Nicotto Town


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モンスターハンター  騎士の証明~102

【困難、また困難】

 熱せられた大気がロジャーの前髪を揺らめかせている。
 遠くかすむのは翼持つ黒い巨体。優雅ともいえる足取りで、地を震わせながらゆっくりと近づいてくる。
(そうだ、ここへ来い)
 両手に冴え冴えと輝く聖剣、マスターセーバーを携え、ロジャーは迫りくるモンスターを睨みつける。
 背後には、背丈と変わらない大きさの樽がいくつも並べられていた。
 強力な火薬を満載した大タル爆弾Gである。
 しきりに降りかかる火の粉が髪に触れ、きなくさい臭いが鼻を突いたが、ロジャーは微動だにしない。
 不思議と、燃えるような闘志は湧かなかった。胸に迫るのはただ、茫漠とした使命感のみ。
 わずかに首を逸らして周囲を見る。
 右手にブルースがライトボウガン大神ヶ島【神在月】を腰だめに構えている。
 左を見れば、ガンランスを展開したボルトが、いつでも対応できるように油断なく立っていた。
 右手前方には拘束バリスタを担当する少年兵。そこを頂点としてロジャー後方左右に、トゥルーとランファがバリスタ砲発射のタイミングを待っていた。
 ロジャーは再び前を向く。あと数十メートルのところで、アルバトリオンの歩みが止まった。
 後足立ちになって、吼える。耳孔を切り裂くような叫びが鼓膜を突き、ロジャーは両手で耳をふさぐ――。
「今だ!!」
 聾する咆哮の中、声の限りに叫んでいた。ブルースが、ボルトが、恐怖を力に替えて武器を向ける――モンスターに。


「もっと悪い報せがあります」
 時は、およそ2時間前にさかのぼる。
 残された狩猟時間があと8時間しかない。焦りに血の気を失ったロジャーに、ブルースが沈痛な面持ちで言った。
「ボルトが、強走薬Gを忘れました」
「……!」
 思わず瞠目してボルトを見ると、ボルトは、「うっ」と低くうめいて肩を落とした。
「……わりい。本当だ」
「こいつは、活力剤を強走薬と思い込んで荷物に入れたらしいのです」
 じろりとブルースが相棒を睨みつける。
「色が似ているからよく確かめもせず放り込んだそうで。まったく、どこぞの教官のような真似をする」
「すまねえ……」
 さすがにこの失敗はボルトも堪えたらしく、返す言葉もない。
「それじゃあ、僕のを分けるよ。5つあるうち、ひとつは開始前に飲んでしまったから、残りは4つ。ちょうど2つずつだ」
「だめだ! 双剣使いに強走は必須だろ? 俺は何とかしてみせるから、それはお前が使えよ」
 ロジャーは言い張るボルトに静かにかぶりを振り、黙って強走薬Gを二瓶手渡した。そのかわり、ボルトの手元にあった活力剤を2つ取る。そのうちの一瓶をブルースに渡した。
「隊長……」
「活力剤は人間の自然回復力を高める。この高温下だ、役に立つだろう」
「……はっ」
 押し戴くようにして瓶を受け取ると、ブルースは首肯した。
「あの、よかったら私が持っている強走薬を……」
 トゥルーが申し出ると、ロジャーは優しく笑って辞退した。
「ありがとう。でもそれは受け取れないよ。作戦を完遂次第、君達はこの山を下りてもらう」
「それは私達が邪魔だからか?」
「そうだ」
 ランファの厳しい視線に、ロジャーはわずかな微笑で肯定した。
 言葉に詰まるランファとトゥルーに、ロジャーは笑みを消し、言った。
「君達は、テオ・テスカトルを見たことがあるか?」
 それがどういう意味なのか察したトゥルーが、一瞬顔をこわばらせる。かぶりを振った。
「いいえ。有名な古龍の名ですが、遭遇したことは……」
「アルバトリオンの動きは、テオ・テスカトルに良く似ている」
 淡々と、ロジャーは言った。テオ・テスカトルは、燃えるように赤いたてがみを持つ、獅子のようなモンスターである。巨大な翼膜を持ち、炎を操る凶暴な古龍種だ。
「あの軌道を曲げてくる突進、テオのものとそう違わない。出現する大陸によって動きに癖があるが、あれは旧大陸に生息するものとほぼ同じだった」
「……つまり」
 トゥルーが固い面持ちで口を開く。
「古龍と戦った経験のない私達が長く狩り場にいるのは危険だと。そう言いたいのですね?」
「すまないが、そうだ」
 ロジャーはややまぶたを伏せた。
「まるで作戦のためだけに君達を使い捨てるようで、とても心苦しいけれど、生命の危機が関わっている以上、楽観的な憶測で君達を狩りに参加させるわけにはいかない。だから、爆破作戦が成功でも失敗でも、自分の仕事をしたらすぐに撤退してほしいんだ」
「おい、そんな言い方は――」
「黙ってろ、ボルト。ロジャーさんはお前にも言ってるんだ」
 トゥルーを庇おうとしたボルトを、ブルースが厳しい声で止めた。
「装備とモンスターとの相性、アイテムの調合分まで、すべてに気を配って初めて狩りは成功する。このような強敵を前に、“みんなで力を合わせればなんとかなる”では済まないんだ」
「結局頼みとするのは、己自身の力、か」
 ランファが苦く笑った。
「確かにね。つまるところ経験と実力がなけりゃ、狩りはおろか仲間を守ることもできない。初めてのモンスターにおろおろして、狩り場を引っ掻き回して巻き添えを食らわせたんじゃ、平和主義のオトモアイルーよりタチが悪いよ」
「うん……」
 根は負けず嫌いのトゥルーも、ランファにほほ笑まれてしぶしぶうなずく。すぐに顔を上げ、きっぱりと言った。
「でも最善は尽くします! ちゃんと私達を信頼してくださいね!」
「もちろんだ」
 ロジャーは目元をほころばせた。
「君達に任せる」


 ごとごとと溶岩がうずまき、煮えている。本来なら人間が立ち入ってはならないはずのその場所は、聖域といつしか呼ばれるようになった。
 しかし人は――ハンターは、モンスターを追ってどこまでも往く。
 天に星近き雪山を。極寒の氷海を。古代の遺跡が眠るジャングルを。深い海の底までも――。
 そして、灼熱の火の山を。
「撃て!!」
 咆哮が鳴りやむと同時にロジャーは叫んだ。オトリとなっていた身を翻し、アルバトリオンの猛突進を避ける。少年兵の放った拘束ワイヤー付きの長大な銛が飛来した。狙いあやまたず、それは一直線にアルバトリオンの身体を目指す。銛の先が右後ろ脚の大腿部に突き刺さり、モンスターは動きを止める――と思われた。
「何っ!?」
 アルバトリオンは勢いを弱めずロジャーへ向かって突進してくる!
 するするとワイヤーだけが伸び、やがて長さの限界が来て、むなしく抜けた。
「くっ!」
 せっかくアルバトリオンに気づかれないよう慎重に運び入れた爆弾が誤爆しては元も子もない。ロジャーは爆弾から離れるように走りながら、腰に下げていた角笛を取って力いっぱい吹き鳴らした。
 人間には心地よい管楽器の音は、モンスターには気を尖らせる周波を送るらしく、注意を引き付ける。すんでのところでアルバトリオンは軽やかに四肢を駆使して身をそらし、ロジャーへ目標を定めた。
(拘束弾は!?)
 爆弾から遠ざかるため全力で走りながら、拘束バリスタの方を振り向く。発射されたワイヤー銛がするすると巻き戻っていく。カラクリを用いているため操作は容易だが、持ち場の少年兵は必死で巻き戻すハンドルを回していることだろう。
(次の発射まで、あと十数分といったところか) 
 どうしてこうもうまくいかないのだろう。まるで不思議な力場が、ロジャー達の運や何もかもを奪っていくかのようだった。

アバター
2013/10/16 12:27
さえらさん、コメント感謝です。

テンションが低いまま書いたので、ゆっくりな文章が多めです。それでもご満足いただけてよかった。
お褒め頂いた詩的な文章は、いよいよ私の書く意欲が下がったときにのみ発動するもので、そうやって自分を奮い立たせるのにも有効となっております^^;

きれいな絵のマンガ、好きなんです。私もあれくらい描けたら、小説じゃなくてマンガで伝えたかった。
文章は文章の良さがあるけど、目から入る情報の魅力は絵が一番ですから。


ハンターに必要なのは苦境を楽しむ冷静さ。ゲームをやっていると、常に実感します。
この場合は楽しむまでにはならなくても、最善を尽くそうとロジャーは考えていますね。
ブルースたちも、そんな彼に必死でついていこうとしている。ロジャーには自覚はないけど、やはりリーダー向きの人間なのでしょう。

「どこぞの教官のような」くだりは、勇気の証明の内容を覚えている方にはにやりとするかも^^
私もよくやりますけど…あはは^^;
アバター
2013/10/16 10:42
なかなか、こちらの思うようには狩られてくれないモンスターですね。
さすが、という感じすら受けます。

さかのぼった二時間前のハンター達の会話。
客観的な視野で冷静に考え、物事を進めていこうとするロジャーや、
周囲がそれに示す理解が、何とも言えず、良い回でした^^
どこぞの教官のような(笑)ボルトの失敗も、かえって人間らしい気がします。

物語の場面は、苦境に立たされた狩りの場面なんですが・・・
絵として見るとキレイだなって、ところどころで、そんな風に思います。
ハンター達やモンスターの描写に、そういう印象を与える文章があるみたいです^^
情景の描写も、詩的な雰囲気があっていいですね。第三段落の始まり方なんて、ホント、そう。
熱闘だけを描かずに、背景や状況も丁寧に描いてくださっているので、想像していて楽しいです。

目が離せない展開。
続きも楽しみにしていますね^^



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