Nicotto Town


ま、お茶でもどうぞ


モンスターハンター  騎士の証明~93

【銀の乙女・3】

「アリスさん……いつもわたしには箸をくれるのに。絶対わざとだ……」
 ユッカは耳まで赤く染めて、両手で顔を覆った。ロジャーは笑いが止まらなかった。
「君って、フォークとナイフが苦手なんだ?」
「はい……」
 ますます縮こまりながら、ユッカは消え入りそうな声で答える。
「わたしの村では箸が食器だったから、フォークとナイフってあんまり使ったことなくて」
「なんか、意外だよ。でもって、安心した」
「え?」
 泣き出しそうなユッカの顔がかわいらしかった。ロジャーは芋を飲み下して微笑んだ。
「君にもそんなかわいいところがあるんだなあって。それに……もう笑ってくれないかと思っていたから」
 後者の方はどういう意味だと問いかける瞳に、ロジャーは答えた。
「あんなことがあっては、いつも通りに生活できなくなるんじゃないか、って。実際、そうなってしまう人は多いからね……」
「……わたしも、そう思いました」
 ユッカの澄んだ瞳に、また悲しい陰りがよぎった。
「自分達の欲のために、モンスターを……命を好き勝手にするなんて、実際に見るまで考えられなかった。だって、そうでしょう? 辺境の村ではみんな、その日を生きることに必死で、大自然だけじゃなく、モンスターからの脅威に、いつも怯えているんです。モンスターに襲われることはあっても、こちらが彼らを翻弄することはない。それが現実でした」
「うん……」
「でも、こうしてハンターになって依頼を受けていくうちに、だんだん世の中のこと、わかってきたんです。本当に苦しくて依頼をする人もいれば、自分のためだけに依頼する人もいる。ギルドがモンスターの数を調整しているのは知っています。たとえ被害がなくても狩られてしまうモンスターは、世界における絶対数から淘汰される一部なんだ、って」
「そうだね。僕も依頼とは常に、誰かの危機を救うためのものだと思っていた。でも、この世界はモンスターのもたらす素材の流通で成り立っている。直接に被害をもたらさなくても、そういった需要があれば、たとえ自分勝手な依頼文だったとしてもギルドは受理するんだよ。でも、彼らは違った」
 エルドラ王の一派と研究者達を思い出したのか、ユッカはこくりとうなずく。
「もう二度と、笑えないかと思いました。死んでいったモンスターのことを考えたら、わたしなんて、絶対に幸せになっちゃいけないんだ、って。だから、ロックラックを出たのも、早くいつもの生活に戻りたかったからなんです」
「……忘れたかった?」
 そっと尋ねると、ユッカはまた、小さくうなずく。罪悪感を細い肩にとどめながら。
「何も考えずにモンスターを追いかけて、命がけでやり取りする方がよっぽど楽。この世の真実も、裏のことも、知らないでいたかった……」
「でも、それは君が選んだ道だ」
 咎めるつもりはなかった。ユッカもそれをわかっていた。泣き出しそうに震える唇をかみしめている。
「……ロジャーさんと、同じものを見たかったんです。もちろん事件のことも気にかかってました。だけど一番は、少しでもあなたのそばにいたかったから……」
「……!」
 それが告白だと、ユッカはまったく気づいていなかった。淡々と話す彼女に、ロジャーは何も言えなかった。ただ、ずきりと胸の中心がうずいた。
「あのとき止めてくれて、ありがとうございました」
 顔を上げ、ユッカはロジャーに微笑んだ。迷いのない、晴れた笑顔だった。
「もう少しでわたし、人殺しになるところでした。ロジャーさんが命がけで止めてくれたから、きっとわたし、今、笑えていると思うんです」
「ユッカ君……」
 ロジャーは苦笑に近い微笑を浮かべ、ややうつむいた。
 ユッカにとって、自分の一言がどれだけ重いのか思い知る。自分がティオの言葉を尊敬するように、彼女もまた、自分を憧れとして、目標としてくれているのだ。
 それはありがたい反面、どこかうしろめたかった。
 そんなに崇拝される価値のある人間じゃない、と、叫びたくなる。
「ロジャーさん」
 また思考の深みにはまってしまいかけたとき、ユッカが話しかけた。
「気にしないでください」
「え?」
 ロジャーがまばたきすると、ユッカは笑った。
「わたしのことは心配いりません。でもロジャーさんは、これから、何か大事なことをしようとしているんじゃないですか?」
 まっすぐなユッカのまなざしに、ロジャーは嘘がつけなかった。この娘は恐ろしく勘がいい。
 無言は肯定だった。ロジャーが黙っていると、ユッカは心得たように目元をゆるめた。
「やっぱり。いきなりわたしに声をかけてくるから、きっと、わたしに引け目があるんじゃないかって――だから食事に誘ってくれたんでしょう?」
「いや、それは……」
 違う、と言うのは簡単だ。だが、ユッカの言うことも半ば当たっている。どうしてしまったんだ、と、めまぐるしく変わる頭の中で、ロジャーは歯がゆい思いをした。
 いつもなら器用にやり過ごせる会話だが、ユッカを前にすると、いろんな答えを探さなければならなくなる。
 ユッカに嫌われないような答えを。
 ユッカを見ると、また、微笑んでいた。さっきとは違う、どこか寂しそうな笑顔だった。
「今夜はありがとうございました。お会いできて、本当にうれしかったです。これから依頼を探して受けるつもりでしたから――だから、この装備なんですよ」
「そう、か……」
 背中にどっと汗をかく。足の速いモンスターを追いかけるよりもロジャーは焦っていた。
 難しい。女の子って、本当に難しい。
「それじゃ、わたし、そろそろおいとましますね。ごちそうさまでした」
 おじぎをして席を立とうとするユッカを、思わずロジャーは呼び止めていた。
「待ってくれ」
 予想通り目を丸くするユッカに、ロジャーはますます冷や汗をかきながら、こんなことを言っていた。
「広場は、星がきれいだから……」

 ロックラック市街地の中央にある広場で、ロジャーとユッカは空を見上げていた。
 深夜に差し掛かったこともあり、人の数は少ない。紺の夜空を埋め尽くす万の星が音もなく輝いていた。
「……今、ロックラックギルドでは、新しくアイルーのギルドナイツを結成しようとしていてね」
 お互い無言で星を見つめていたが、ロジャーは沈黙に耐え切れず、こんな話をしだした。
「隠密性に長け、機敏で知恵も回る彼らは、狩り場の調査役にもうってつけだ。ギルドナイトは人手が足りなくてね。こちらのサポートをしてくれるオトモ隊が必要ではないかと、そういう話なんだ」
 ユッカを見ると、目を輝かせて聴いている。少し安心して、ロジャーはおよそ色気のない話を続けた。
「優秀なハンターのオトモ経験者を集めて結成する予定だそうだ。隊名は、ギルドニャイト」
「!」
 おとなしく聴いていたユッカが、いきなり固まった。口の中を噛んで、何かを我慢している様子である。
「大丈夫かい?」
「いえ、別に」
 ユッカは腹に力を込めて、押し殺した声で言った。
「そう。それでね、そのギルドニャイトが――」
 またユッカがぶるっと震え、ロジャーもさすがに気づいた。そうっと言ってみる。
「……笑っていいんだよ?」
「――ぶふっ!」
 言われて、ユッカはこらえていたものを不本意にも吐き出していた。おなかを抱えて笑い出す。
「や、やめてください、ロジャーさんが真面目な顔でギルドニャイトだなんて……あはは、お、おかしー!」

アバター
2013/08/20 16:36
ハルさん、コメント感謝です。

こちらもお読みいただきありがとうございましたw

ニャってつく語尾は、どうも心をくすぐられますね。
リアルでは犬派ですが、ネコグッズやその手の語尾には弱い蒼雪です(笑)
アバター
2013/08/20 14:08
ギルドニャイト……!!
降参です(笑)



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