モンスターハンター 騎士の証明~82
- カテゴリ:自作小説
- 2013/07/10 11:07:13
【混乱】
ザインは無表情のまま黙っていた。こちらの考えを推し量っているのだろう。
無理もない。ロジャーは相手の冷徹な視線を受け止めながら思う。
ロジャーの出した提案は、実に都合の良い話だ。ザインの目的は、この地下研究所のどこかに隠されているだろうドンドルマギルドから盗まれた古文書と、ここでの研究結果を記した文書だけを持ち帰れば良いということではない。
果たすべきは、この禁断の技術が他者の手に渡らないように防ぐことである。もっとも有効な手段が、口封じだ。
文書だけを持ち帰っても意味がない。ロジャー達が容疑者を尋問すれば、文書にはない技術を知ることもできる。ドンドルマギルドとしては容認しがたいことであろう。
「我々ロックラックギルドと、ドンドルマギルドは敵対関係ではないはず」
ザインのまなざしを窺いながら、ロジャーは切り出した。
「我々は決して、容疑者から得た情報を開示せず、すべてドンドルマギルドへ譲渡すると約束しましょう。世界の均衡を守るものとして」
「――すべて、か。一度管轄に引き取られた容疑者は、他のギルドは関与できなくなる。お前の言うことは、単なる口約束にすぎん。尋問して得た情報の一部を、お前達が隠さないと言い切れるか?」
「そうですね。造竜術の機密は確かにこちらも欲するところです。しかし、マスターはそこまで命じなかった。我々が捜査していたのは、近年発生していた大規模な密猟事件だけです。造竜術に関しては、今ここで知ったもの。最初からそれを追っていたザイン殿およびドンドルマギルドに、造竜術に関する一切の権利を譲渡することは当然と思われます」
「ふむ」
よどみないロジャーの説明に、ザインもようやく納得したようだった。
「だが、やはり全員引き渡しには応じかねる」
「え?」
ロジャーが眉をひそめる。ザインは淡々と要求を突き付けた。
「――半分だ。学者どもの身柄をドンドルマギルドへ半数送ってもらいたい。それ以上は譲歩しない」
「おい、お前いい加減にしろよ!」
「よせ、ボルト!」
こちらを信用していないのかとボルトが憤るのを、ブルースが羽交い締めにして止める。さすがにロジャーも即座に反論はできなかった。
信用問題といえばそれまでだが、学者達の頭に納まっている技術は、それほど貴重なのだ。
だが、とロジャーは考えを巡らせる。
(マスターもドンドルマの意向は知らなかったようだ。ブルースとガーディアン達ををこちらに派遣したのも、あくまで推測にすぎなかったはず。この場所で造竜術が行われていた実態まで知っていたなら、こんなことにはならなかった)
ブルースからは、ガレンの証言でギルドマスターの顔色が変わったことは聴かされていた。聡明な竜人族のことだ、彼を派遣した時点で、事件の概要は脳裏にあっただろう。
だが、ここはあえて容疑者の一斉逮捕を貫き通す。ロジャーは覚悟を決めた。
「……わかりました」
「ロジャー?!――むがっ」
同意を見せたロジャーに噛みつこうとしてボルトがわめきかけ、その大きな口をブルースが後ろから右手でふさぐ。
「あなたの要求を受け入れます。ただし、ドンドルマに送検した容疑者は、事情聴取が終わり次第、こちらへ身柄を返還していただきたい」
ザインの冷徹な視線が、わずかに動いたように見えた。重々しく口を開く。
「……機密を漏らし、実行した研究者の末路はお前も知るはずだが?」
「だからどちらで裁いても変わらないと? それは違います。この土地は我がロックラックギルドの管轄。同じ大陸の住人として、私達はここで起きた悲劇に責任を取らなければならない」
「――それがお前の信念というわけか」
ザインは、わずかに口元を緩めた。
「信念まで持ち込むとは、まだ青いな。――だが、よかろう。その条件を飲むことにする」
「――感謝します」
交渉が通り、ロジャーはほっと肩の力を抜いた。ボルトの緊張も解け、ブルースもようやく彼から手を離す。
だが、遠巻きに身を寄せ合っていた学者達がその顛末(てんまつ)に喜ぶはずもない。
「ふざけるな、人をギルドの交渉の道具にするとは!」
室長が興奮して怒鳴った。
「我らが長年苦しんで得た知識を強奪するだけではなく、しぼり取ったら抹殺するのだろう! そうなるくらいなら、いっそ――」
「――しまった!」
室長が叫びながら壁際へ走った。ロジャーが思わず声をあげる。ブルースが、逃げる室長を狙撃しようと短銃を両手で構えるが、他の学者達にまぎれて狙いを見失ってしまう。
「くそっ、逃げるつもりか!」
ボルトが後を追おうと床を蹴ったそのとき、密猟者の剣士が右腕を振りかぶった。はっとしてロジャーは叫ぶ。
「目をつぶれ!」
ユッカ達はとっさ指示に従っていた。瞬間、カッと白い光が空間を焼く。密猟者は閃光玉を投げたのだ。太陽光に匹敵する光度は、人間が直視すれば失明になりかねない。
「くそっ、こざかしい真似を――」
閃光がやんで、ボルトが目をかばっていた両腕を下ろした。そこへ、ズンと振動が響く。
「ばばば爆発ニャ~!」
コハルが小さな指で研究室の一角を指した。見れば、室内の縦横に据えられた得体のしれない機器から、黒煙と赤い炎が噴き出している。
「貴様……」
ザインが、機器にしがみついている室長をにらんだ。室長は肩を震わせて笑った。
「お、お前らにすべてを奪われるくらいなら……いっそ壊してやる。ヒヒヒ」
「この野郎ー!」
ボルトがこめかみに青筋を立て、手にしたガンランス【ソルバイトバースト】を展開した。そこへ、動力機関であろう、ひときわ大きな炉のようなものから耳を弄する爆音とともに、盛大に炎が噴出した。炎は怒りに我を忘れたボルトへ一直線に襲いかかる。
「ボルトしゃん!!」
「――っ!?」
アンデルセンの白い小さな体が渾身の力でボルトの大柄な体躯にぶつかり、よろめいたボルトの脇を炎の槍が貫いた。焼けつく熱風が息を止めさせ、額に落ちた前髪を何本か焦がす。
「あ……」
爆風にあおられ、横から殴りつけられたようにアンデルセンが軽々と吹き飛んだ。その小さな体が燃えながら床に叩きつけられて初めて、ボルトは何が起こったのか理解した。
「ア……アンデルセーーーン!!」
ボルトはガンランスを投げ捨て、前のめりに駆け寄ると、ぐったりしたアンデルセンの身体を抱きかかえ、分厚い手のひらで必死に、くすぶり燃え続ける炎を叩いた。
「しっかりしろぉ、死ぬな、死ぬなあ!」
凍土に棲むウサギに似た牙獣種ウルクススの毛は、寒さにはとても強い反面、ひどく燃えやすい。アンデルセンの身に着けているウルクのコートはほとんどが黒く焦げ落ち、しつこく小さな炎をあげていた。
「ボルトしゃん……ご無事でしゅか……」
苦しそうにあえいでいたアンデルセンが、うっすら目を開けた。ボルトを見上げて、にこりとほほ笑む。髭が焦げ、すすけた白い顔へ、ぼたぼたと大粒の雫が落ちた。ボルトは顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
「大丈夫だよぉ。アンデルセンが助けてくれたおかげだ。ありがと……ありがとうなあ」
ふみゅう、とアンデルセンはうれしそうに目を細めた。
「ボクもお役にたてまちた……」
「んなことねえよ。いつもお役に立ってるよ。お前がいるだけで、それだけで……?」
返事はなかった。