モンスターハンター 騎士の証明~81
- カテゴリ:自作小説
- 2013/07/08 10:13:20
【密偵】
ドンドルマのギルドナイトと聞いて、居合わせる学者の何人かが怯えたように身じろぎした。ザインはじろりと彼らを一瞥(いちべつ)する。
「なるほど。密猟者や違法科学者を追っていたのは我々だけではないということか」
ブルースが油断なくザインを見つめる。背負う長大な太刀は、ラストエスディシスと看破できた。雄火竜リオレウスと、強大な古龍クシャルダオラの素材を集めて作られた珍しい太刀だ。むろん、その威力は途方もないものである。
「そちらも、ドンドルマギルドが管轄する旧大陸まで“ゴリアテの風”を追ってきたではないか。珍しいことではないはずだ」
ザインが言う。“ゴリアテの風”は、ロックラックの位置する新大陸と大都市ドンドルマやシュレイド王国が位置する旧大陸をまたにかけて、密猟と強盗まがいの犯罪を繰り返してきた密猟団だ。数カ月にロジャー達が逮捕したもので、もちろん、事前にドンドルマのギルドへ許可を取っている。
だがザインの任務については、ロジャーですら聞かされていなかった。
「――そちらにも事情があるということですね」
ロジャーはザインから目を離さず言った。ギルドナイトが隠密で行動しなければならない理由は、およそふたつある。
ひとつは、死をもってしか罪を償えない者の粛清。
もうひとつは、重大な機密が漏れた場合の処置である。
ザインはおそらく後者だろう。ロジャーの視線に、もうひとりの赤い騎士は錆びた声で答えた。
「隠すことでもない。貴君らが推察する通りだ。王立武器工匠とドンドルマハンターズギルドの情報管理室から、古代技術の文献が盗まれた。自分はそのゆくえを追ってきた」
「それが、この造竜術というわけですか」
「左様。知識におぼれ、なまじ技術があると、結果を見ずにそれを試したくなる愚か者がいる。そこの学者どもは、王立古生物書士隊や武器工匠から文献を盗んで離脱した者達だ。元ガル国王というパトロンを得て、ここで野蛮な知識欲を満たしていたわけだな」
ザインの昏くかすれた声に、感情はみじんも込められていなかった。密猟者を一刀に斬り伏せたことを見ても、彼は暗殺専門のギルドナイトなのだろう。
暗殺専門のギルドナイトに会うのは初めてではない。だが、どうして彼らの目を見ると心が凍りつくのか。
尻込みしたくなる気持ちを抑え、ロジャーは内心の緊張を表に出さないよう努めながら、ザインに言った。
「そちらの事情はわかりました。ですが、あなたが彼らを処断することは私が許しません。全員生かして連行する。これはロックラックギルドマスターの命でもあります」
「造竜術の関係者は1人残らず処分せよとの命だ。聞けんな」
「ならば、事前にこちらへ文書など通達するべきでした」
「なぜかばう?」
淡々と、ザインはロジャーを見て訊いた。
「ここにいるからには、貴君らも自分と同じ使命を果たしにきたのだと思ったがな」
帽子の陰から覗く感情のないまなざしに見つめられ、ロジャーは口元をこわばらせた。
彼は、気づいている。ロジャーは、まだ人を殺めたことがない、と。
(それがなんだというんだ)
ロジャーは垂らした拳を握りしめる。
(何もかも殺すことが正義ではない。それをティオさんは教えてくれた。あえて自分の手を汚しながら――)
ロジャーに殺すなと言いながら、犯罪者を断罪したティオ。その行為は矛盾していながら、どちらも正しいとロジャーは信じている。今でも。
すべてが綺麗事では済まされない現実がある。どんなに教え諭しても、歪みきった人の心は戻らない。彼らにもたらされる死は、弱きものが傷つけられる悲しみの連鎖を断ち切るためにあるのだと、ロジャーは信じてきた。
ティオもそう信じて断罪の剣を振るうのだと。そして、彼は決してロジャーにおのれの役目を任せないのだ。
殺さずに済むのなら、それがもっとも良い方法だ。改悛(かいしゅん)する人間の良心と可能性に懸けている。ティオはロジャーに、死以外の人間の救済を託したのである。
重い責任だ。そしてとてつもなく難しい。
おとなしそうなユッカですら、自らの怒りを抑えきれなかった。ロジャーも同じ気持ちだった。
モンスターにここまでむごいことをする輩に、怒りのまま刃を叩きつけることができたら。その誘惑を、必死に理性で押さえているのだ。
だからこそ、その箍(たが)を外してはならないと思う。自分が決して、ティオや、ザインのように冷徹さだけで人に剣を向けることはできないと知っているからだ。
ならば、感情を発露しなければ、人は人を断罪していいのか?――違う。即座にロジャーは胸の内で否定する。
(ティオさんが言いたいのは、そういうことではないんだ……)
「おい、これは俺達の追ってる事件だぞ! 横取りみてえな真似すんじゃねえよ!」
しびれを切らしたボルトがザインに怒鳴った。やめろ、とブルースが脇で止める。
「聞いただろう、向こうも同じ犯人(ホシ)を追っていたんだ。これはそういう問題じゃない」
「だってよ! このまま容疑者全員よそのギルドナイトに処分されて、おめおめ帰れるかよ。こいつらのせいで、どんだけ自然やモンスターが傷ついたと思ってる。あっさり死んで楽になられちゃ困るんだよ。きっちり裁判にかけて、てめえの罪を償ってもらわねえとな!」
「ボルト……」
憤るボルトに、ブルースは目を伏せた。彼の怒りはブルースもよくわかる。だが、事態はやや複雑だった。
ドンドルマの大長老は、ハンターズギルド連盟においてもっとも発言力を持つ。ギルドの歴史の古さだけでなく、彼自体が偉人のためである。竜人族において千年に一度しか生まれないという巨体を生かして、数々の大型モンスターを撃退し、古い体制を変えて都市を発展させ、古龍観測所を設立したのも彼だ。
各地のギルドは彼の発言には一目を置く。それは自然に足下(そっか)の者にも伝播し、表向きは見せないが、内心で上下関係を意識しているギルド関係者も少なからずいた。
「ザイン殿」
ロジャーが一歩進み出た。
「あなたに下された命令は、果たして、容疑者全員の処分だけですか?」
ザインはやはり、感情を見せずに顔を向ける。
「可能なら、との仰せだ。自分の目的は、外部に流出した造竜術および機構術の回収と処分である」
「ならば、容疑者だけでもこちらに引き渡しを要求します。彼らから得た情報は、すべてドンドルマギルドに委ねましょう」
「隊長、それは……」
異を唱えたブルースに、ロジャーは「いいんだ」と目配せする。ロックラックギルドマスターの本心としては、ここに密集する機構や技術すべてを持ち帰ってほしいだろう。
蒸気機械の最新型や、電気を体に貯めこむ飛竜種フルフルやギギネブラの電気袋を生かした発電機関、モンスターに施した手術まで、どれも知識の宝庫だった。たとえそれがよこしまな欲望によって築かれたものだとしても、生かしようによっては今後の人類の発展に役立つ。
それが独占できるとあれば、どこの都市も躍起になる。それを惜しげもなく譲渡するというのだから、ブルースが驚くのも無理はなかった。
(だが、事態を収めるにはそれしかなさそうだ。そして、利権にこだわらない高潔なロジャーさんの信念……恐れ入る)
ブルースは反論せず、うなずいてみせた。
私も小鳥遊さんの小説楽しみにしていますので、続きができたらアップお願いしますね^^
このところ多忙につき、ゆっくりコメント出来ないのですが(>_<)
いつも続きが気になって、合間をみてはスマホから覗かせて頂いています(^^)/
落ち着いたら、ゆっくりお邪魔させて頂きますね~♪
「ここはこう読みたかった」「もっとここを書いてほしかった」というご意見があれば、ぜひとも頂きたいところです。
字数が許す限り改稿したいと思います。
それにしても長く続けて書いてます。筆のつたなさに嘆きつつ、でもやめられないという。
ちょっとでも面白く書けていれば良いんですが…。自分は面白いと思ってても、こればかりは、ね^^;