モンスターハンター 騎士の証明~85
- カテゴリ:自作小説
- 2013/07/18 14:13:07
【生きようとする、命は】
「リオレウス――なぜここに!?」
見上げたブルースは、とっさに腰のポーチに手をかけていた。だが、その手首をザインが抑える。
「待て」
「何をする! このままでは――」
「閃光玉は、よせ。今は様子を見ろ」
錆びた鉄の声に、ブルースはそれが正しいと知った。ザインに手首をつかまれたまま、用心してリオレウスを見る。
「……こちらを、見ていない?」
ブルースは呆然とつぶやいた。全身を赤い鱗と甲殻で飾り、強力な火炎の吐息とたくましい脚の爪で地上の獲物を屠る食物連鎖の王、火竜リオレウスは、その好戦的な性格も恐れられている。天空の王者――それが彼の異名だった。
だがリオレウスは、こちらに目もくれなかった。ゆっくりと翼膜を上下させ、風を巻き起こしながら地上へ降り立つ。地響きと振動が波紋のように夜気を漂った。
――グゥウウ……。
リオレイアが、よろめきながら雄火竜へ近づく。翠の甲殻に覆われた恐ろしげな顔には、どこか儚い艶と優しさが浮かんでいる。
喉からの甘やかな雌の声に、雄火竜もまた、長い首を下げて頭をすりよせるようにした。
「あいつら……夫婦(つがい)なのか」
呆けたようにボルトが言った。伝令が報告する。
「ナイト殿が現場へ赴いてしばらくした後、クド上空を一頭の火竜が飛行しておりました。すぐに廃墟から飛び去ったために、異常なしと判断したのですが……」
「どうやら、彼女を捜していたようだ」
ブルースが応戦の意思を消したと察し、ザインはその手を放して言った。
「モンスターで雌雄の絆が強い種は珍しい。つがいが危機に陥った時に救援に駆けつけるものは、この飛竜リオス種だけだ。だが、それは己の縄張り(テリトリー)内でのこと。この枯れた土地が奴らの餌場とは思えない」
「このレウスは、はるばるつがいの雌を捜してやってきたというのか……」
モンスターを熟知しているロジャーですら、驚きを隠せなかった。そして、人間に勝るともおとらぬ絆の強さに胸が打ち震えていた。
だから、モンスターは、自然は、美しいと――。
――ゴワアアアッ!
人間達の感傷を否定するかのように、突如リオレウスが喚いた。ぶわりと両の翼膜がはためき宙に浮いたかと思うと、鋭い黒爪を己の半身に向かって蹴立てていた。
「な、何をするの?!」
ユッカが両手で口元を覆う。リオレウスは容赦なくリオレイアに襲いかかると、両足で身体を組み伏せていた。仰向けに地面に押し付けられ、リオレイアはじたばたともがく。
「なんや、共食いかいな?!」
ショウコがおろおろと仲間達を見るが、誰も武器を取ろうとしない。どう手出しすべきか全員が迷い、ただ光景を見守るしかできなかった。
リオレウスはもがくリオレイアに構わず、まるで草食獣アプトノスを食らうように、彼女の腹に黒い甲殻に覆われた嘴(くちばし)を突き立てた。痛みでリオレイアは高く声をあげる。がつがつとむさぼるようにリオレウスはひたすら顎を動かした。
少し前までの愛情に溢れた情景が嘘のようだった。人間達の見守る前で、雄火竜は雌火竜のはらわたをついばんだ。血しぶきが飛び、内臓を引き裂かれる女王の声が響き渡った。
「こんな……こんなことって」
ユッカが泣き出しそうに声を震わせ、目を逸らす。ショウコも片手で口元を覆い、傍らのコハルを腰に抱き寄せた。
「相方がこんなんやから、頭おかしくなったんかな……」
「――違う。よく、見るんだ」
「え……?」
真摯なロジャーの声に、ユッカ達は勇気を出して顔を上げた。ボルトもブルースも、ザインも同じ光景を見ていた。
リオレウスの嘴が夜光に鈍く光っている。黒々と血に濡れたその先端には、骨でも内臓でもない別の何かがはさまっていた。
金属の塊。リオレイアの内臓と癒着したおぞましい人間の創造物だった。
リオレウスは首をひねってそれを吐き出すと、再びリオレイアの腹に顎を突っ込む。
叫ぶリオレイアの声が、どんどん弱くなっていく。しかしなぜだろう、まるで悲鳴には聞こえなかった。
それでいい、と言っているかのようだった。先ほど雄に見せた媚のように、優しく艶めいていた。
「治しているつもりなんだ……。リオレイアの体にある異物を取れば、またもとのように飛び回れるのだと」
ロジャーは淡々とつぶやいた。皆、息を呑んで見守りながら、その通りなのだろうと思った。
飛竜の再生能力はすさまじい。火竜リオス種は、体内の発火器官から喉を通じて火炎を吐く。その際に喉の粘膜が火傷を負うが、瞬間的な再生力で完治してしまうのだ。
体内に異物を埋め込まれても生きていられたのは、生きようともがく飛竜の再生細胞が全力を尽くしていたからにほかならない。
それは残酷な延命だ。だからロジャー達はその場で命を絶とうとした。それが情けだと思っていた。
だが動物達は違うのだ。最後の最後まで、自然のままで生きようとする。どんな姿であっても。どんな境遇であっても。
生きようとする――。
リオレウスは鳴いた。猛々しく、優しく、雄々しく。
帰ろう。
帰ろう。
あの空へ。ともに――。
リオレイアも答えた。ぼろぼろに裂けた翼を何度もはばたかせ、叫ぶ。
人間側の自己満足と美意識のせいかもしれない。しかし、その声は何よりも美しく、喜びに満ちているように聞こえた。
すべての金属を取り払い、リオレウスは妻を抑えていた両足を放す。リオレイアは、動かなかった。すでに息絶えていたのだ。
――グアアアアアッ――。
天に向かってリオレウスは吼えた。長く尾を引く咆哮だった。
やがて余韻が夜空の高みへ消えると、大空の王者は悠然と翼膜をはばたかせて上昇した。
王者は未練を残すことなく、遥か天空をいずこかへと飛び去っていった。
皆、言葉はなかった。ユッカは声を殺して泣いていた。ロジャーは胸が詰まり、帽子の鍔を引き下げようとして――視界の隅に、白い小さな何かがあることに気がついた。
おもむろにそこへ駈け出したロジャーを、感極まってむせび泣いていたボルトが気づく。
「なんだよロジャー?」
「これは……アンデルセンの帽子だ」
走ってきたボルトとブルースに、ロジャーは地面に落ちていたそれを拾い上げて見せた。
「アンデルセン!」
ボルトは叫び、兎の耳を模した白い帽子をロジャーの手からひったくった。胸に抱き、おいおいと泣く。
「アンデルセン、どこ行ったんだぁ!――ほげっ!」
「しっ!」
一発かましたのはブルースである。頬を張られ、片手で押さえてボルトは恨みがましそうに見返した。
「うう、悲しい時に泣かせてくれたって……」
「――気配がする」
「へ?」
「もしかして!」
ブルースの指摘にロジャーも気づき、共に急いで帽子の落ちていた地面を手で掘り返し始めた。ボルトもその意味を察し、帽子を懐に押し込むと、猛然と同じところを掘りまくる。
「――アンデルセェエン!」
数十センチ掘ったところに、土にまみれた白いアイルーが眠っていた。ボルトは涙を流しながら彼を抱き上げ、そっと胸に抱きしめた。ブルースも微笑する。
「獣人は通常の薬が効かないが、地中で眠れば驚異的な回復力を発揮する。だから地面に埋めて行ったんだ。おそらくアイの機転と処置だろう」
「良かったなぁ、アンデルセン……」
しっかりした寝息をたてているアンデルセンを起こさぬようボルトは頬ずりして、盛大に洟をすすった。
お久しぶりの感想、大変うれしいです。ここまでお読みいただいてありがとうございます。
あと、こちらの気持ちもご配慮、ありがとうございますww
ボルトとアンデルセンは大変仲が良くなり…作者の予想通りではありますが、そう言っていただけてこちらもニヤニヤしてしまいます^^
アンデルセンとボルトの結末は、より良いように考えていますので、お楽しみにして頂ければうれしいです。
レウスとレイアの描写は、あらかじめ考えていたのではなく、成り行きでこうなりました。
騎士の証明を書こうとしたときに用意していたエピソードは、たとえばボルトをアンデルセンが命がけで守るというところがありますが、レイアとレウスは突発的なアイデアです。
ただモンスターを狩って話が進むのではなく、こんなモンスターの一面もあったら観てみたいと思って書いてました。
屈指の名場面とは過分なお褒めのお言葉、大変うれしいです。
ここは自分でも書いてて涙ぐんでしまった場面だったので(笑)重ねてありがとうございます;;
一気に94話までとは、感無量です。
いったいいつまで続くんだ、早く終れよとか思われてないかしらと毎回びくびくしていますがwww
4の発売日までには終わらせる、と計画していましたが、このペースでは無理そうです…。
でも今年中には終わります、それまでごゆっくりお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします^^
この素敵な話を読んで第一声がそれか、とか久しぶりのコメントなのに、とか自分でも思います。ごめんなさい、もちろん半分冗談ですから。だって文章なのに絵になりすぎて、もう、アンデルセンがいつかトゥルーのもとから旅立っていったらどうしようw
でもやっぱり和みますね~。がっしりした雄々しい男性と可愛い生き物のくみあわせが好きになってしまいそうです。
吹き飛ばされたときはドキドキしましたが、この顔ぶれなら助けてくれると信じていました♥
そしてレイアとレウスが気高くて、琴線が揺さぶられて痺れたようです。じいんと。
まだ連載中の作品ですけれど屈指の名場面だなあとわたしは思っています。
どうしてもお伝えしたいことだけ書いてしまいましたw
本当は研究室の場面などもっといろいろ書きたいのですが、余裕のあるときにまた伺わせてください。
ちょっとだけ続きを、と決めたはずが気付けば最新の94話まで読んでしまっていたくらいにおもしろかったです。
あ、無理はしていないので気になさらないでくださいね、念のため✿