Nicotto Town


ま、お茶でもどうぞ


モンスターハンター  騎士の証明~92

【銀の乙女・2】

 人は変わる。
 頭ではわかっていても、ロジャーは寂しい気持ちになっていた。
 隣を行くユッカは、もの言いたげな唇を固く閉ざして、ロジャーから目を逸らして歩いている。そんなユッカにおいそれと話しかけるわけにもいかず、ロジャーもまた、ユッカとは反対方向を眺めながら歩くしかなかった。
 およそ恋人同士とは言いがたい男女の様子に、道行く人はどんな想像を巡らせているのだろう。ロジャーは胸の中で苦笑する。けれど、強がりの笑いはすぐにしぼんでしまう。
 ランマルに不意を突かれたものの、ふとすると濃く暗い陰りがユッカの表情を覆うのである。あんな出来事のあとでは無理もない。正気でいられる方が、どうかしているんだろう。
(君をそんなふうにしてしまったのは、僕の責任でもある――)
 また前のように戻ってほしくて、自分はユッカを呼び止めたのだろうか。
 わからない。
 でも、ユッカの姿を見つけたとき、今話しておかなければならないと感じたのだ。
「おなか、すかないかい? 良い店があるんだ」
 ユッカの返事を待たず、ロジャーはユッカの手を引くようにして酒場通りへと向かった。
「いらっしゃいませですニャ」
 表通りに面した鉄細工で飾られた吊り看板には、洒脱な文字で『アリスズ・バー』と書かれている。その名の通り小さな酒場だが、すでにハンター達が酒を酌み交わし、酔いどれ声を響かせていた。
 ふたりが戸口の前に立つと、すぐさま黒い蝶ネクタイを締めたアイルーが接待に応じた。
「2名様ですかニャ?」
「ああ。入れるかな?」
「ご予約でなければ、30分待ちにニャりますが」
「30分? うーん、困ったな」
 さすがに30分は長い。河岸を変えようかと悩んだ時、奥から暗緑色の皮の上下を着た、ハンターとは思えぬ華やかな美女が、豊かな腰を揺らめかせながらこちらへやってきた。そしてロジャーとユッカを見るなり、嬌声をあげる。
「ああ~ら、ユッカたんにローさんじゃなぁい! お久しぶりね~!」
「アリスさん、ご無沙汰していました」
 身体の線に沿ってぴったりと貼りつくイビルジョーの剣士用防具に身を包んだ女主人へ、ユッカは律儀に頭を下げた。
「ユッカたん元気そうね~。ローさんもご無沙汰ぁ~。今日は、ボルちゃんとブーさんは一緒じゃないのねぇ」
「すみません、いきなり来てしまって。食事がしたくて来たのですが、どうも混み合っているみたいですね」
 ロジャーが苦笑すると、アリスはふふんと含み笑った。
「大丈夫よぉ。そういうときのためにぃ、特別席をご用意してあるんだからぁ。クミン、ご案内してぇ」
「かしこまりニャした」
 アリスはロジャーとユッカを見比べて何か察したように笑みを深めた。ウェイターアイルーに手を振って奥へと消えると、クミンはぺこりとおじぎをして、手を奥へ差し伸べた。
「失礼しニャした。では、こちらへどうぞ」

「ロジャーさんもアリスさんとお知り合いだったなんて、意外でした」
 案内された席は、酒場の最も奥に位置する個室だった。壁に仕切られ、広間の喧騒もここへはほとんど届いてこない。あちらが大衆食堂のような雰囲気に対し、花やしゃれたランプで飾られたここは、まるで高級レストランの趣だった。
 クミンに椅子を引かれてそこへ座ると、ユッカがそう口を開いた。固かった表情が穏やかに微笑んでいる。気を遣っているのだと、すぐにわかった。
「以前、あることで知り合ってね。同僚ともども、たまに食事にくるんだ」
 クミンが一礼して去っていく。ロジャーは懐かしく数年前を思い出していた。ユッカとその仲間たちが、上位級ジエン・モーランを極秘に討伐した一件である。ロジャーとユッカが、初めて出会ったいきさつでもあった。
「……ところで、耳はどう? あれからずいぶん心配していたんだ」
「おかげさまで、だいぶ良くなってます」
 あくまで愛想を崩さず、ユッカはそつなく答えた。
「今日この街に来たのも、ギルドのお医者様に経過を診てもらうためだったんです」
「そうか、よかった……」
 ユッカの耳は、ロックラックへ到着するまでにブルースが応急処置をしていた。彼によれば、かなり鼓膜の損傷がひどく、元に戻るまでにかなりの時間を要すると言った。
 だが順調に回復していると聞いて、ロジャーは心の底からほっとした。ユッカは有望なハンターだ。その成長の芽を自分が摘み取ったとあれば、悔やんでも悔やみきれない。
「やっぱり、良い声」
「え?」
 不思議そうな顔をすると、ユッカは初めて、ほどけるような笑顔を浮かべた。
「ロジャーさんの声。ケガをしたときは、音が割れてよく聞き取れなかったから。素敵な声、また聴けてうれしいです」
 面と向かってそう言われたのは初めてだったので何やら照れくさく、ロジャーは小さく「ありがとう」と言った。
「そういえば、ショウコ君がいないね?」
「ショウコはユクモ村を守ってます。兄が遠征中なので、ほかに村を守るハンターがいないから」
 グロムの妻であるミーラルは、まだ赤ん坊の息子を育てるために、あえて狩りに出ないようにしているとユッカは話した。
「それが、兄と結婚したあと交わした約束なんです。ふたりの子どものハヤトくんが大きくなるまでは、絶対にどちらかが村に残る、って。ミーラルさんはお父さんをモンスターに殺されたから、同じ思いをさせたくないって気持ちからなんだと思います」
「そうか……」
 ミーラルの父親もユクモ村きってのハンターだったが、金冠サイズの尾槌竜ドボルベルクに遭遇し、命を落とした。グロム達の活躍で、敵(かたき)となるドボルベルクは討伐したものの、それが原因で悪名高い『金冠モンスター事件』を呼び起こしたのだった。
(世の中、いろんなことがつながりあっているんだな……織り糸のような縁、か)
 クミンが料理を運んできた。コックアイルーが腕によりをかけたそれは、盛りつけからして上品で、明らかに今酒場で騒いでいるハンター達への品と差がついている。アリスが特別に気を利かせたのだろう。
「いただこうか」
 磨き抜かれたカトラリーを手に、ロジャーは微笑んだ。

 しばらくの間、静かな食事が続いた。会話が途切れたのだ。
(どうしよう……)
 ロジャーは困り果てていた。こういうとき、どうしたらいいかわからないのだ。こっそり向かいを窺えば、ユッカもまた、硬い表情でナイフとフォークを動かしている。
 よく見たら彼女のカトラリーの先端が震えていた。肉を切り分けようとしてうまくいかないでいる。
 同じく緊張しているのかもしれない。そう思ったら、少し安心した。
「ロックラックへは、診察で来たんだろう? それなのにシルバーソル一式とは、気合いが入っているね」
「え? えっ――あっ!」
 肉をいったん諦めて、添えられた丸い小芋にカトラリーを突き立てていたユッカが、声をかけられて驚いたように顔をあげる。その瞬間、ビシッとロジャーの眉間に衝撃が走った。
「うっ!」
「うわぁあ!――ご、ごめんなさい!」
 眉間を直撃したのは、ユッカが切り分けようとしていた小芋だった。ガツリとカトラリーの先端が皿を突いた途端、芋がロジャーに向かって飛んだのである。
 ころころと芋がロジャーの皿に転がり、ユッカは真っ青になった。
「……」
 ロジャーは器用に芋をフォークに刺すと、ぱくりと口に放り込んだ。
「ぷ、く……あははは!」
 芋を噛みながら、中身が見えるのも構わず、ロジャーは思わず笑い出していた。




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