Nicotto Town


ま、お茶でもどうぞ


久々に本の感想~流れ行く者を読んで


とある必要性があったので、長らく放置していた作家、上橋菜穂子の守り人シリーズ「流れ行く者」を読みました。

彼女の代表作である「精霊の守り人」はNHKのアニメで観ていて、それが大変素晴らしく、ダビングして置かなかった自分を今でも悔やむくらいです。
あのアニメがあそこまで傑作になったのも、この原作と作家ありきだなあと、改めて原作を読み終えて思いました。

この「流れ行く者」は、主人公である女用心棒バルサや、その幼なじみの青年タンダの子供のころのお話。

ですが、タイトルとは別に、作者は同時収録の「ラフラ<賭事師>」という作品に格別の思い入れがあったようです。
文庫版のあとがきに、真っ先にそのことが述べられておりました。
最初にその話の主人公の老婆の姿が思い浮かんで、そこから話ができあがったのだと。

私は内容より先にあとがきを読んだので、作者が、「この話の結末を分からない人がいる」でもそれでも良いんだ、という文章に興味を持ちました。
分からなくても良い結末とは?
それほど謎めいた終わり方なのかと、収録内容を順番に読み進めた上で、いよいよラフラに入りました。

そして読み終えたあと、私はすんなりこの女賭博師アズノの気持ちが理解できました。

これは、とてもデリケートな女心のお話だったのです。

あらすじはこうです。

幼少時のバルサは、父親を陰謀で殺されて、その身を父の親友ジグロに託され、証拠隠滅のために追手に追われる放浪の日々を送っていました。
生きていくために酒場の用心棒になったジグロは、バルサにも、勤め先の酒場でウェイトレスの仕事をさせています。

そこでバルサは、おばあさん賭博師アズノと知り合います。
世の中、賭け事は必ず元締めがいて、必ずその胴元がもうかるしくみになっています。
パチンコで出します勝たせますと言う文句を純粋に信じる人も多いのですが、それじゃ店がつぶれますので、「調整」が必要です。パチンコ台だったら、釘をしめるとか。
賭博も同様で、プロが客を誘導して勝たせたり、負かして損を取り戻したりします。(これは現代のカジノでも行われています)

アズノは、酒場で行われる「ススット」という、すごろくと将棋を合わせたようなボードゲームの賭博師です。
客を装ってゲームに参加し、店が大損しないように勝敗を操っていました。
これは戦略のゲームです。武人であるジグロについて、彼女もまた武器を操る人生を歩み始めていたバルサは、アズノの軍師のような強さに憧れ、なつくようになります。

アズノは胴元に雇われているので、いくら賭けで大勝しても、決まった給料しかもらえません。しかも、腕が落ちれば使い捨てにされます。
身寄りがなく、若いころから賭博で身を立ててきたアズノ。女の身で、それは大変なことだったでしょう。
でも逆を言えば、身分差、男女差の大きなこの世界で一目置かれるということはすごいことなのです。
アズノには、同じ土地に住む裕福な老武人、ターカムというライバルがいました。
腕を見込まれて、(身分差があるため)人目を忍んでゲームに興じていたのですが、この期間がなんと50年。
人生の伴侶というくらい長い年月を、ふたりはゲームを通じて過ごしてきたのです。

アズノはいやしい賭博師ですが、ターカムの屋敷に呼ばれて盤を囲む間だけは、対等だと、そう思っていたはずでした。
しかし、その夜招待されたときに、ターカムは言います。
「今度の公開勝負で、未来有望な孫のサロームに勝ってくれないか」と。

これを聞いたアズノから、ターカムに久しぶりに会えた喜びや、ゲームを楽しんでいた気持ちがさっと消え失せます。

このへんの描写から、ラストまでが見事です。実に微妙な心のひだを描き切っています。
ターカムは、負けを知らないサロームに、あえて挫折を味わわせることで、より強い男になってほしいと願うあまりに、そうお願いしました。
でもアズノはそんなこと、知ったことじゃなかったのです。
ただターカムと勝負するのが楽しかったのに、水を差された気分だったと思います。
彼が家族を持って幸せに暮らしていても、嫉妬をあらわにしなかったのは、性別を超えた関係だと自負していたからです。

結論をいうと、アズノはサロームにわざと負けます。
表向きは、相手が快勝したように見せかけて、しかし大金はせしめて、です。
ススットは、王や戦士などの駒を使用して領地の奪い合いをし、領地がより多い方が勝ちになります。ただし、商人や芸人など、特殊な駒を使用すれば、領地は失う代わりに賭けたお金を得ることもできるルールです。
ターカムと戦うときは、武人の駒を使って真正面からぶつかっていたのに、この勝負になったら、いつもと同じ賭博師としてのプレイをした、というのがなんとも奥深いです。

ここに、アズノの気持ちが凝縮されています。
複雑で悲しい、女心。

深くは書かれていませんが、察するに、アズノはターカムが好きだったのでしょう。
ゲームをしている間は対等であったし、身分や性別もなかったのです。
ただひとりのアズノとして、ターカムと向き合えたのは、賭博という殺伐とした世界で純粋にゲームを楽しめる唯一の時間だったに違いありません。
戦略性が強いこのゲームを操るアズノは、そのときだけは、賭博師ではなく、ターカムと同じ武人でもありました。

でも、ターカムは同じ気持ちじゃなかったのです。
彼は彼でアズノを気に入っていたけれど、対等なんて思っていなかった。
ふたりだけの秘密の時間を、アズノほど大切に思っていなかった。そういうことです。

期待していたものが裏切られ、ああ、そうなのねと熱も引いて、すべてが乾いていく瞬間。
これは、生きていればいつか味わう感情でしょう。人生経験が深い人ほど、そして繊細な人ほど、よくあるパターンな気がします。
子どもの時点で彼女の機微が分かるのならすごいことですがw

アズノは、ターカムの祖父心に反して、彼の孫にわざと負けました。
表向きは、ターカムの顔に泥を塗らないようにして、でもお金はごっそり奪って。
それは復讐でした。
きっと彼女はそれ以来賭博をやめたのでしょう。せしめたお金は退職金のつもりで、こっそり世間から姿をくらましたのだろうと思います。

この、なんともいえない仕返しごころ…蒼雪にはすぐわかってしまいました。
たぶん、彼女と似たような気持ちが潜んでいるからかもしれません。

人間、ことに異性というものは、こちらが期待していたことをあっさりと覆すものです。
そこで失望しないで、なおも慕っていられる人は、若い人だけです。
歳をとって、自分に何ができるか、得ることができるかわかってきてしまうと、アズノのような乾いた諦めが波のように襲ってきます。

ままならないのが人の心。わかっていても、味わえばむなしくなるものです。
いくつになっても、それは同じなのですね。

この物語は、人生で誰もが一度は味わうだろうモヤモヤした気持ちを、実にダンディに書いた作品です。
こういうところに、作者の気骨が見えてきて面白いものです。
見た目は上品なご婦人なのですが(笑)

上橋菜穂子の作品、これからも少しずつ集めていこうかなと思った、きっかけの短編でもありました。

アバター
2013/11/07 23:31
鉄蜥蜴さん、コメント感謝です。

そうですね、思春期の感覚を、いつまでも新鮮に保存しておける作家は少ないです。
でもこの作品群は、年を経た作者だからこそ書けた、「大人から見た世界と人生」なんですよ。

浮き籾は、フーテンの寅さんみたいな男が家族からつまはじきにされて野たれ死にした話で、あれこれ人生に迷う人にとっては、耳が痛くもあり、切なく共感もできる物語です。
このラフラも、年取った女性が抱き続けていた乙女心との決別といいますか。そういう、「諦めてきたもの」への哀愁と優しさが主題なんですよね。
はっきりいって、子ども向けではないです。守り人の世界観の中で、上橋は自分の書きたいことを書いたんですね。
なので、タンダやバルサは傍観者になってます。

何をテーマにして書くかは、人それぞれですよね。
子ども向けが得意な人もいれば、白い巨塔みたいな現実世界の問題をテーマに大作を書く人もあり。
人の心をつかむ文章は、ジャンルを問わず面白いですね。それは世界の構築だけじゃなくて、つまるところ、人間性なのかなと思います。それを問われれば、私なんか失格の部類ですが(笑)

私もあまり読まない方です。でもゲームやネットとは違う楽しみが、やっぱり読書にはありますね。
純粋に楽しめる作品と出合うとわくわくします。自分もそういう作品を人に与えたいなあと夢見ますねぇ。
アバター
2013/11/07 23:16
「精霊の守り人」、タイトルは聞いたことあります。
でも上橋菜穂子って名前は、初めて聞きました。
へ~、女性の書くダンディな作品なんですか。でも児童文学を書いてるんですね。 〆(。 。*)
ちょっと読んでみたいっす。^^
実はオイラ、小説って全然読なないんす。人並より少ない方かも。
つい、趣味でノンフィクション系ばかりに手が伸びてしまう…。^^;
最近は図書館通いにハマってるんで、探してみます。

子供と大人の境界線に立ってるような「イノセントな雰囲気」って、完全にその人独特の才能
ですよね~。
オイラはとっくの昔に裏の小川に流して捨てた感性だから、どんなに逆立ちしても無理。www
誰でも経験してるはずなのに、思春期の「あの何とも言えないもやもや感」って、大人になると
簡単に無くなっちゃいますよね。
そういう感性を失くさずに大人になれた人って、ホント凄いです!
アバター
2013/11/07 22:38
小鳥遊さん、コメント感謝です。

上橋菜穂子は、浮かんだイメージにすぐに起承転結をつけるのが、きっと得意なんですね。
この場面が書きたいために、物語を構築するタイプ。私も同じです。
「物語のほうから動いてくる」と、雑誌のインタビューで言ってた気がします。
頭であれこれひねるのではなく、書きたいからただ書く。それはとても幸せな書き方です。
商売のためとか、人気取りのためじゃなくて、自分の欲求にしたがうわけですから。それが人に受け入れられるのは、彼女の豊かな感性や知性のたまものでしょう。

短編も面白いですよね。「浮き籾」も、タンダたちの小さいころの話というだけじゃなくて、文庫版の解説にも言われてますが、空想の中で現実を語るのに優れていますね。別の世界だけど、自分のこととして感じられる。
これは、下記にもあるムーミンやハリーと同じなんです。
いかに読み手がその世界の住人になれるか。それを書ける人がファンタジーに向いている作家なんでしょうね。

浮き籾に、タンダが走ってきて脇腹を痛くするシーンがありますが、そういう描写も懐かしさを覚えました。
子供のころはそういうのよくあったんですが、大人になったらいつの間にかやらなくなりましたよねww
集落の家族の様子とか、実際の自分の経験をフレッシュに持ち続けている点も好感が持てますね。
アバター
2013/11/07 22:31
私は、上橋さんの作品は、守り人シリーズと「狐笛のかなた」を読みました。
どれも読み応えがあり、好きな作品ばかりです。
未読の「獣の奏者」シリーズも、ゆっくり時間をかけて読んでいきたいです。

「流れ行く者」は短編集なワケですが、この一冊を読んで、上橋さんは短編も上手いんだな~って思いました。
ぐっと惹きつけて読ませる力をお持ちの方だと思います^^
あとがきや雑誌の対談なんかを読むと「ぱっと浮かんだイメージから物語が生まれる」みたいな事をよく仰っているみたいなんですけど、その「物語」の奥深さが、読んでいて非常に心地よいです。
アバター
2013/11/07 21:35
ざくろさん、コメント感謝です。

ムーミンやハリーポッターなど、一応子ども向けに出版されていても、大人が読んでも面白い作品はありますよね。
上橋の作品もそのひとつです。これらに共通しているのは、子ども向けだから優しく単純に書くのではなくて、自分の書きたいことを率直に書いているところですね。
そして、大人が面白いと本気で思ったことは、子どもにも通じるということです。

蒼雪の街の図書館はちょっと行きづらい場所にあり、たぶんこれらの蔵書もあるんだろうけど、借りに行くのが億劫で。借りればタダだから、その方が良いんですけどね(笑)
古本で地道に集めようと思います。好きな時に読み返せますし。

アズノは決して幸せじゃなかったですよね。むなしさが胸にいっぱいというところでしょうか。
復讐という言葉だと少しおっかないですが、仕返しの気持ちですよね。相手にびんたをする代わりに、笑顔の仮面の裏で冷たい感情を隠していたのでしょう。
でも、考えによってはお門違いの感情なんですよね。ひとりずもうです。
ターカムは全然悪気がなかったわけですし。だから余計に、こういう勝敗の付け方をして自分の気持ちにも決着をつけたんでしょう。
はっきり白黒で言い切れない、このもや~っとした読後感が、なんとも「大人」な雰囲気でした。
アバター
2013/11/07 16:06
ちーっす!
上橋菜穂子は、児童文学という枠ではくくれないような、深い話を書く作家のひとりっすよねー!
俺は、獣の奏者シリーズと、守り人は、図書館でのめぐりが悪くて、最初の3冊くらいまでしか読めてねぇっす。
「ラフラ<賭事師>」のあらすじ、読ませてもらったっす。
深いっすねぇ…。そうやって、復讐を遂げたアズノはそれで満足したんでしょうか…。



月別アーカイブ

2023

2022

2021

2020

2019

2018

2017

2016

2015

2014

2013

2012

2011

2010


Copyright © 2025 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.