モンスターハンター 騎士の証明~103
- カテゴリ:自作小説
- 2013/10/25 12:51:01
【圧倒的な無力の前で】
(拘束バリスタが復帰するまで待っていられない!)
吸い込むと肺まで焼けそうな熱気にむせながら、ロジャーは爆弾が置いてある地点を睨んだ。アルバトリオンに気づかれないよう、人間の臭気を消すけむり玉を焚いて気配を消し、降りかかる火の粉による誤爆に怯えながら、ようやく運び入れた苦労の結晶だ。そして、強大なモンスターに対する唯一の切り札でもあった。そう簡単に灰にされてはたまらない。
頭を下げ、角をまっすぐにこちらへ向けてアルバトリオンが猛然と走ってくる。角が目の前に迫った時、ロジャーは横へ大きく跳んだ。勢い殺さず、黒い巨体が一直線に近くの壁に激突する。
ギィイ!
溶岩が隆起し、急速に冷え固まってできたその壁は、まるで焼き菓子のように上部が平たく、壁が荒々しく凹凸(おうとつ)していた。その側面に深々とアルバトリオンの逆巻く角が突き刺さり、モンスターはとまどった声をあげた。引き抜こうと四肢を踏ん張り、さかんに頭を振ろうとする。
「今だあ!」
叫んだのは、近くまで駆け寄ってきたボルトだった。モンスターの足元まで潜り込むと、すかさずガンランスを水平に構える。2つの砲口に青白い光が宿る。竜撃砲だ。
ドン、と狙い過たず砲身がうなりをあげ、アルバトリオンの無防備な横腹に爆炎をあげた。相当な痛撃を与えたはずだが、アルバトリオンは怯むことなく、頭部の拘束から逃れようともがいている。
その間に少しでも体力を削らなくては。ロジャーも手にした双剣を振りかざし、暴れる四肢へ斬りつける。
「援護します!」
激しく打ち振られる黒翼に、トゥルーの放ったバリスタがいくつも当たった。だが、長い穂先は突き刺さらずに次々と弾かれてしまう。
「肉質が硬すぎるんだわ。あれじゃ、ロジャーさん達の剣も通りません!」
トゥルーが青ざめて叫ぶ。バリスタ砲を弾く肉質には、通常の攻撃は通用しないのだ。
「拡散弾を撃つ! その場から退避を!」
トゥルーの近くにいたブルースがロジャー達に向かって怒鳴り、構えたボウガンを発射した。反動で銃身が上に反れるも、装備したディアブロZシリーズの小手が衝撃を吸収してくれ、勢いで転ばずに済む。
ブルースの放った銃弾がアルバトリオンの頭上に到達する直前に、ロジャーとボルトはその場から飛びすさった。翼の半ばに着弾した拡散弾Lv3は、多くの火薬をまき散らしながら爆発を起こす。
「やったか?!」
「いや、まだだ!」
ボルトが期待の声をあげたが、ロジャーが冷静に打ち消した。
ギィアアア!
またしても耳をつんざく咆哮をあげ、アルバトリオンが激しく首を横に振った。突き刺さっていた角が抜け、衝撃で壁が木端微塵に砕け散った。
「まだまだ元気みたいだな!」
ボルトが舌打ちをする。ロジャーは背後を振り返った。
「僕が爆弾まで誘導する。ボルトは援護を頼む!」
「任せろ!」
ボルトが勢いよく応じる。どうする、などとは互いに尋ねない。相手が行動したらそちらに合わせる。ただ信じてうなずいてくれる。得難い仲間だった。
ロジャーの胸に、一瞬ほっとしたものがよぎった。
「いくぞ!」
ロジャーは爆弾まで全力で走った。まだモンスターの注意は自分にあるはずだ。振り返れば、狙い通り、アルバトリオンはまたロジャーを追いかけて走ってくる。
その後をさらに追う形で、ブルースとボルトも武器を収めて走る。巨大なタル爆弾は、まるで一個の兵隊のようにモンスターを待ち構えていた。
(あと十数メートル)
走る。雪のように降り注ぐ火の粉の美しさに、こんな時なのに目を奪われそうになりながら――背後に迫る巨大な死を引き連れて、ロジャーは大タル爆弾Gの群れに突っ込んだ。
アルバトリオンの頭部がそこへ触れた瞬間、斜め後ろからブルースが貫通弾を発射した。
爆発が起きた。いくつもの爆弾が続けざまに巨体を巻き込んで炸裂する。
ロジャーが跳ぶ。両手を前に、全力で大タル爆弾Gの群れから逸れるように。
「くっ!」
すさまじい爆風が身体を吹き飛ばし、ロジャーは風圧で地面に叩きつけられていた。数度ごつごつした地面を転がり、ショックに軽いめまいを覚える。
「今度こそ……」
ロジャーは肘をついて上体を起こし、成果を見届けようとした。だが、わずかな期待が込められた瞳が、すぐに失望に変わる。
ギィエエエエン!
鋭い咆哮が熱せられた大気を切り裂き、煌黒龍が後足で立ち上がる姿が陽炎にゆらめいて見えた。
効いていないのか。あれだけの爆撃を食らって?!
アルバトリオンが翼を大きく振って螺旋を描くと、悠然と巨体が宙に浮いた。翼の巻き起こす風圧に、重装備のボルトが軽々と押しやられている。
「このっ――!」
「よせ、ランファ!」
ロジャーが止める声も聴かず、いきり立ったランファがバリスタ砲を撃った。身体を狙ったのだろうが、飛来した2本の銛は打ち振られる翼に阻まれて、半ばから折れる。ぎろりとアルバトリオンの眼がそちらを向いた。ひとつ羽ばたいた瞬間、稲光を全身にまとい、ランファめがけて滑空する!
「うわあああ!」
「ランファー!」
ランファの悲鳴とトゥルーの叫びが重なった。せめてもう一撃と、バリスタ砲を撃とうとしていたランファの前に巨体が激突する。
「う、ぐううっ……!」
直撃する前にバリスタ砲から離れたものの、頭上まで飛んできたアルバトリオンの前爪がランファをかすった。それだけで彼女の身体はやすやすと吹っ飛び、熱い地面に転がされる。
装備していた金火竜の鎧の右肩が裂け、赤く染まっていた。左足も転がされた時におかしくしたらしく、立ち上がろうと力を入れると脳天まで痛みが走った。
「しくじった……あたしとしたことが……」
全身から脂汗をにじませながら、ランファは必死に立ち上がろうとした。アルバトリオンは身を大きくよじって身体を回転させる。太い尾が、弱々しい人間を打ちすえんとうなりをあげた瞬間、ドッと鈍い音が翼で鳴った。
――こしゃくな人間が。
彼はきっとそう思っただろう。こめかみまで裂けた口が、まるで笑っているようだ。翼に与えられた一撃は貫通弾によるものだが、彼にとっては針先の痛痒も感じない。振り向いたその目の上で、激しい爆発が起きた。ブルースが角を狙って徹甲榴弾を撃ち込んだのだ。弾に込められた炸薬が頭蓋に衝撃を与え、不快さに煌黒龍は低くうめいた。
「今のうちに離れろ、早く!」
ブルースが立て続けに通常弾Lv2を撃ち、アルバトリオンの体中に火花が散った。火力に乏しいライトボウガンで与えられるダメージはたかが知れている。怯ませるには至らなくても、注意を引き付けるには十分だった。
「ごめん……あたしとしたことが」
よろめきながら立ち上がろうとするランファに、駆け寄ったロジャーが肩を貸す。ふたりの全身を明るい緑の光が包んだ。遠くでボルトが白い粉薬の袋を開けたのが見える。仲間の体力を回復させる生命の粉塵を使ってくれたおかげで痛みも半ば引き、立つのもやっとだったランファの足取りに力が入った。
「奴は敵意に敏感だ。バリスタは格好の餌食になる……これ以上君達に無理をさせるわけにはいかない」
「……くやしい」
トゥルーのもとへ肩を貸されて走りながら、ランファが苦しげに漏らした。ロジャーはあえて聴こえなかったふりをした。
「作戦は失敗した。君達には予定通り撤退を要求する」