モンスターハンター 騎士の証明~84
- カテゴリ:自作小説
- 2013/07/18 12:51:29
【不滅の飛竜】
「しまった!」
燃え盛る炎に巻かれる中、白い煙が漂ってくるのを見て、ブルースが瞠目する。
「どこ行くんだよ!」
両目に機械を埋め込まれたディアブロスと奮戦していたボルトが、身を翻したブルースに驚いて叫ぶ。ブルースは、煙が流れていく方向へ走りかけ、振り向いて怒鳴った。
「誰かがけむり玉を放った! 逃げたんだ!」
「逃げたって誰が――ぐっ!」
前頭部から伸びる双角が目の前にぐんと迫り、ボルトはとっさにガンランスの大盾を構えて防ぐ。炎より明るい火花が飛び散り、数メートルも身体が後方へ下がった。
「おい、ロジャー! もうここは限界だ! 脱出しないと俺達がやばい!」
黒煙の勢いが強くなり、ボルトは盾を構えたまま激しくむせた。数メートル離れた場所で鉄の甲殻を移植されたティガレックスと応戦しながら、ロジャーは大広間の片隅へ素早く目を走らせた。まだ炎が迫っていないそこには、ユッカ達が学者の集団を庇うように立っている。だが、火の手が迫るのは時間の問題だった。
(これ以上は無理か……!)
十数頭いた検体モンスターのうち、半数以上が同士討ちで斃れた。人間には広い空間でも、体高がある彼らには狭くなる。巨体がぶつかりあう羽目になり、爪や牙で互いを傷つけ、命を落としていった。
扱いやすいよう衰弱状態で飼育されていたために、すべて瀕死寸前だった。強大なはずのモンスターが、ロジャー達の武器の前に次々と息絶えていく。
それでもモンスターは残り少ない命を燃やして人間達へ立ち向かってくる。その猛々しさに、ロジャーは泣きたい気持ちに駆られた。彼らの意思に、自分も応えようと思った。
(全力で狩ることが、彼らへの報いになるのなら――)
双剣を握りしめた時、背後に人の気配がした。
「放っておいてもいずれ死ぬ。ここは退却するが良策だろう」
いつの間にか近くに来ていたザインが、ロジャーの背中越しに太刀を構えて立っていた。
「それとも、他の者を巻き込んで心中するか?」
「くっ」
冷徹なザインの声に、感傷が一瞬で冷めた。迷う余地はなかった。火の手はユッカ達にも迫っている。ロジャーは叫んだ。
「ここから脱出する! 全員こちらについてきてくれ!」
視界を煙に遮られながらも、ブルースは地上への通路を走った。けむり玉を使った犯人は目星がついている。
(ガレンとアイがいない。アンデルセンまで連れて行くとは! あの子は瀕死なんだぞ!)
やがて煙が晴れ、満点の星が輝く夜空が見えてくると、ブルースはすかさずライトボウガン【凶針】を天に構えて引き金を引いた。信号弾が勢いよく撃ち上がり、遥か上空で明るい光とともに黄色い煙の花を咲かせる。
「これで待機中のガーディアンが気づくはず――間に合うといいが」
城下町に大型モンスターや犯罪者が多数潜んでいることを懸念して、あえてガーディアン部隊を滞空している飛行船に待機させていたが、少し用心深すぎたかもしれない。ブルースは渋面をつくる。
都市を守護するガーディアンは皆、上位ハンター並みの強さを持つ。それでも万が一の事態に備えたのはロジャーの優しさだった。
(しかし、これでは包囲が間に合わない)
ロジャーの決断を聞いたときに忠告すべきか迷ったのだ。あえて言うべきだった。飛行船ではなく、市内に配置せよと。
だが、後悔しても始まらない。ガレンとアイ、そしてアンデルセンのゆくえを突き止めなくては。
ブルースは素早く周囲を見渡した。だが星明りに廃墟が不気味に浮かび上がるばかりで、動く人影はない。
「くそっ……」
まだそう遠くへは行っていないはずだが、信号弾を揚げたのもまずかったかもしれない。逃げた二人が警戒してどこかへ隠れている可能性も大きい。
こうなってはお手上げだ。進むこともかなわず、ブルースは愕然と立ち尽くした。思わず自嘲がこぼれる。
「無力だな……俺ひとりでは、本当に、無力だ……」
その背へ複数の足音が駆け寄ってきた。容疑者を保護したロジャー達だった。
「隊長、ご無事で何よりです。勝手に持ち場を離れて申し訳ありませんでした」
「いや、君の判断は正しい。ブルース、君も無事でよかった」
ほほ笑むロジャーに、ブルースは「はい」と目を伏せる。
「合図は送りました。すぐにガーディアンが来るでしょう。ガレンとアイは、未だ見つかりません」
「そうだ、アンデルセンは?!」
ボルトがブルースに詰め寄った。ブルースは無言でかぶりを振った。
「アンデルセン……」
ブルースの襟首をつかんだまま、ボルトは深く肩を落とす。自分より頭一つ大きい男を見上げ、ブルースはしかし、慰めの言葉も出なかった。
「捜索は夜明けまで待つしかない。彼らは必ず捜し出そう。それまで、耐えてくれ……ボルト」
ロジャーがそっと声をかけ、ようやくボルトはうなずいた。その時、地面が鈍く振動する。
「な、なんや?」
「見て!」
ユッカが振り向いた先を見て、ショウコが目を丸くした。
「城の真ん前が――崩れてく!」
内部からの爆発で、地下天井が崩落したらしい。すり鉢状に地面がへこみ、土砂が奈落へ吸い込まれていく。噴煙のごとき黒煙が立ちのぼり、近くにいた者達は慌てて後ずさった。
「これで何もかも瓦礫の下、か――?」
つぶやいたボルトの後を追うように、一筋の咆哮が地下から響き渡った。
「この声――リオレイアか?!」
ロジャーは思わずザインを振り返っていた。ザインは無言で崩落した地面を凝視している。
「さすが飛竜。その生命力は凄まじいものだな」
「――まさか」
あの腹を裂かれたリオレイアが生き埋めになっている。もう死んだものと思っていたが。
助けに行かねば――ロジャーがそう考えた瞬間、瓦礫がぼこりと持ち上がる。
「リオレイア……」
ぱらぱらと土くれをこぼしながら、飛竜リオレイアはゆっくりと地中から立ち上がった。腹は無残に裂けたままだ。それでも双眸は闇の中で金色に光り輝き、凄まじいまでの畏怖に、学者達は敬虔な信徒のように膝をついていた。
「ロジャー……どうすんだ」
訊いたボルトの声も、わずかに震えていた。ロジャーは答えられなかった。飛竜の最大の武器である火炎の吐息を出さないのは、元となる発火器官を手術で取り除かれているためだろう。さらに正体不明の機器を埋め込まれ、自然の姿からかけ離れている。
そんな状態では環境に適応できない。異物として自然淘汰されるのを待つには、その強靭な生命力が仇になる。
(だから……あの地下で全頭処分するしかなかった……でも)
ロジャーは満身創痍の陸の女王を見上げる。リオレイアはこちらを見つめるばかりで、なぜか攻撃してこなかった。
戦意を失っているにしては、その瞳は高貴で猛々しすぎる。剣を振り下ろす理由にはできなかった。
(どうすれば……)
ロジャーが唇を噛んだ時、「大変です!」と別の声がした。甲冑にギルドの紋章のついたマントをまとった男がこちらへ走ってくる。ガーディアンの伝令係だ。
「どうした?」
「リオレウスがこちらへ飛来してきます!」
よほど急いでいたのか、伝令は用件だけ早口で伝えてきた。
「何ッ!」
ボルトが目を剥く。伝令は息を切らしながら、彼が走ってきた方向を示した。
「今、すぐそこに――接近中!」
「なっ――!」
全員が振り返った。
――ゴアアアアッ!
星の大河を背に、巨大な黒い翼がはばたいた。