戸を開けて這入はいって来たのは
- カテゴリ:日記
- 2013/08/14 17:12:34
戸を開けて這入はいって来たのは、ユダヤ教徒かと思われるような、褐色かっしょくの髪の濃い、三十代の痩やせた男である。 お約束の Mademoiselleマドモアセユ[#ルビの「マドモアセユ」は底本では「マドモアセエ」] Hanakoハナコ を連れて来たと云った。 ロダンは這入って来た男を見た時も、その詞ことばを聞いた時も、別に顔色をも動かさなかった。 いつか Kambodschaカンボヂヤ の酋長がパリに滞在していた頃、それが連れて来ていた踊子を見て、繊ほそく長い手足の、しなやかな運動に、人を迷わせるような、一種の趣のあるのを感じたことがある。その時急いで取った dessinsデッサン が今も残っているのである。そういう風に、どの人種にも美しいところがある。それを見つける人の目次第で美しいところがあると信じているロダンは、この間から花子という日本の女が vari□t□ワリエテエ に出ているということを聞いて、それを連れて来て見せてくれるように、伝つてを求めて、花子を買って出している男に頼んでおいたのである。 今来たのはその興行師である。Impr□sarioアンプレサリオ である。「こっちへ這入らせて下さい」とロダンはいった。椅子をも指ささないのは、その暇いとまがないからばかりではない。「通訳をする人が一しょに来ていますが。」機嫌きげんを伺うかがうように云うのである。「それは誰ですか。フランス人ですか。」「いいえ。日本人です。L'Institutランスチチュウ Pasteurパストョオル で為事をしている学生ですが、先生の所へ呼ばれたということを花子に聞いて、望んで通訳をしに来たのです。」「よろしい。一しょに這入らせて下さい。」 興行師は承知して出て行った。 直ぐに男女の日本人が這入って来た。二人とも際立きわだって小さく見える。跡あとについて這入って戸を締める興行師も、大きい男ではないのに、二人の日本人はその男の耳までしかないのである。 ロダンの目は注意して物を視るとき、内眥めがしらに深く刻んだような皺が出来る。この時その皺が出来た。視線は学生から花子に移って、そこにしばらく留まっている。