Nicotto Town


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モンスターハンター  騎士の証明~104

【不退転】

 ランファがロジャーに支えられながらこちらへ向かうのを見て、トゥルーは唇を噛んだ。
「こんなはずじゃなかったのに」
 自分達を信じてほしいと、大見得切ったのが恥ずかしかった。けれど、モンスターの反応が予測以上に速く、百メートル以上離れていても一瞬で飛来する飛行能力を備えていたとは、これまでの見地から予想もしていなかったのだ。
 侮っていたわけではない。人間の予測能力を、古龍が完全に上回った。それだけのことだ。
「せめて援護だけでもできたらよかったのに。これじゃ私達が来た意味がっ――ランファが、傷ついて」
 大型弩の操作桿(かん)を握るトゥルーの両手に冷たい力がこもった。カラカラカラ、と、弩を支える鋼鉄の支柱が歯車を噛む。弦に備えた長い2本の銛が、ロジャー達の背後を向いた。射角をやや上に上げる。放物線を描いて飛ぶ銛は、これでアルバトリオンに命中するだろう。
「せめて、一矢だけでもっ!」
 バリスタを向けた途端、急に鼓動が速くなった。モンスターの生態を調査する書記官であると同時に、ハンターとしての誇りが、耐えることを許さなかった。こちらへ懸命に向かうロジャーが、トゥルーの行動に気づく。はっと目を見開いて、唇がやめろと動いた気がした。
「くっ!」
 ロジャーの意思は痛いほどわかる。それでもトゥルーは引き金から指を離さなかった。アルバトリオンは翼が異常に硬い。それ以外の部位、頭でも身体でも、どこかに当たれば致命傷とまでいかずとも、一撃加えることはできるだろう。
 ボルトとブルースが懸命にロジャーから注意を逸らしているために、なかなかモンスターの身体がこちらへ向かない。しきりに羽ばたく翼が邪魔をするため、真横からの射撃は叩き落とされるのが落ちだ。
 ならばこちらを向かせるのみ。弾かれるのを覚悟で、トゥルーがバリスタを撃とうとした瞬間。
「――っ!?」
 ふいに、ぞっとする悪寒が全身を襲った。まるで打たれたように、トゥルーはその場に凍りついた。
 引き金を引きかけたまさにそのとき、アルバトリオンが首をこちらに向けたのだ。
 遠くからで顔はおぼろげにしかわからない。しかし、凝縮した悪意がトゥルーに矛先を向けていた。
 ギエエエエン!
 アルバトリオンは一声吼えると、地面に降り立って四肢を踏ん張った。そそり立つ角が青白く光った刹那、凄まじい落雷がトゥルーを襲う。
「きゃあ!」
 何本もの光の柱が一列になって次々と地面に突き刺さり、こちらへ迫ってくる。死の天使が振り下ろした剣が、トゥルーに天罰を与える――。
 
 脇から、どっと体当たりする感触があった。気がつくと、トゥルーは誰かから横ざまに抱えられて地面を転がっていた。
 直後、ドン、と最後に迫った落雷がバリスタを直撃した。衝撃に部品が盛大に弾け、凄まじい音を立てて散らばる。
「あなたは――」
 耳元で聞こえる荒い息づかいに、トゥルーは驚き、ついで申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんなさい。私がしっかりしなくちゃならないのに」
 少年兵は、マスクの下でなお息を乱しながら、かぶりを振って見せた。指示に甘んじることなく、ランファとトゥルーの危機を察して駆けつけた勘の良さと判断力に助けられた。トゥルーは切なく微笑んだ。
「そうよね、もっと冷静にならなくちゃ」
 そこへ、ランファを支えたロジャーがようやくたどり着いた。
「ランファ!」
 ロジャーの手から友を預かり、トゥルーは苦しげに眼を閉じたランファに声をかける。呼吸を整えながら、ロジャーが言った。
「思ったより失血がひどい。早くキャンプに戻って、手当してやってくれ」
 非常に硬質なことで知られる金火竜の鱗の鎧が、無残に裂けている。トゥルーはランファの肩当を外して傷口を布できつく縛ったが、血はじわりとにじみ、見る間に赤く染まった。トゥルーは肩を落とした。
「ごめんなさい。信じてって言ったのに、私――」
「そんなことはないよ。少なくとも、爆弾の打撃は与えられたんだし。ここまで僕達を運んでくれたこと、爆弾を運び上げた労力も。感謝しているよ」
 ロジャーは微笑んだが、トゥルーは頑固にかぶりを振った。
「自分が許せません。どうしてあと一歩こらえきれなかったんだろう、って。落雷があなたやランファにも及ぶ可能性も予測できなかったなんて。書記官失格です」
「自分を責めるのは……よしなよ、トゥルー」
「ランファ?!」
 息も絶え絶えに、ランファがトゥルーの膝の上で唇を開いた。ランファは薄く笑った。
「頭に血が上ったのは、あたしも同じだから。済んだことより、まずは命があることを喜ばなくちゃ」
「……うん」
 落ちかかった涙を素早く手の甲で拭い、トゥルーはうなずいた。そしてロジャーを見上げる。
「退(ひ)きます。でもその前に、気づいたことを少し、いいですか?」
 面を上げたトゥルーは、聡明な書記官に戻っていた。ロジャーはうなずき、報告を待った。


 長い時間をかけて、ジルは父親の身の上を聞いた。温厚な王が胸の底に秘めていたモンスターとハンターへの憎悪、それにまつわっていた恐ろしい計画を。
「そうですか……。ロジャー殿が、阻止してくれたのですね」
 やはり彼らに託してよかったと、安堵も半分。ジルは再び、嫌疑の目をガレンに向けていた。
「しかし、なぜあなたはここへ戻ってきたのですか? ギルドの包囲網が固いとはいえ、国境を越えて野にまぎれれば、命だけは助かったでしょうに」
「私は己の成したことの責任を取らなければならぬ」
 重々しく、ガレンは言った。
「このままギルドの裁定に身をゆだねていては、この国の憂いは取り除かれない。元凶をもとから絶たねば、平穏はやってこないだろう。そのために――どうか力を貸してくれ、ジル」
 父親が何を言おうとしているのか察したのは、血のなせる業か。王と国を守護する将軍の直感か。ジルは息を呑んだ。真実であってほしくないと、祈りながら口を開く。
「まさか父上は、王を、誅殺しようと……そうお考えなのか?!」
「私の身分では、もはや王の居室へ足を踏み入れることはできない。お前の協力が必要なのだ。頼む。私を王のもとへ連れていってくれ」
「ばかな! これ以上罪を重ねてどうするのですか! 仮にも私は将軍の身、王を守るのは私の使命でもある。私に王を裏切れというのですか?」
「お前が本当に守るべきは何だ、ジル!」
 叱声が鞭のように飛び、ジルはびくりと身をすくませた。ガレンは腰に下げていた短刀を抜くと、傍らに立つリトルを素早く抱き寄せた。
「うっ――!」
 羽交い締めにされた上で首元にぬらりと光る刃を当てられ、リトルが恐怖に目をつぶった。ジルはガレンを睨んだ。
「卑怯な!」
「何とでも言うがいい。この者の命が惜しくば、王のもとへ案内せよ。さあ!」
 ガレンは本気だった。モンスターの硬い皮膚や骨を断つ剥ぎ取り用のナイフは、ほんの少し力を込めただけでリトルの首を落としてしまいそうだ。
 身体を強張らせて、リトルは恐怖に耐えている。そんな様子を見せられたら、選ぶべき道はひとつしかなかった。
「……わかった……。その代わり、リトルの薄皮一枚傷つけるな」
 ふうん、と鼻で嗤ったのは、ガレンに付き添っていたアイだ。闇夜の中、衛兵のマントを被って王城へ歩く一行のしんがりで、彼はこっそりつぶやいた。
「口ではああ言っても、考えることは皆一緒ってわけだ。王様もかわいそうに」
 
 

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2013/11/02 10:13
小鳥遊さん、コメント感謝です。

ランファとトゥルー、せっかくバリスタ係になったのに、効果的な打撃を与えられずに負けちゃってます^^;
でもこれは実際にゲームをするとよくあることで、バリスタを撃つ前にアルバトリオンにやられてしまうことが多いからなんです。とにかく飛んでくるのが速いので。

なので、ここで調子よくみんなが攻撃して、トゥルーたちも無傷だったらご都合主義だな…と、考えて悩み、3回書き直した部分です。負けてもカッコよく見えるようにしました。
毅然とした、カッコいい女性は好きなんです^^
あと、少年兵も活躍させておきました。全員に動きを出すのは難しいです。やっぱり、ということは、もう誰だかお分かりですね?w

ガレンの行動の裏、ちゃんと読み取ってくださって嬉しいです。ありがとうございます^^
ジルは責任とかあるから、背中を押すためにもああするしかなかったんでしょう。息子は優柔不断なところもあるから、脅しに出ようとしたと。

アイは部外者なんですが、なりゆきでガレンについてきてしまった人で(笑)。彼の役割として、狂言回しが合ってるのではと考え、こういうしゃべりをさせました。
立ち位置としては、マンガ版ナウシカのクロトワのようですね。みんなが盛り上がってる中で、一人だけ冷静で、話の本質をつぶやく人ですね。


いつも読んでくださってありがとうございます。感謝、感謝です。
今年中に終わると言いましたが、来年の初めまでまたがるか…否か。
私も終わるのが寂しいですが、早く終りたい気持ちもあり。作品を書き終わるのもまた、ひとつの快感ですから。
足かけ2年余りにもなりますか。すっかりライフワークのようになっています(笑)
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2013/11/01 10:26
強敵との闘いは、本当に息をつく暇もなく、読んでいていつも緊張します。
ここまで読んできましたが、ロジャー達男性陣だけでなく、ランファもトゥルーも、本当にカッコイイですね!
友情とか絆とか、そういったモノにも弱い私ですが、使命感と責任に燃える人にも弱いんですw
最後のトゥルーさん、顔を上げら聡明な書記官に戻っていたって、カッコイイなぁ、ホント^^
そして、少年兵も、いい働きをしますね~~、やっぱり^^

ガレンが人質をとるような真似をしたのは、ジルに口実を与える為かもなぁ~なんて思いました。
ラストでアイが呟いた一言が、なんとも・・・・・w
皮肉も効いてはいますが、アイは物事を見抜く目を持っているんですね。

物語が終わってしまうのも寂しいですが、やはり結末も読みたい。
そんな葛藤を抱えつつ、次回も楽しみにしていますね~~^^



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