Nicotto Town


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モンスターハンター  騎士の証明~105

【冷徹と熱血】

 ――発見したパターンをいくつかご報告します。
 負傷したランファを連れて撤退する前に、王立学術院書記官であるトゥルーはロジャー達に告げた。
 モンスターには必ず動きの癖がある。炎を吐く前に取る体勢、咆哮をあげてから繰り出す攻撃などだ。
 アルバトリオンにも、行動を予測する一定の動きがあると、トゥルーは言った。
 いわく――。
「後足立って吠えたら、アルバ周辺に雷が降り注ぐ、と!」
 アルバトリオンの後ろ足に貼りつき、ボルトが盾で自分の身を守りながら小刻みに銃槍を突き出す。直後、太い稲妻が彼を襲ったが、すかさず盾を構えて受け流した。事前に飲んだ強走薬Gのおかげで、落雷の衝撃に腕がしびれることもない。
「うおおおっ!」
 攻撃を防ぎ切った高揚感に、ボルトもまた吠えてガンランスの引き金を引いた。立て続けに砲口が火を噴き、煌黒龍の全身を固める鱗が数枚吹き飛ぶ。
 ――アルバトリオンが身体をひねる動作を見せたら、飛行ではなく尻尾の攻撃です。
「くっ!」
 目の前を黒光りする太い尾がなぎ払い、ロジャーはすかさず後ろに跳んで避けた。尾の先端についた何本もの長い棘が胸の前をかすめ、切り口からじわりと黒いもやがにじむ。龍属性を含む物質の効果で、ふっと身体から力が抜けた。そこへ、軽い衝撃とともに緑の霧が弾ける。同時にだるさが消え、ロジャーは射手を振り向いた。
 感謝のしるしに片手を挙げて、再び古龍へ斬りかかる。回復弾を撃ったブルースは、ほっと一息をついた。――が。
「あいつ、また!」
 ブルースはいまいましげに舌打ちをした。アルバトリオンの前足へ斬りかかったロジャーが、ふいに弾き飛ばされたのだ。モンスターの攻撃によるものではない。すぐ隣には、ボルトがいた。
「ああっ、わりい!」
「いや……いいよ、続けてくれ」
 砲撃を撃ってはすぐに銃槍を軽く振って弾を込め、直後にまた撃つ。その爆風でロジャーは吹き飛ばされてしまったのだ。
 また悪い癖が出た。ブルースは援護のために通常弾Lv2を撃ちながら、怒鳴りたい気持ちを抑えつけた。
 ロジャーは苦笑して許していたが、本来なら許されざることなのだ。
 わずかなミスが決定的な攻撃のチャンスを奪い、討伐の成否につながる。それも、自分ではなく仲間の不注意によって。
 ボルトは頭に血が上ると砲撃を連発する悪癖がある。そのせいでブルースもロジャーも迷惑を被ってきたが、結果的に勝利へとつながることも多かった。だから今まで黙認してきた。
(だが、ここでそれを許したら、連携が取れなくなる)
 徹甲榴弾を頭部に撃ち込んで昏倒を狙おうとした時、モンスターがこちらへすさまじい勢いで突進してきた。瞬時に軌道を見極めてかわす。これも、トゥルーから教えられたパターンのひとつだ。
 アルバトリオンの攻撃は、現存している古龍の動きと共通部分が多い、と。
 この突進は炎王龍テオ・テスカトルに酷似している。かの古龍と合いまみえたことのあるブルースは、経験から回避することができた。
 しかし、煌黒龍が悠然と宙に羽ばたき、口から真っ白な冷気を吹きつけてきたとき、ブルースは反射的にボウガンを構えていた。
 そして後悔する。
(ああ、俺もあのバカに言う資格はないな)
 自分も冷静ではなくなっている。自嘲する間もなく、緩やかに飛行しながら地面に向かって吐いてくる氷点下のブレスを、ブルースはかわすことができなかった。
 一歩ステップを踏んで後退し、銃口をモンスターの頭部に向けたまでは良かった。だが、先刻のスピードを生かした攻撃と、この意外なほどのゆったりした攻撃のリズムに、身体の感覚が狂っていた。
 そういう時は、無理に攻撃しようとせずに間合いを見極めることが大切だ。しかし、残り時間の少なさに気持ちが焦り、ブルースはわずかな隙を見計らって攻撃することを選んだ。
 けれど退いた一歩を踏み誤った。一歩ではなく、三歩下がればよかったのだ。モンスターとの激しい応酬によって、わずかな、だが命を左右する判断を誤った。
「ぐああっ!」
 ヒュウッと空気がうなり、視界が純白に覆われた途端、ブルースは全身を激しい疼痛に襲われていた。浸み込むような激痛とともに、身体の自由が利かなくなる。
 鎧の関節部分にびっしりと霜が貼りつき、まるで捨てられた人形のようにブルースは倒れた。手から落ちたライトボウガン【神在月】が、主人の後を追って黑い地面にごとりと落ちる。
(くそっ……身体が動かない!)
 痛む四肢を必死に動かして関節の氷を砕こうとするが、しっかり固まったそれは取れる気配がなかった。50度を超す熱気のさなかに、ブルースだけが、氷の世界に閉じ込められてしまったかのようだった。
 手や足の指先の感覚がひどく鈍い。これが痛むならまだいい。しかし、痛覚が麻痺したということは、最悪、凍傷にかかった可能性が高い。
 無事に氷から解放されたとしても、指の二、三本は失うことになるのか。
 絶望よりも、淡々と事実を受け止めるおのれの冷静さに呆れた。倒れたまま向こう側を見やれば、兜の狭い視界の中、ロジャーが懸命に腰のポーチから生命の粉塵を取り出そうとしていた。だが、失敗。それをされると不利だと、感覚的に気づいたのだろう。地に降り立ったアルバトリオンがロジャーに向かって落雷を放つ。
 間一髪で稲妻をかわし、ロジャーがこちらを見た。今助けてやる。目がそう訴えていた。
(いいんだ。俺には構わず、奴をやってください)
 動けるようになっても、恐らく自分は何の役にも立たないだろう。この数時間で、弾丸のほとんどを使い切った。それでモンスターに多くのダメージを与えられていればいい。
 だが。人間の身体に針を貫通させたとして、それが言語に絶する苦痛を味わわせても、死に至らしめるには遠いように、強靭で体力の高いモンスター相手に、何十発もの貫通弾や徹甲榴弾などを食らわせても、決して致命傷には至らない。
 結局自分は、いたずらにモンスターの怒りを増幅させただけではないのか?
 ライトガンナーとして、ブルースは無力を感じていた。
 そのときである。
 がつんと身体に衝撃が走った。ぼんやりしていた意識が引き戻され、ブルースははっと目を見開く。
「しっかりしろ! 寝るんじゃねえ!」
 抱き起こされ、しきりに身体のあちこちを殴られる。拳を振り下ろしているのは、ボルトだった。
「なぜ来た! 俺のことはいい、ロジャーさんの援護にまわれ!」
「うるせえ! いいから黙ってろよ!」
 がつん、がつんと拳がブルースの鎧を叩く。そのたびに身体のあちこちが軽くなる気がして、ブルースは驚いた。
 ボルトは必死に、ブルースの身体にこびりついた氷や霜を落としてくれているのだ。
「バカが……」
 寒さのためによく回らない口で、ブルースはぽつりと悪態をつく。
「俺なんか助けても仕方ないだろう」
 するとボルトが、ふっと黙った。いつもの剛毅な彼らしからぬ沈黙にブルースが見上げると、強い目でにらみ返してきた。
「いいから、立てよ。ロジャーを援護するんだ」
「……放せっ」
 むかっと来た。肩を貸して立ち上がるのを助けようとするボルトの手を邪険に払い、ひとりでよろめきながら足を踏ん張る。
「自分一人で闘っているような奴に、助けられたくはない!」
「んだとぉ……?」




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