自作小説倶楽部サークル・6月題『雨』/「雨粒」2
- カテゴリ:自作小説
- 2013/07/21 04:24:39
Ⅲ
今日もじめじめとした雨が続いていた。
朝なのになんだか空は暗いし、連なる傘もぶつかりあってうっとうしい。
セットしたばかりの髪も、湿気でぐしゃぐしゃになっている気がする。嫌だな、もう。
駅のロータリーを歩いていると、小さなしぶきをあげて、一台の軽自動車が止まった。女性向けに作られたシックでお洒落な車。CMで見ていいな、と思っていたのと同じだった。
停車した車の扉が開く。
助手席から傘もささずに飛び降りてきたのは、彼、だった。
思わず足を止めてしまったのは、運転席の人影が見えたから。
女性、だった。
顔までは見えなかったけれど服の様子からして、若くて可愛い感じの女性。
(奥さん、よね・・・)
結婚指輪をしていない男性は多い。彼が未婚だなんて、どうして勝手に決めつけていたんだろう。
あっけなく終わってしまった恋。そのまま雨粒のように散っていった。
彼は雨を避けるように、改札まで走り抜けていく。
私はその場に立ち尽くしたまま、後姿をみつめていた。
どん、と後ろから追い抜いていく人の傘が当たる。
我に返って、自分も改札へと急いだ。
今日は、いつもの車両よりもずっと後ろの位置に並んだ。
彼の顔を見たくなかった。
Ⅳ
梅雨が明けて今朝も、うだるような暑さだ。
駅の改札口を抜けていく人たちも、心なしか疲れているように見える。土曜日まで、まだ二日もある。
「おはようございます」
背後から明るく声を掛けられ、驚いて振り返る。あの日以来、なるべく避けていたのにとうとう会ってしまった。
彼の後ろを、あの女性が運転するお洒落な車が通り過ぎていく。
どうしてこの人は、こんなにも気軽に挨拶してくるんだろう。奥さんがいるくせに。何度か見てしまったあの女性は、可愛らしい人だった。きっと彼には愛おしくてたまらないに違いない。
暑いですねという彼の言葉に、曖昧な笑みを浮かべてホームへ向かう。
「今日は機嫌が悪くて大変でした」
奥さんのことだろうか。彼は頭の後ろを掻きながら、参ったような表情をしている。
(それはご愁傷さま)
朝から夫婦喧嘩ですか。そんなのろけ話なんて聞きたくない。
「駅まで送ってもらっている負い目があるんで、延々愚痴を聞かされました」
それは仕方ないでしょう。どちらが悪いのか知らないけれど、何故それを私に聞かせるの。
「妹にも困ったものです」
妹・・・?
奥さん、じゃないの?
待って、待って。たとえ妹だからといって、この人が既婚者じゃないってことにはならない。
「明日の夜、会えませんか?」
唐突な誘い文句に、頭の中が混乱した。
会う、というのはどういう意味だろう。デートのお誘い? それとも平気で不倫をする人なの?
そんな人じゃない、と、思う。多分。ただ、すぐには返事ができなかった。
黙ったままの私が拒否したのだと受け取ったのか、都合が悪いのなら構いません、と言って彼は視線を外した。
私は思わず、大きな声で答えていた。
「会えます」
周りの人が驚いたように振り向く。
注目を集めてしまって、顔から火が出そうになった。
そんな私の手を取ると、彼は人の輪から抜け出すように駆け出した。大きな手に引かれながら、私は映画のワンシーンみたいだと可笑しくなった。
彼も同じだったようで、ホームに着くと二人共肩で息をしながら、久しぶりにこんなに走った、と笑い合った。
「あなた、妹のこと誤解していたでしょう」
言い出す機会も、誘うきっかけもなかなかなくて悩んでいたのだと言う。きっとそれは、私が会わないように電車の時間をずらしていたからだろう。
「僕は未婚です。あなたも、ですよね?」
指輪のない私の左手の薬指を、彼はじっとみつめた。彼の視線が熱くて、体温が少し上がった気がする。
私たちは携帯のアドレスを交換して、明日会うお店を決めることにした。
彼は、承諾してくれて本当に嬉しいと言ってくれた。私も勘違いしていたことがわかってほっとした。でも、いつから彼が気付いていたのかと考えると、自分の言動を思い出して気恥ずかしかった。
「まずは友達から、って学生みたいですね」
梅雨明けの青空のような、彼の笑顔がまぶしい。こんな風に思うなんて、本当に学生みたいだ。
ホームに電車が滑り込む。巻き起こる風の中に、微かな彼のコロンの香りがした。見上げると、優しい瞳がみつめていた。
ふいに私の手を、彼が引き寄せる。目の前には彼の胸がある。戸惑う私の背後で、電車の扉が音をたてて閉まった。
満員電車が動き出す。
彼と腕の中にいる私。
二人だけの世界をはらんで。
(おわり)

























こういうときもあったかな…と
転載不可でだしておくといいでしょう^^