして、止めるんですか……」
ロジャーはすぐには答えなかった。彼もまた、彼女に言うべき言葉を胸の内で探していたからだ。
「わたしは、どうなってもかまわない」
震えながらユッカは言った。
「でも、許せないんです。――許せないんです……! この人達、笑ってるの。モンスターにこんなにひどいことしてるのに、笑ってるの……!」
ユッカが震え続けているのは、怒りのせいだとロジャーは気づいた。彼女の中で煮えたぎる憎しみと怒りを、彼女自身抑える術が見つからないでいる。
「なんで平気なの。どうして人に自慢できるの。なぜ、何もなかったように生きていられるの?」
ひゅうっとユッカの喉が鳴った。細いうなじはうつむき、ロジャーを見ていなかった。うわごとのように「許せない」と繰り返す。
「この人達が生きていることが……わたし、我慢できないんです。だから、だから!」
銃を取り戻そうと、ユッカがもがく。ロジャーは銃を抑える左手に力を込めた。
そして、声の限りに叫んでいた。
「――ハンターは、いかなる場合でも人間に向かって武器を抜いてはならないッ!!」
「!!」
びくっとユッカの身体が硬直した。弾かれたようにロジャーを見上げる。驚愕に見開かれたユッカの瞳は、かわいそうなくらい怯えていた。まるで、ロジャーの刃で心を斬られたかのように。
あたりは静まりかえっていた。蒸気機関の鼓動する音だけが鈍く響くのみで、捕らわれたモンスター達までもが声をあげるのをやめていた。
「……」
ユッカはロジャーを見つめていた。彼のまなざしに答えを見つけ出そうとするかのように、必死で。ロジャーは目を逸らさなかった。
今のユッカは、あの時の自分だ。そう直感した。
振るわれる暴力に対して何もできず、唯一抗う術として自らの剣を取ることを選んだ、無力だったあの頃の。
「君が手を下す必要はない。それは君の役目ではない」
「……でも。でも……!」
この子達がかわいそうで。かわいそうで。ユッカは泣き出しそうな顔で言う。ああ、とロジャーは胸を切り裂かれる思いがする。
救わねばならない。あの時の自分を。ユッカを。
――ティオも、こんな気持ちだったのか――。
「……ジンオウガは、誇り高き生き物だ」
しっかりと手のひらに抑えたユッカのライトボウガンを見つめ、ロジャーは穏やかに語りかけた。
「群れず、孤高で、自分が生きるためだけに狩りをする。相対するものが現れれば、全力で抗い、生き残るために命を懸ける。――僕はそんなモンスターが大好きだ」
「……」
ユッカはのろのろと視線を外し、殺戮のために構えた銃を見下ろした。薄暗い室内でも輝くような碧色が鮮やかだった。
「君も、モンスターが好きだろう?」
ゆっくりと、ロジャーは言った。こくりと、幼い仕草でユッカはうなずく。ロジャーは優しく、ユッカのライトボウガンの銃身をなでた。
「これは彼らの分身だ。だったら殺させちゃいけない。武器として蘇っても、彼らを誇り高いままでいさせてくれ」
生命(いのち)あるものとして。
ロジャーはそっと、ユッカのライトボウガンから手を離した。まるでそれが支えだったかのように、ユッカはその場に膝を落とす。
ユッカは愛しそうに、ジンオウガの銃を両腕に抱きしめた。リオレウスの鎧に包まれた肩が震えた。身をかがめ、二度三度しゃくりあげる。
あ、
あ、
あ……
「――うわあぁあああああ!!」
天を仰いで、ユッカは泣き叫んだ。両の拳で冷たい石の床を殴りつける。ライトボウガン【野雷】が、硬い音を立てて床に落ちた。それを詫びるように、身をよじって泣き、吠えた。何度も、何度も。
誰も動かなかった。犯罪者達でさえ、その慟哭にわずかながら反省しているように見えた。
泣き続けるユッカの傍らにロジャーは膝をつき、そっと、落ちていた銃を抱え上げた。自分のものでなくてもわかる。良く手入れされた名銃だった。
「ユッカ君。――少し貸してくれ」
「え……」
泣き腫らした目で見上げるユッカに、ロジャーは微笑まず小さくうなずいた。立ち上がり、銃に通常弾Lv3が装填されていることを確認すると、撃鉄を起こし、冷徹にある方向へ銃口を向ける。
やめろ、と学者達が叫んだ。ロジャーは聞き入れなかった。
「――本当に滅ぼすべきは、これなんだ!」
ロジャーは引き金を引いた。強烈なマズルフラッシュが炸裂し、ジンオウガのライトボウガンが幾度も咆哮する。
「やめろおおお!」
室長が悲鳴をあげる。ロジャーの放った弾丸は、すべて、未完成の竜機兵に着弾したのである。
怒りの形相で、ロジャーは撃った。
撃った。
撃った。
容赦なく発砲するその先で、竜機兵の身体のあちこちが弾け飛んでいく。
甲殻が剥がれ飛び、皮膚が裂け、不気味に脈動する人工の心臓が破れて生臭い液をまき散ちらした。
長年の研究の成果が! 学者達は絶叫し、狂乱した。モンスターの身体を繋ぎ合わせて造った、ただの人形が壊れることに。
跳弾でぶつぶつと巨体を支えるワイヤーが切れ、重々しい地響きをたてて竜機兵は地に落ちた。体液には防腐剤も含まれていたらしく、早くも腐臭が漂い始めていた。
「――ありがとう」
弾倉が空になるまで撃ち、カチカチと引き金が終わりを告げる音を聞いてから、ロジャーはようやく銃を下ろした。両手で持ち、ユッカに差し出す。
ユッカは立ち上がり、役目を果たした銃を受け取った。もう、泣いていなかった。
「――ボルト。ブルース」
ロジャーは仲間を振り返った。そこに必要以上の情はない。今の彼はギルドナイトだった。
「密猟およびモンスター虐待、ハンターズギルド第40条と45条違反により、容疑者全員を確保する」
「了解!」
声をそろえ、ボルトとブルースが動こうとした時だった。沈黙を保っていた密猟者のひとりが動いた。ブルースが気づき、容疑者の逃走を阻止しようと腰の短銃を抜く。
「――何っ?」
ブルースは声をあげていた。足を撃ち抜くその前に、イビルジョー一式のガンナーの背中が血潮を吹き、無言で倒れたのである。
「お、お前いつからそこに?!」
ボルトも思わずたじろいでいた。ギルドナイトの能力をもってしても、その男の気配に気づくことができなかったせいだ。
血刀を一振りして背の鞘に納め、密猟者を斬った男は暗い目でこちらを見た。
「先刻からここにいたよ。――ロックラックのギルドナイト諸君」
「その姿、気配を消す隠密の技量、太刀筋……もしや」
ロジャーはユッカを背にかばいながら男を見すえた。
深紅の鍔広帽とツバメのように先の分かれたコート、古龍をあしらった胸のギルドの紋章。全体的なシルエットはロジャー達ギルドナイトの制服と似ているが、あちらの方が刺繍や宝飾に凝っていて、より貴族的な印象があった。銀髪痩躯(そうく)の男の容姿と、よく似合っている。
「あなたは……ドンドルマのギルドナイトか」
「我が名はザイン。ドンドルマの大長老の命で来た」
ロジャーの問いに、男は胸に手を当てて一礼した。優雅だが感情のない、儀礼的な仕草だった。