モンスターハンター 騎士の証明~90
- カテゴリ:自作小説
- 2013/08/09 12:19:40
【遺して往く、想いは・3】
「どうかちたんでしゅか?」
談話室の入り口で、ひょこっと小さな顔がのぞいた。ボルトはぎょっとして、慌ててごつい顔に笑みをつくる。
「ア、アンデルセン! なんでもないのよ、へーきへーき。……おら、ブルース、出るぞ!」
さすがにアンデルセンには情けない話を聴かれたくなかったらしく、ボルトは無理やりブルースの背中を押して出口へとうながした。
「お前、わざわざそんなことを言いに来たのかよ?」
照りつける午後の日差しの中、ボルトがぜえはあと息を切らしながらブルースをにらみつける。ブルースは、まとった青いギルドバードに違わぬ涼しげな視線をよこした。
「今言っておかなきゃ、永遠にお前は気がつかないと思ったからな」
「なにを……」
ブルースは正面からボルトに向き合った。いつになく真摯なまなざしに、ボルトは目をしばたいている。
そういう鈍さも相変わらずだ。ブルースはわずかに口元に微笑を浮かべる。
「……ギルドナイトとしてお前と初めて出会った時、お前は俺の名前を覚えるのに2週間かかった」
「な――」
「俺は太刀とボウガンを状況に応じて使い分けていたが、お前はガンランス一筋だった。俺が太刀を持って任務に赴いたとき、お前はガンランスの砲撃でモンスターを倒すことしか頭になく、範囲の広い拡散砲を連発して俺ごと吹き飛ばしたよな。それも一度や二度じゃない。毎回だ。俺は思ったよ。お前とは絶対に組めない――とな」
「そ、そうだったのか?」
かなりショックだったようである。ボルトの剛毅な面持ちが、みるみる泣きそうにゆがんだ。それを見て、ブルースの溜飲が少し下がる。溜まっていた不満は笑いとなって、形のいい唇から溢れた。
「ふっ、ははは」
「ブ、ブルース?」
「だから俺は、決心がついたのさ。俺は一生、ガンナーでやっていこう。ボウガンを極めてやろうってな。剣士のサポートも悪くはない。いや、それが俺の性に合っていたようだ。今まで中途半端な技量に悩んでいたんだ。吹っ切れさせてくれたこと、感謝しているよ」
「ブルース……」
「俺はお前と共に狩りをして、初めて狩りが楽しいと思った。俺はお前に出会えてよかったと思ってる。お前がいなければ、今の俺はいなかった。――ありがとう、ボルト」
「な、な、な……?」
鉄面皮で通っているブルースの告白に、ボルトは酸欠になった魚のごとく口をぱくぱくさせていた。それも予想通りの展開だ。ブルースは笑って、まだあっけにとられているボルトの厚い肩を叩いた。
「とりあえず、焼き肉でいいぞ」
「へ? なんで焼肉?」
「今までの借りの分だ。あと、俺がお前にやった、怪力の丸薬の分もな」
「えー?!」
「ちゃんと使ったんだろう? あれがなければ、お前のソルバイトバーストごときで、G級のディアブロス亜種は倒せなかったよな?」
「現場検証してたのかよ?!」
「当たり前だ。現場に散乱していた道具類の中に、俺のやった怪力の丸薬も落ちていたぞ」
「うっ!」
図星を指され、ボルトは言葉に窮している。くくく、とブルースは笑った。相棒をからかうのは面白い。
「火竜のタンと雌火竜の桜ロースは外せないな。飲み物はブレスワインで決まりだな」
「ブッ! ブレスワインまでって、いくらかかると……お前酒飲めないんじゃなかったのかよっ?」
「お前のおごりなら別だ」
しれっとしてブルースは答える。ぐぬぬ、とボルトは焼肉屋でかかるであろう予算を計算して青ざめている。
大型モンスターの肉は、超高級食材として珍重されている。珍味なだけではなく、味もほかの生物には例を見ない美味なのだ。凶暴な種のために確保は難しく、個体差で味にもランクが付くために、最高級とされる部位は王侯貴族でも食べられないともっぱらの噂だ。
ロックラックには唯一、大型モンスターの肉を出す高級焼肉店があり、庶民はもちろん、ハンター達の憧れの店ともなっていた。
「――わかった、わかったよ!」
これ以上恩を着せられても困ると、ボルトはついに観念したようだった。
「焼肉で借りが返せるんなら安いもんだ――いや、安くねえけど……。ちくしょう、こうなりゃ俺も食ってやる! 死に水ならぬ死に肉だあ! おい、ロジャーも一緒だぞ、いいな?」
「もちろんだ」
ブルースは微笑んだ。普段の彼を知る者なら、ここまで笑顔の大盤振る舞いをしていることに目を剥くだろう。それは、親しき友がいてこそだ。そのことは、ブルース自身が一番よくわかっている。
ボルトもロジャーも、かけがえのない仲間だ。歩き出しながら、ブルースは隣を行くボルトと、ロックラックの街並みを目に焼き付けようと思った。
(これで思い残すことはない。この世に俺が生きた証が残らなくても、後悔せずに死んでいける。この人生で、俺がお前やロジャーさんと出会えたこと、それだけで十分だ)
店に行ったら何を頼もうか、指折り数えて悩んでいる友を横に、ブルースは自分にしかわからぬ微笑を浮かべた。
「あなたが私を訪ねてくるとは珍しい」
ロックラックギルド本部のギルドナイト副長室で、ティオは穏やかな笑みを湛えて来客を見やった。
「ロジャー。そうしていると、あなたは昔と変わりませんね」
数歩近づき、ティオは入り口に立ったままのロジャーの頬に手を触れた。
「その顔。私と初めて会ったときに見せていた、迷子の顔だ」
「……答えは出たつもりです。でも、今でもときどき迷います」
ロジャーは少年のようにうつむいた。ティオを前にすると、10年前のあのころに強制的に心が帰ってしまう。ティオは手をおろし、ロジャーを見つめた。
「私の伝言を、ちゃんとブルースは伝えましたか?」
「はい」
ロジャーは面を上げた。澄んだ瞳は恐れずにティオを映す。
「あなたが私になる必要はない。――しかと受け止めました」
「ならば、私があなたにこれ以上言うこともありません」
「――ティオさん、僕は……あなたが僕に言ったことを、ある女性(ひと)に同じように言ったんです」
「うん……?」
ティオの細い目が、訝しげにさらに細められる。ロジャーは噛みしめるように答えた。
「――ハンターは、人間に向かって武器を向けてはならない、と」
竜機兵を目の当たりにしたユッカと、その行動のすべては、ロジャーの提出した報告書にまとめられている。そのときに会話した内容もほとんど記されているので、ティオはなんのことかすぐにわかったようだった。
「僕は、とっさにそう怒鳴っていました。果たして僕に、彼女にそう言う資格があるのかどうか、悩むこともなく」
「……」
「でもあなたなら、あの時、僕以上にその言葉を言う資格がありました。事件のこと、何より、ユッカ君のことを思い起こすたびに、僕は自分が消えてしまいそうになります。今まで何の疑いもなくハンターになり、ギルドナイトを目指してきたけれど、僕という存在が、果たしてどれほどこの世にとって重要なのか――」
長い心の内を語り終えて、ロジャーは再びうつむいた。ティオは静かに愛弟子の様子を見つめていたが、やがて口を開いた。
「私が今、あなたの代わりはどこにもいないと言ったとして、それであなたは満足するのですか?」