モンスターハンター 騎士の証明~89
- カテゴリ:自作小説
- 2013/08/06 11:11:58
【遺して往く、想いは・2】
「アンデルセン、おいちいかい?」
「あい!」
窓から入ってくる日差しは、砂漠の地とは思えぬほど柔らかい。患者がリラックスできるように、観葉植物の配置まであらゆる配慮がなされているそこは、ハンターズギルドが運営する医療施設だった。
その談話室で、大男と愛らしい白いアイルーが並んで長椅子に座っていた。ボルトとアンデルセンである。
「そぉかそぉかあ~。よかったねぇ、おいちいかあ」
小さな手で魚介を練って揚げた平たい菓子をつかみ、ぱりぱりと音を立てながらもこもこ動くふっくらした口元を満面の笑みで眺めながら、ボルトは猫なで声を出した。
「いっぱい食べろよぉ。まだまだたくさんあるからな」
ボルトは優しく言って、ウルク帽に包まれたアンデルセンの頭をなでた。魚介類が美味で知られるタンジアの街から取り寄せた名物タンジアチップスは、アンデルセンの口にも合ったようだ。目を細めて無心に食べる姿に、ボルトは幸せそうににんまりする。
クドの王城跡地でアンデルセンがボルトをかばって重傷を負ったものの、今はすっかり元気になっている。アイルーの特性を知る者が、すぐに地中へ埋めてくれたおかげで、アンデルセンは命を取りとめた。
それでもすぐに回復はできず、この施設で数日入院したのである。
その間、ボルトは多忙な時間を縫って、毎日見舞いに訪れていた。
やがて元気になったアンデルセンは、この医療施設で、傷ついたハンター達の看護をお手伝いしている。愛らしい姿とアイルー族が奏でることのできる回復笛の効果で、傷の治りだけでなく、心も早く癒されると最近評判だ。
――この子もボルトさんになついているようですから。
トゥルーはランファとともに、ロックラックギルドマスターと今後について検討していたこともあり、快くアンデルセンの相手をボルトに任せてくれた。
にこにこ顔でアンデルセンの食事の様子を見守っていたボルトの瞳が、ふと沈んだ。アンデルセンは食べるのをやめ、ボルトを見上げた。
「ボルトしゃん、おにゃか痛いでしゅか?」
「んーん。なんでもねえよ」
ボルトは困ったように眉を寄せ、それでも笑って見せた。アンデルセンの頭をなでる手のひらが、のろのろと止まる。
「ボルトしゃん……?」
こちらを見つめ返す無垢な瞳に、ボルトの口元がくしゃっとゆがんだ。泣きながら抱きしめたくなる衝動を必死にこらえる。
――あなた達に、古龍アルバトリオンの討伐を命じます。
ギルドマスターが発した厳かな声と表情が脳裏に焼き付いている。今までも困難な任務を命じられたことはあった。だが、このとき初めて思ったのだ。
(生きて帰ってこれないかもしれねえ)
古龍の力のすさまじさは誇張されていると疑われがちだが、すべて事実である。
一定周期で大陸を徘徊するラオシャンロンやシェンガオレンは、その巨体ゆえに歩くだけで各地を破壊し、人々の生活をおびやかす。
深海に潜むナバルデウスは、角を海底に叩きつけただけで近隣に大地震を起こしたこともある。
嵐を引き連れて天空を飛び、各地で水害を起こすアマツマガツチ。空中に浮遊し、目につくあらゆるものを吸い込み糧とするヤマツカミ――。
大自然の権化として、一部の人間は神とあがめてきた。人々の生活のため、あるいは名誉のため、多くのハンターが彼らを狩るために赴き、ほとんどが命を落としてきた。
ゆえに、ギルドもまた、犠牲を払って彼らの進行を食い止めることはあるものの、無理な討伐は依頼してこなかったのである。
古龍はあくまでそっと見守るもの。災害は伏して過ぎるのを待つ、それが人間側の取るべきあり方だった。
だが今回、ギルドマスターはロジャー、ボルト、ブルースの三名にアルバトリオン討伐を命じた。
――アルバトリオンの活動が活性化すれば、第二第三のエルドラ王を生み出しかねない。これ以上犠牲が拡大する前に、原因を排除するといたしましょう。ギルドはこれより、アルバトリオンを天災と認定し、人類保護のために全力を挙げて討伐します。
会議を通さずに、ギルドマスターはその場で特命を出した。これは異例のことだった。おそらく竜人族の明晰な頭脳で、この一連の事件に古龍が関連していることを予測していたのかもしれない。
そして、解決できる能力を持ったハンターがロジャー達しかいないこともわかったうえで命を下したのだろう。用意していた答えを。
(だからってよお、今すぐじゃなくてもなあ)
アンデルセンの頭に手を置いたまま、ボルトはうつむいた。
「ボルトしゃん……」
心細げな声に、はっとした。潤んだ黒い瞳が自分を写している。泣き出しそうな情けない顔をしていた。
(もしアルバが暴れたら、またアンデルセンがつらい思いをするんだよな)
ぐっとボルトは歯を食いしばった。気がつくと繰り返される、アンデルセンが炎に巻かれて宙を舞う姿を、かぶりを振って追い払う。
「大丈夫だ」
ボルトの目じりが下がる。だが眉は凛々しく、まなざしはまっすぐアンデルセンを見つめていた。
「ちょっとしばらく会えなくなるけど、必ずまた会いに来るからな。待っててくれよ」
「あい!」
何の疑いも持たず、アンデルセンはにっこりうなずいた。それで心は決まった。
(お前が俺を守ってくれたように、俺もお前を守るために戦うからな。絶対生きて帰る、必ずだ!)
鼻息荒くボルトが談話室から出てくるのを見つけ、ブルースは「よう」と声をかけた。
「んあ? ブルース? なんでここに」
意外そうな顔をする友に、ブルースは壁に預けていた背を離し、組んでいた腕をほどきながら言った。
「借りを返してもらおうと思ってな」
「なんだよいきなり」
見当もつかないと目を丸くする相棒に、ブルースは呆れたように吐息をついた。
「お前は俺に45個、借りがあるな?」
「へ?」
「……いちいち挙げていたらきりがないから割愛するが、主なところでは、討伐中の回復役、捕獲のサポート、閃光玉による足止めなどが挙げられるが、もっとも占めるのが任務後の報告書だ」
「あー……」
子どものようにきょとんとするボルトに、ブルースはいよいよ呆れた。額に手をかざしてため息をつく姿に、女性ハンターや看護師が頬を染めて通り過ぎる。
「お前が書いた報告書では、とても提出できなかったんだぞ! だから俺がいつも代筆してやってたんだ、忘れたとは言わせん!」
「俺だって頑張って書いただろ! あれ以上の何が書けるってんだ!」
唇を尖らせるボルトに、ここが病院であることも忘れてブルースは怒鳴っていた。
「お前なぁ!――ティガレックスと戦った。ディアブロス亜種のときはピンチで死ぬかと思った。でも狩ったので良かった。おわり――これが仮にもギルドナイトの書く報告書か?!」
「なんだよぉ! 実際そうだったんだからしょうがないだろお!」
「この際言わせてもらうがな、以前行った火山のクエストでの報告書も散々だったじゃないか。――とても暑かった。おわり――。……署名も合わせて3行だぞ! この3行から俺が報告書10枚まで膨らませて書いた苦労、少しは察してほしいものだな!」
通りかかった医師やハンターが、失笑しながら通り過ぎていく。さすがにボルトも恥ずかしくなったのか、頬を赤くしてブルースを睨んだ。