モンスターハンター 騎士の証明~83
- カテゴリ:自作小説
- 2013/07/15 10:53:03
【ハンターの義務】
「あ……」
ボルトは力なくアンデルセンをゆすった。
「アンデルセン? おい、おい!」
ゆする強さがどんどん強くなり、アンデルセンの身体が大振りに揺れる。だが、アンデルセンは声も出さなかった。
「嘘だろ……そんな、そんなあああ!」
「――どけっ!」
涙交じりにうろたえるボルトを、駆けつけたブルースが突き飛ばした。どすんと尻餅をつく友には構わず、ブルースはアンデルセンの閉じた瞼を指で開き、胸に耳を当てる。
「お、おい、ブルース……」
「――まだ息はある」
振り返り、ブルースは呆然としているボルトを叱りつけた。
「しっかりしろ! お前が動揺してどうする! 俺達はギルドナイトだぞ!」
「う……」
ボルトは涙に濡れた目で見上げるばかりだ。ブルースはアンデルセンを抱き上げて立ち上がった。
「早くここから出て、処置をしなければ――」
「そうすれば助かるのか? なあ、なあ?」
ブルースは「わからない」という言葉を噛み殺した。答えず、心配して駆け寄ってきたガレンにアンデルセンを託す。
「まずは容疑者の確保だ」
「あっ、あいつら逃げるで!」
ショウコが焦ったように叫んだ。見れば、どさくさにまぎれて、密猟者達を先頭に学者達が奥の方へ走っていく。
「待てぇ!」
ガンランスを携えたボルトの太い咆哮が爆音を貫く。
「――お前ら全員、ぶっ殺す!!」
「ボルト――くっ!」
ブルースが止めようとしたが、燃え広がった炎が間に立ちふさがり、思わずあとじさった。激怒したボルトは密猟者達に猛進するやいなや、ところ構わずソルバイトバーストの砲撃を撃ちまくった。さすがにG級のイビルジョー装備を身に着ける猛者だけあり、その砲撃は密猟者達にことごとくかわされたが、運悪く砲撃の一発が近くの機器に当たった。
バチッと火花が弾け、歯車と鎖がきしむ重々しい音が鳴り響く。
「な、なんだ?」
ガラガラという不審な響きに、ボルトは我に返って辺りを見回した。同時に、学者達が悲鳴をあげる。
「モ、モンスターどもの檻が!」
「ああん?――どわあ!」
目を細め、眉間にしわを寄せたボルトはそちらを振り向き、学者達と同じく驚愕した。
実験に使われていた改造モンスター達を閉じ込めていた柵が徐々に上昇しているではないか。
「喰われる!」
「うわあああ!」
学者達は今度こそパニックになった。我先に奥の壁際まで走り、中には転ぶ者もいる。密猟者達はやや冷静らしく、壁まで到達すると、何かのレバーを下ろした。ここだけは別のカラクリだったらしく、歯車が回る音と共に壁が上方へスライドし、巨大な出入り口が出現した。
それは、奥が階段ではなく傾斜のゆるい石畳の坂になっており、地上へ通じているようだった。大型モンスターも通れる広さである。ここから密猟したモンスターを搬入していたに違いない。密猟者の軍団は、すがってくる学者を足蹴にして地上へと走っていく。
――ギャアア!
甲高い咆哮をあげて真っ先に檻から飛び出したのは、ナルガクルガだ。身体の半分以上の皮膚や鱗を剥がされた無残な姿だが、運動能力は健在らしい。双眸を赤光に燃やし、自分をこんな目に遭わせた憎き人間どもを殺戮せんと襲いかかった。
「――た、助けてくれええ!」
圧倒的かつ凶暴な力の前に、普通の人間はなすすべもない。たた怯え、抗うことのできない恐怖に竦(すく)むだけだ。学者のほとんどは頭を抱えて縮こまり、そこへ黒い殺戮者の牙と爪が襲いかかる――。
ナルガクルガが学者の集団へ飛びかかったその時、その体が空中でびくりと跳ねた。ギャアッと悲鳴をあげ、巨体が彼らの前に落下する。ひい、と哀れな声で、学者達が身を寄せ合った。
急所を貫かれたらしく、ナルガクルガはすぐには起き上がれずに床の上でじたばたともがいている。
「貫通弾!? ブルースかっ!?」
ボルトはブルースを振り返ったが、彼はまた別の方を見て驚いていた。
「ユッカ殿……」
ブルースは、傍らに立つ娘の名を呼んでいた。ユッカは硝煙をあげるライトボウガンを冷徹に構えていた。頬に涙の痕はあるが、唇はしっかりと引き結び、足を踏ん張って立っている。
「わたしは……ハンターだから」
ユッカの肩が小さく震えていた。泣くのをこらえているのだと知り、ブルースは何ともいえないまなざしになる。
「ハンターなら、誰でもきっとこうする」
「――そうだ」
「ロジャー隊長……」
ユッカの傍に、紅の騎士が立つ。冴え冴えと輝く抜身の双剣を手にしていた。ブルースは帽子の鍔に手をかけて一歩さがる。
「――僕達はハンターだ。誰ひとり死なせてはいけない。ボルト、ブルース。モンスターを全頭討伐。残った容疑者の安全を確保せよ」
「了解」
「――ぐう、りょ、了解!」
即座にブルースが、それより少し遅れて、怒りを押し殺したボルトが復唱する。
ロジャーは双剣を閃かせた。鬼人化した全身を赤い気の光が覆う。熱く淡い陽炎のように、それはゆらめいた。
(これが、事実……)
息も絶え絶えのアンデルセンを懐に抱き、ガレンは燃え盛る研究室を見つめていた。
炎は6割以上を占め、すでに呼吸もままならないほど暑苦しい。
ロジャー達も熱で体力を奪われつつあるのに、狩りをやめようとはしなかった。ドンドルマから来たギルドナイトのザインも、何も言わず加勢に回っている。
都市にある闘技場より狭い空間で、手負いとはいえ複数のモンスター相手に巧みに立ち回る姿は圧巻だった。さすがハンターの頂点に立つ者達だからだろうか。
片隅に固まった学者達はユッカとショウコ、そのオトモ達が護衛している。ロジャーに言われずとも自分で行動していた。
傍観しているのはガレンと、アイだけだった。
「……いいのかよ?」
どうでもいいような口ぶりで、アイが言った。どこかひねくれた目はロジャー達の狩りを映している。
「こうして見てるの、俺とあんただけだぜ」
「私は……この子の世話が」
「んなもん、どうにでもなるだろ」
うつむいたガレンを、ぶっきらぼうにアイは突き放した。言い訳だと悟られ、ガレンは己を恥じる。
そうだ。自分はここで何をしているのだ? そして、何をしなければならない?
怠けているだけだ。何もかも他人の手にゆだねて、楽になろうとしている。
ガレンは眠るアンデルセンから顔を上げ、ロジャー達を見た。
いくら手練れとはいえ、凶暴化したモンスターを複数相手にするのは容易ではない。彼らは傷つきながら、戦っていた。10年間ガレン達が犯してきた罪を、命がけで贖(あがな)おうとしている。
「私は……戻らねばならぬ。この手で決着をつけなくては」
「ふっ」
ガレンの横顔を一瞥し、アイは短く笑った。おもむろに腰のポーチからこぶし大の玉を取り出す。
「なら、俺も付き合うぜ」
「アイ殿?」
「勘違いすんな。別にあんたとつるむつもりはねえよ。見るもんは見たし、俺もそろそろこの国から出る。事件がどうなろうと、知ったこっちゃねえ」
片手で玉をお手玉しながら、アイは唇の端をゆがめた。
「俺の所属する猟団は、ギルドと反目している独自の集団でな。ギルドを通さずに依頼人と交渉して狩りをしている。早い話、密猟者とあまり変わらねえってこった。だから、あまりこいつらといると、そっちに戻りづらくなっちまう」
アイは言うなり、手にした玉を投げた。床で割れるなり、真っ白い煙が周囲を埋め尽くす。