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「左様ですな。簗田殿が赴けば、弾正忠様もお喜びになられます」

　そのあとは、縁側に座って、境内をすべり行く風を眺めていた。もちろん、それは目には見えないものだが、雄大な雲が流れている夏の装いに、遥か東三河の設楽ヶ原から吹いてくるものを求めた。

「山県――」

　牛太郎は確かに聞いたのだった。頭を打ち抜かれてまどろんでいるとき、三郎兵衛が何か言葉を残していったのを。

「テメーはおれに何が言いたかったんだ」

　お前らは夢を見ているか。

「簗田殿。どうかされましたか」

　弥八郎が牛太郎の隣に腰掛けてきた。

「いいや。長篠は大変だったなあって思って」

「左様ですか」<a href="http://www.watchsrise.com" title="http://www.watchsrise.com">http://www.watchsrise.com</a>

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　あとは何も言葉を交わさずに、牛太郎と弥八郎は、西空が赤くなるまでずっと境内を眺めていた。

　太陽が沈むと、暮れを知らせる鐘が鳴らされて、牛太郎は門前にまで出ていった。

　抱きたいことは抱きたいが、やめよう。ただ、さゆりに慰めてもらいたい。目的のない道を目的もなく歩み続ける牛太郎は、紫色に染み渡った空を仰ぎながら、鐘の音をしみじみと聞いた。

「あのう、ちょっくらお訊ねしたいのですが」

　門柱に背中を預けていた牛太郎に、腰を曲げた老婆がしわがれた声で歩み寄ってきた。ぼさぼさの白髪で顔が隠されていて、着ているものはつぎはぎだらけの埃まみれであった。

「なんだ、ババア。夜道には気をつけないとひったくられるぞ」

「いえいえ、お侍様。あたしはお訊ねしたいのです」

「何をだ。道案内ならおれはよくわかんねえから、この寺の小坊主にでも訊ねろ」

「いえいえ、そんなことではなくて、あたしがお訊ねしたいのは、あなた様があたしら武田をだまくらかした簗田出羽守様かということです」

　老婆が白髪の向こうの唇をにたりと緩めて、牛太郎は咄嗟に太刀の柄を握ろうとした。が、老婆は目にも留まらぬ速さの末に両手に短刀を表しており、その凶器を素早い動きで牛太郎に交錯させてきた。

　牛太郎の半纏があっという間に切り刻まれた。牛太郎は焦って太刀をやみくもに振り下ろした。しかし、老婆の姿はそこにはもうなくて、あるのは首元に突きつけられた刃の冷たさであった。

　どうやってそうしたのか、老婆は背後に回っていたのだ。冷や汗が一挙に噴き出す。そして、怒る。伊賀流の忍びは一体何をやっているのだと。

　ただ、死を迫られているので、命乞いする他ない。

「か、勘弁してくれ」

「あんたにやられた武田は勘弁せえへんかんな」

「え？」

　牛太郎が恐る恐る振り返ると、さゆりは跳躍してしまい、門の屋根に仁王立ちして白髪を風になびかせながら、牛太郎を睨み下ろしてきていた。

「ええ加減にせい。夜道を気をつけるのはあんたのほうや」

　その言葉を残し、さゆりは消えていった。

　牛太郎は唖然としたあと、拳を握ってわなわなと震える。そうして喚いた。

「おいっ！　伊賀流っ！　何をやってんだっ！　さゆりんをやっつけろっ！」

　牛太郎の怒声にこたえたのは山に帰っていく烏だけで、あとは瞬く星のもとにしんとしていた。

会偶

　覇道を歩む織田上総介は忙しい。

　岐阜に帰陣してくると、ほどなくして軍勢を率い上洛した。正親町天皇の第五皇子、誠仁親王が禁中にて蹴鞠の儀を催されることとなっており、朝廷との密接な関わりを企む上総介が覇者の第一候補としてこれに参列するためであった。

　武田軍を破って以来とあって、今回の上洛はこれまでにも増して織田の威風を天下にかざすものと思われたが、しかし、佐和山から航路を辿って坂本にやって来た上総介は、小姓や側近などわずか六名だけで京の相国寺へと出立したのである。

　人々の思惑を