Nicotto Town


ヒロックのニコタ生活


水面の煌き


反対車線の大型トラックがセンターラインを超えて、突然、私の乗

ってる車の方に、向かってくる。

ついに、この日が来たんだと、私はあきらめ、体の力を抜き、「死」

の運命に身をゆだね、目を閉じる。

どかーんと、大きな爆音と衝撃と共に、体が宙に浮き、シートベルト

が、肩と胸に食い込み私の体を受け止め、次の瞬間、シートに叩

つけられる。

白い噴煙が上がる。そして、不思議なほどの静寂のおとずれ。

体を動かそうと思ったが、ピクリとも動かない。

きっと、つぶれた車に、体が挟まれてるに違いない。

真っ暗闇の中で、何にも見えない。

やがて、けたたましいほどの、パトカーと救急車のサイレンの音が

近づいてくる。

放って置いてくれ、どうせ死ぬんだ。

死にたいんだ。

救急隊員が、「大丈夫ですか?意識はありますか?」と大声で、尋

ねても、もう、私には、それに答える気力も体力も無い。

ああ・・・意識が遠のく。

体が、揺す振られている。

きっと、心臓マッサージをして、心肺蘇生を試しているんだろう。

そして、次の瞬間、体を貫く電気ショックが起きた。

ああ・・・・、目の前が、漆黒の闇の中に包まれ、急速に闇の中を

どこまでも落ちて行く。

死ぬんだ。

どこまでも、どこまでも、・・・・永遠にどこまでも落ちて行く。

まるで、深い深い井戸の中のようだ。

こんなに落ちていたら、地球の裏側まで行ってしまうと、思った瞬間

水の中に、大きなスプラッシュとともに、飛び込んでいった。

今度は、水の中を、どこまでも、沈んで行く。

72歳の人生は終わってみれば、短かった。

5年前に先立った妻の洋子のもとにやっと行ける。

洋子の声が聞こえる。

でも、それは、優しい声ではなく、悲鳴にも近い。

「あなた~。あなた~!」

ゴボゴボっと、喉の中に、水が入り込んでゆく。

苦しい・・・・。

両腕の中には5歳児の男の子が・・・・。

亮太・・・・・・。そう、亮太だ。



30年前の夏休み、家族で、群馬にキャンプに行った。

私は、唯一の趣味である魚釣りに夢中になっていた。

大きな太陽が、さんさんと深い森の緑の間から、川の水面にキラキ

ラと反射し、私たち家族は、目が合うと、意味も無く微笑みあった。

大きなマスを釣って、亮太に自慢しようと振り返った時、そこにいる

はずの亮太がいなかった。

そして妻の洋子の悲鳴が・・・・・。

「亮太~。亮太~。」

私の目は、川の深みに流されて行く亮太をとらえた。

私は、大きなマスが掛かったままの竿を放り出すと、川に飛び込ん

だんだ。

亮太は、うつぶせになったまま、身動きもせず川に流されていた。

私は、意味も無く「亮太~亮太~。」と叫び、川の中を追いかけた。

周りの人たちも、ただ事でないことに気づき、一緒に追いかけてく

れたんだ。

何とか、亮太に追いつき、服をつかんで、両腕に抱きしめた。

ゴボゴボ、喉の中に、水が入り込んで行く。

苦しい。

誰かが、私の両腕の中から、亮太を救い出してくれた。

体中の力が抜けて行く。

深い川の中に、体が沈んで行く。

死ぬんだ。

どこまでも、どこまでも、川の中を沈んで行く。

川の向こうに、妻の洋子が立っている。

「あなた~、あなた~」とまだ、叫んでいるらしい。

もういいよ。

どうせ、死ぬんだから。

いや、よく見ると、その女の人は、妻じゃない。

お母さんだ。

お母さんが、川の向こうにいる。

「お母さん。お母さん。」僕は、大声を出す。

お母さんは、きょろきょろと、声の主を探す。

「お母さん、僕はここだよ。」

小学生の僕は、必死に叫ぶ。

お母さんは、徐々に、遠ざかって行く。

「お母さん、お母さん。」僕は、声を枯らして、水の中で、泣き叫ぶ。


ゆったりとした揺りかごの水の中で、僕はリラックスした状態で

身を委ねている。

ドクッ、ドクッ、お母さんの、単調なリズムを刻む心臓の音が、安心

感と安らぎを与えてくれる。

「ねえ、幸一さん。」

お母さんの声だ。

でも幸一って誰だ?

僕はお母さんの、お腹の中で、聞いている。

「赤ちゃんが、できたみたいなの。」

お母さんは、甘え声で、「産んで良いでしょ?」と、言う。

男は、明らかに苛立った声で言う。

「ちょっと、待ってくれ。急にそんなこと言われても・・・。」

明らかに、男は、うろたえている。

男は、土下座して、「勘弁してくれ。俺は、まだ、父親にもなりたくな

いし、結婚もしたくない。」とお母さんに懇願した。

そして、土下座して、頭を畳にこすりつけたまま、こう言った。

「お願いだ。その赤ん坊は、処分してくれ。」

「処分してくれって、この子は、粗大ゴミじゃないのよ。」

お母さんは、怒った。

お母さん、がんばれ。僕は、羊水の中で、その男をなぐってやろう

かと、こぶしを握り締めた。

そして、男は、体を起こし、不敵な笑みを浮かべ、絶対に言っては

いけないやいばの言葉を、母に投げつけた。

「だいたい、その赤ん坊が俺の子供か、わかったもんじゃないだろ

う。じゃあな、俺は帰るよ。」

男は、出て行って、二度と姿を見せなくなった。

お母さんは、いつまでも、いつまでも、泣き続けた。



「おぎゃ~~」

僕は、12月の雪の降る寒い朝、誕生した。

命の喜びに、思い切り大声で泣いた。

私は「処分」されることなく、こうして、この世に「生」をうけた。

母は、シングルマザーの道を選んだ。

「おぎゃ~~。」

私は、思い切り泣いて、空気を肺に吸い込んだ。


「1、2、3」 「1、2、3」 救急隊員が、私の胸を圧迫し、心臓マッ

サージを、あきらめることなく、繰り返している。

「おお、息をしてるぞ。」救急隊員の声が聞こえた。

「よ~~し、急いで、病院へ搬送だっ!」

私は、まだ生きていた。

なんで、私だけが、生きているんだ。

お母さん、洋子、亮太。

まだ、生き続けなければいけないのかい?

みんな、死んでしまったのに。

たった、私一人で、この世に残されて・・・・・・・。

寂しいんだよ。

みんなのところに行きたいんだよ。

私は、ストレッチャーに体を固定され、救急車に運び込まれた。

「大丈夫ですよ。助かりますよ。」

救急隊員が励ましてくれた。



                        おしまい                         


                 

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2015/04/19 14:40
なんか私の名前が書かれていたから、ついお話しの中に引き込まれてしまいました。うふふ(*^^*)
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2014/04/24 20:04
ここに書いて、いいかなぁ?

to:ヒロック先生
オバマちゃんに、お気に入りの科学未来館に
行かれてしまった。
ビミョーに空いている科学館、
混んじゃうかなぁ?
素敵なところだから、紹介されるのは、うれしいけど。
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2014/02/22 12:50
to:ヒロック
ありゃ。
16日の日ロック先生へのお返事、飛ばしちゃった。。。
アメリカン、BBQ、食べたよぉ。
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2013/11/04 09:22
bubeさん、わすれねさん、ミモザさん コメントありがとうございます。

死んだことが無いので、死に際のことはわかりませんが、
話に聞くところ、光り輝く道があって、歩いて行くとお花畑があるとか、
川(三途の川?)の向こうで、死んだ肉親が呼んでいるとか
様々な、「臨死体験」が、まことしやかに語られています。
今回のお話は、その「臨死体験」です。

主人公の老人が、死に際、フラッシュバックのように、自分の人生をさかのぼって行くという臨死を体験します。、
ついには、お母さんのお腹の中にまでいって、また、この世に生き返るという設定です。
本来なら、50才台、30才台、20才台、10才台、そして、お腹の中の時を書くつもりでした。
その都度、何度も死にそうになるが、自分だけが生き残ってしまう。
そんな、イメージで書き始めた小説です。
楽しんで頂けたら、幸いです。
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2013/11/03 23:05
どうしたの~~?

いつもどおり面白いけど、
なんだか心配になりました。

上手くコメントが書けない~~~
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2013/11/03 20:13
一瞬、ヒロックさんって72歳だったのか…Σ( ̄ロ ̄lll)
って思いましたm(_ _;)m

久々のヒロック節だけど、シリアスですね〜
何かあったの?
助かって良かったんだよ(^^)
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2013/11/03 16:14
くたびれた
長い文章を読むのは、苦手
でも。
これ、好き。



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