Nicotto Town


ま、お茶でもどうぞ


モンスターハンター  騎士の証明~97

【紅い月】

 屋敷が軽く揺れたのを覚え、エルドラ国将軍ジルは、不吉さを感じて窓際に歩み寄った。太陽が西の地平線に沈み、空には星が瞬き始めている。
 穏やかな天空とは裏腹に、エルドラの城下町は不気味に静まり返っていた。
「最近よく揺れる……」
 ジルは街を見下ろしてつぶやいた。地震が、ここ数日で頻繁になってきている。半月以上前に体感した大きな揺れはなかったが、短く断続的に揺れるのは、まるで大地が何かに怯えているかのように思われた。
「また十年前の悲劇が繰り返されるのか?」
 10年前、この地域一帯を襲った大地震は、国土を壊滅状態に陥らせた。ジルは十代の少年だったが、当時の恐怖は覚えている。
「あの時からだ……国王が豹変し、父上が失踪したのは」 
 ジルが物思いにふけりかけたとき、自室のドアが数度鳴った。
「ジル将軍。リトルです」
「ああ……」
 物憂く振り返り、ジルは返事をした。しかし、幼なじみであり腹心の部下でもあるリトルは、なぜか入ってこない。
 いつもはこちらが返事をすれば、すぐに入室してくるのに。不審に思い、ジルは用心深くドアに近寄った。
「リトル? いるんだろう?」
「はい、ですが……すいません、開けて頂けると」
 助かりますと言うように、リトルはドアの向こうで弱々しく笑った。
 ジルは、やれやれと苦笑した。本好きのリトルは、よく、本の山を土産に抱えて部屋を訪ねてくる。
「待ってろ、今開ける」
 ジルはドアの取っ手を引いた。開けた途端、なごんでいた表情が凍りつく。
「リトル、お前――」
「はは……ごめんなさい」
 リトルはジルを見て申し訳なさそうに笑った。両腕は後ろ手に縛られている。その背後に、二人の男が薄暗がりにまぎれて立っていた。


「アルバトリオンは、火口付近からほとんど動こうとしません」
 煌黒龍アルバトリオンが生息するといわれる山頂付近に、ロジャー達は拠点となるベースキャンプを設営していた。狩りに必要な荷物をすべて運びおえ、トゥルーが狩り場となる火口の見取り図を広げて説明する。
「ずいぶん狭いな」
 トゥルーとランファが描いた図を見下ろして、ロジャーがつぶやいた。ランファが答える。
「火山の噴火口の一部が冷え固まって、そこが足場になっている状態なのさ。溶岩が絶えず流れているけど、有毒ガスは発生していない。火山が噴火を起こしているというよりも、常に発生している高温のために、岩が固体化していられないみたいだよ」
「ええと……どういうこと?」
 目をパチパチさせてボルトがランファ達を見る。少し離れたところで、食事の準備のために鍋を火にかけていたブルースが答えた。
「ようするに、熱くて地面が固まっていられないということだ――あちっ!」
「大丈夫かい?!」
 ブルースが弾かれたように、お玉を持った手を振り上げる。ロジャーが驚いて身を乗り出すと、ブルースは真顔で「大丈夫です」と言った。 
「シチューの中身が跳ねただけです。問題ありません」
「そうか、よかった……」
 てっきり、火種に使っている溶岩が跳ねたのかと思った。ロジャーはほっとした。
 キャンプは、アルバトリオンが根城にしているという火口につながる、細長い洞窟に設営されていた。
 岩の裂け目から絶えずマグマが細く流れ、階段状になった段差に小さな滝を形成していた。密室状態ならかなりの高温となるが、天井に巨大な穴が開いており、冷たい外気が大量に吹きこんでいるため、暑さを和らげるクーラードリンクなしでもしのげる気温となっていた。
 最も熱気が当たらない涼しい場所に天幕を張り、休めるようにした。ブルースは、地面を這う細い溶岩の流れをまたぐように石を組んでかまどをこしらえ、鍋を二つかけて料理を作っている。
「そんなに熱いなら、狩り場の足場も心もとないんじゃないか?」
 ボルトが尋ねると、トゥルーがうなずいた。
「アルバトリオンの体内で火属性器官が活性化している場合、地中のマグマも反応して局所的に噴出してきますが、上空に雷雲が発生しているためか、吹きつけてくる冷気ですぐに冷え固まってしまいます。不規則に吹き出してきますから、厳重な注意が必要です」
「足元に気をつけろ、と……」
 ボルトが頭の中でメモをする。ロジャーが質問した。
「ほかに気を付けることは?」
「罠は設置できません」
 トゥルーが言った。
「簡易式の捕獲罠は、ここの溶岩地帯ではうまく作動しないんです。あまりの高温で仕掛けが駄目になるらしくて」
「なるほど。了解だ」
 返事をして、ロジャーはちらりと、トゥルーの後ろにいて荷物の整理をしている少年兵を見た。
「彼も作戦に参加するのか?」
「人手は多い方が良いですから」
 トゥルーがにっこり笑う。ロジャーは複雑な顔をした。
「本当は、ここで下山して船を守ってもらいたいところだけど……」
「じゃあ誰が3基のバリスタ砲を狩り場に運ぶのよ?」
 ランファが笑いながらにらむ。
「あんた達がアルバの気を引いてくれなきゃ、あたし達も仕事ができないよ」
「しかし……」
「あー、もう難しい話はやめだ!」
 兜を乱暴に脱いで、汗に湿った髪を搔きまわしながらボルトが叫んだ。
「もうウダウダ言うのやめようぜ!」
「そうですね。ボルトの言うとおりだ」
 額に汗して、煮立つ鍋の様子を見るブルースも言った。
「トゥルー達のハンターとしての技量は保証します。ひとつ彼女達に任せましょう」
「うん。ごめん」
 どうやら必要以上に臆病になっていたようだ。ロジャーは苦笑した。
 天を見上げると、大きく口を開けた天井から、巨大な紅い月が覗いていた。高速で流れる雲の影から光を投げかけるそれは、まるで巨大な目を思わせた。
(考えている時間なんてない。とにかくやるしかないんだ)
 ロジャーは決意しようとした。だが、未知の生物に出会える希望はどこかへ去り、底知れぬ不安感が胸を支配していた。

 洞窟の遥か先からは、まるで火の妖精のごとく千の火の粉がこちらへ向かって飛んで来ていた。
 明るく燃えるマグマの光に目を細めながら、ロジャー達は神域の中心へ足を踏み込んだ。
「何も……いない」
 緊張して狩り場に侵入したが、辺りは静まり返っていた。つぶやいたロジャーは、思わず立ちすくんで辺りの光景を見渡す。滔々(とうとう)と煮立ちながら流れる溶岩の川が巨大な滝を成し、巨岩を押し流すさまは圧巻だった。
 足場はトゥルー達の言うとおり、冷え固まった溶岩でごつごつしているが、ほぼ平らで歩きづらくはない。だが、池のように溜まったマグマが各所に点在しており、足場の周囲をマグマが取り囲んでいる。遥か彼方に山脈のような岩陰がそびえていた。
「ここは巨大火口の中心ということか」
 周囲を見渡して、ブルースは言った。
「足場は思ったより狭い。立ち回りに注意が必要だな」
「今のうちにバリスタを設置してしまいましょう」
 トゥルーがバリスタ砲を載せた台車を引きにかかる。ランファと少年もうなずいた、その時だった。
「おい、あれ?!」
 ボルトが滝の方を見上げて叫んだ。全員がすぐにそちらを見上げる。
 逆巻く漆黒の鱗に包まれた巨大な生き物が、こちらを悠然と見下ろしていた。
「来ます! アルバトリオンです!」
 ――キィエエエエン!!
 トゥルーが叫んだ瞬間、形容しがたい甲高い咆哮が熱気をつんざいた。

#日記広場:自作小説

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2013/09/11 10:32
小鳥遊さん、コメント感謝です。

行方不明になっていたあの2人が帰ってきました(笑)
並行して進んでいるので、こちらもようやく出せました。
もう正体がお分かりであろう、少年兵がどう活躍するのかも楽しみにして頂ければと思います。

そうですか、じっくり読めて良いとのお言葉、安心しました。
キャンプの設備は、実際にゲームで見られるものです。テントと、マグマを利用した素朴なかまど、お鍋が2つ。
荷物の入った木箱に、コップとか。生活感があります。溶岩流れてて暑いのに、ここで粘って狩りしてるんですねぇ。

ロジャーの不安は、面白く書けるかという作者の不安そのものです(笑)
最近はアルバトリオンと戦うのも慣れてきてしまって、最初のころは怖くて怖くて、一人じゃまともに倒せませんでした。
あのころの気持ちを必死に思い出そうとしてますが…うまくいきません。
何度もゲームをやりながら、ロジャー達ならどう動くか考えています。

うろ覚えって怖いもので、火口の描写を一部間違えてました^^;
片側が断崖絶壁って書いたのですが、そんなのなくて、火口の中心部でしたよ…><
なので、後半の描写を一部修正しました。この場を借りてご報告申し上げます。
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2013/09/10 23:13
エルドラ国でも、何やら……きな臭い雰囲気が。
モンスターとの戦いだけでなく、こういった場面も描かれていると、読んでいる側は、あれこれ予想(?)したりして、楽しみが増えますw
予想といえば……飛行船に乗り込んだ少年兵^^ 
「彼」も作戦に参加する模様。最後の大団円が楽しみです♪

神域に到着するや否やすぐ戦い、というよりも、一つ一つの場面をじっくりと読ませて頂ける方が、私としては嬉しいです^^
読みながら、彼らに同行している気分になります。

>どうやら必要以上に臆病になっていたようだ。ロジャーは苦笑した。

そりゃ、誰だって二の足くらい踏みますって! と言ってあげたくなりました。
未知なる脅威に対する不安を感じるというのも、リアルな心理だと思いました。
一つ一つに臨場感があるので、読んでいて面白いです^^
アバター
2013/09/10 11:44
もたもたしている優柔不断のロジャーは、まだアルバトリオン戦を書きたくないという作者の心境かもしれません^^;
どうやったら狩りをドラマチックに面白く伝えることができるのか…。
いまだに悩み中です(笑)



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