モンスターハンター 騎士の証明~86
- カテゴリ:自作小説
- 2013/07/26 14:24:00
【新たな胎動】
「ふうむ……なるほどねぇ」
ロックラックギルド本部。街のにぎわいもやや治まりを見せた深夜、ギルドマスターの老人は執務机の上で足をぶらぶらさせながら、ロジャー達を前に報告書の束を読んでいた。
「好しと悪しが半々、てところですねぇ」
ロジャーをはじめ、ボルトとブルースもやや気まずそうな面持ちで、手を後ろに組んで立っている。ナイト副長であるティオは、いつもの微笑をたたえてマスターの傍らにいた。
クドで秘密裏にモンスターの生体実験を行っていた科学者集団を検挙してから、およそ半月が経っていた。帰還してからずっと、ロジャー達は事態の詳細を文書にまとめ、捕まえた学者から事情聴取をする日々に追われていた。
その報告書が、今日やっとできあがったのである。
「まあ、ドンドルマのギルドナイトのことはやむをえません。あの大古老が手をこまぬくはずもなし、容疑者引き渡しの要望は、仕方ありませんね」
「それでも皆、よくやりましたよ。闇にまぎれて逃げたイビルジョー装備の集団は、おそらく飢餓教の一味でしょう。大きな裏組織だ、尻尾をつかむのは早いでしょうが、奴らを根絶やしにすることは難しい。まあ、そちらはおいおい、ですね」
ティオが穏やかに弁護する。飢餓教とは、イビルジョーを神と崇める裏組織で、その素材の扱いにも長けた集団だ。ギルドの武器工匠にて作られているイビルジョーの装備作成技術は、すべて彼らから聴取してもたらされたものである。
「しかし、首謀者の一味であるガレンを取り逃がしましたね。これは失態ですぞ」
「はっ。申し訳ございません」
ギルドマスターの表情の読めないまなざしに、ロジャーは硬い声で答える。
「それと、現地調査もままならぬまま、上位ハンター数名を狩猟に巻き込んだこともよろしくないですなぁ」
「はっ……」
ユッカ達のことを指しているのである。ロジャーはますます顔を伏せる。
「ですが、現地に出現した飢餓状態のイビルジョーをたった一人で討伐したことは称賛に値します。ボルトもティガレックスとディアブロス亜種の討伐、お疲れ様でしたね」
「はっ!」
ボルトが胸を反らして太い返事をする。ギルドマスターは微笑んだ。
「あなた方が持ち帰ったディアブロス亜種の卵は、個体数調整のために役立たせていただきました。今頃はどこかの地で孵(かえ)っているでしょう」
その言葉に、ロジャー達はほっとした吐息をつく。今回のこともあってか、ますますモンスターへの保護欲が強くなっていることは確かだった。
「ガレンの行方は引き続き捜索するとして……問題は、現エルドラ国の対応ですね」
ギルドマスターは口髭を指でしごいた。
「あれから使者を送りましたが、城門を通しもしないそうです。何を聞いても知らぬの一点張り。街を襲ったイビルジョーのことすら、市民は口止めされているようですよ」
「なんだって……!?」
ボルトが目を剥く。ティオが言った。
「どうやらエルドラは黙秘に徹するようです。関係者は口を閉ざし、すべて、あなた方が捉えてきた学者達に罪を着せるつもりらしい。ガレンが証言台に立ったとしても、王は彼を切り捨てるでしょう」
「それは……彼らを裁けないということですか?」
ブルースが低くうなる。
「――普通の方法では、ね」
ティオがやや苦笑した。ぞくりとロジャーの背筋が凍る。だがティオの言葉の意味を問う前に、ギルド職員が扉を叩いた。
「マスターに面会希望の方々が。王立古生物書士隊の2名です」
「通しなさい。あなた達もそこにいて」
急に真剣な顔になったギルドマスターに、ロジャー達は顔を見合わせた。
扉を開けて入ってきたふたりを見て、ボルトが声をあげた。
「おお、なんか久しぶりだなあ!」
「ですね。お久しぶりです、ボルトさん」
にっこり可愛らしい笑顔を見せたのは、ウルクススの帽子をかぶった女ハンター、トゥルーだった。傍らには相棒のランファもいる。
「ここに来る前にギルドの医療施設を覗いてきましたが、アンデルセン、元気そうで良かった。少し話を聴きました。ボルトさんを助けたそうで、私も主として鼻が高いです」
「いや……あんときは俺も悪かったからな。アイのことも見つけてやって、あとでお礼言わなきゃな」
「はい」
すまなそうに頭を掻くボルトに、トゥルーは微笑んだ。
「でも、どうして君達がここに?」
ブルースが尋ねると、ギルドマスターが答えた。
「私が彼女達に、ある調査を頼んだからですよ。まずは無事の帰還を喜びます」
「ありがとうございます」
ランファがきりりと頭を下げる。
「調査というのは?」
ロジャーはギルドマスターを見た。ギルドマスターはまた髭をしごきながら言った。
「ちょっと気になることがありましてねぇ。古龍観測所に問い合わせる暇もなかったもので、モンスター調査に長けた書士隊である彼女らにお願いしたんですよ」
よいしょと言いながら、ギルドマスターは背後に飾られた世界地図を取り外そうとした。小柄な彼には革製のそれは重く大きすぎて、バランスを崩しかけたところをティオに支えられた。
「私がやりましょう」
「すみませんねえ。では、机に広げてください」
ティオが地図を大机に広げると、ロジャー達は一斉に覗き込んだ。老人の小さな指が、南方の極地を示す。
「ここに小さな島があるんですが、おふたりにはそこへ向かってもらいました」
「特別に高速艇を出してもらってね。おかげで速く往復できた。感謝します」
ランファがまた頭を下げる。いえいえと笑い、ギルドマスターはロジャー達を見た。
「ここがなんと呼ばれているか知ってますね?」
「――神域、です」
ロジャーが答える。その通り、と老人はうなずいた。
「この一帯は海底火山が活発な地域で、島もまた活火山であり、常に噴火している状態です。しかしここ10年ほどは安定していたといいます」
「それが、近隣の火山帯も異常に活性化する事態を近年見せ始めています」
ティオは赤い色のついたピンを取り、次々と神域のまわりに刺していった。
「これは、最近になって群発地震が発生している地域。何か気づくことは?」
「何かって言われても――」
「まっすぐ伸びていますね。エルドラ地方に」
首を傾げるボルトの隣で、ブルースがはっとして言った。
「その通り。どうやらこの線は、地下の断層の構造のようです。王国の地質学者がまとめた報告書によると、地盤のズレは、世界のあちこちにある様子。それが、火山活動などで刺激を受けると動いて大規模な地震を引き起こすのです」
ギルドマスターは一息おいて、一同を見渡した。
「10年前の資料においても、これと同じ発生源から地震が各地で多発しています。旧ガル国を襲った大規模な災害は、この線の終着点で起こっていました」
「まさか……」
ロジャーが何かに気づき、眉をひそめた。ギルドマスターは再び神域を指さす。
「そう。“何か”が、この神域にいるのですよ」