Nicotto Town


ま、お茶でもどうぞ


モンスターハンター  騎士の証明~112

【暴君の最後】

「あ……」
 少女は、自分がしたことを信じられないでいるようだった。しなやかな細い五指を可憐な口元に当て、わななきながら床を這う王を見つめる。
「ミハル! 無礼であるぞ! 陛下に向かってなんということを――!」
「も……申し訳、ございません」
 宰相の叱責に、ミハルは震える長いまつげを伏せた。
「目が覚めましたら、陛下がお苦しみになられているご様子が廊下伝いに聞こえましたので……お許しもなくこちらへ参りました」
「そのような理由を訊いているのではない! 早く代わりを運んで来るのだ!」
「……できません」
「何?」
 かすれた、しかしはっきりとした拒絶を耳にして、宰相が鼻白んだ。ミハルは、毅然と面を上げて宰相を見つめた。こみあげる恐怖を押さえつけるように、腹の辺りで両手をきつく組み合わせて。
「これ以上、私は、自分に嘘をつきたくありません」
 鈴音のような声が、勇気をふりしぼるのが全員に伝わった。
「お許し頂けるとは思っておりません。でも、王様のせいで、私も、みんなも、大切な人達を亡くしてしまった。王様さえいなければ……。そう思ったら、思わず……。」
 ミハルの告白に、宰相は青ざめ、王は悲しげにうめいた。ミハルはそれきり黙り、恥じ入るように深くうつむいた。
「ミハルさん!」
 リトルがミハルに駆け寄ると、ミハルはわっと泣いて顔を両手で覆った。
「もう苦しいのはいや! みんな、みんな、奪われてしまう。私の愛する人たちが、王様のせいで……!」
「……大丈夫。もう終わらせる。今、ここで苦しみは終わるんだ」
 ミハルの肩を支え、リトルは励ますように言った。そしてジル達を見る。
「ミハルさんは、僕の協力者です。王や宰相の近辺を探り、それで得た情報を僕がまとめて、ギルドへ送りました。他にも何人かいます。すべては――この国を救うために」
「リトル……」
 それすらも知らされていないことだった。ジルは複雑な気持ちで眉を寄せる。
「これは、明らかな殺意だ。反逆だ」
 宰相は額に汗を浮かべながら一同を睨みつけた。
「貴様ら、寄ってたかって陛下をそのような……」
「それは、あなたも同じではないですか、宰相閣下」
 リトルは厳しい目で宰相を見た。
「陛下が飲まれていた薬。強心作用のあるものではなく、徐々に身体を衰弱させる毒が仕込まれていますね? 典医から裏付けも取れています」
「なっ――」
 ジルはぎょっとしてリトルと宰相を見比べた。宰相はにが虫を噛み潰したように黙っている。憐れなのは、王だった。
「ア、アラム……そなた……」
 喘鳴の中で王は必死に忠臣を見上げた。宰相アラムは苦しげに目を逸らした。
「その毒が完全に作用する前に、僕はギルドへ救済を請願しました。その毒は、続けているうちは苦痛を弱めるものですが、やめればひどい禁断症状が出てしまう。だから、事情を知るミハルさんには、黙って薬を与えるようお願いしていました」
 リトルの誠実な声が、静まり返った夜の部屋に響いた。
「アラム……」
 ひきつれた王の声に、宰相は答えなかった。
「国王陛下がこのまま王位におられれば、悪政は崩御まで続きます。たとえ余命がいくばくかでも、その間に何百という人命が失われてしまう。そうなる前に、ギルドの仲裁で陛下にはご退位願おうと。……お命を頂くことまでは、考えていませんでした」
 語りながら、リトルはガレンを見た。
「今夜が、ギルドナイトが約束した日でした。ティオ氏の書簡では、仲裁には証人の立ち合いが必要だとあったので、僕は城へ急ぎました。その途中、ガレン殿とアイ殿に捕まって、彼らを城へ案内させるためにジルの力が必要だと言われ、やむなく彼らの人質になったのです」
「まさか、ギルドナイトと申し合わせていたなんてなぁ。神様じゃないんだ、そこまで予知できるわけねぇけどよ」
 アイが皮肉に笑うと、ティオも食えない微笑で返した。
「アイ・レプティール。あなたの身分もとっくに調べがついていますよ。ロックラックギルドの管轄下から抜け出した後、自称猟団の一味に加わっていますね。猟団とは複数のハンターの集まりのことで、決してギルドから外れた組織ではありません。非道な行いが無いとはいえ、あなたがやっていることは密猟者と変わりがありません。事が済んだら、あなたにも逮捕状をお渡ししますからね」
「うげっ……ばれてたか」
 アイはうめいたが、悪びれた様子はない。ティオは苦笑して、再び王と宰相へ目を移した。
「さて。状況の説明もできましたし、これ以上国王を苦しませるのも忍びない。その呪われた生命、ここで断ち切らせて頂きましょう」
「あ、あ……」
 発作が悪化したのか、王は口の端をひきつらせ、涎を流していた。しかし、誰ひとり動くものはない。アイが、唇だけでつぶやいた。
 かわいそうに。
「では――」
 ティオの顔から表情がすっと消えた。抜身の剣を王へかざし、足音もなく肉薄する。誰もが王の死を予感した。そのとき、王の前へ何者かが覆いかぶさる。
「――!」
 ティオは寸前で剣を引いた。端正な眉がひそめられる。
「どきなさい、ガレン。かばい立てすると罪が重くなりますよ」
「待ってくれ……奪うなら、王の悪事を止められなかった私の命を!」
 ガレンは震えながら頭を抱える王を抱き支え、黒衣のギルドナイトを見上げた。
「この国が陥ったきっかけは、確かに陛下に非があろう。だが、それを諌(いさ)めず、情に流されて従い続けた我々にも同じ咎がある。陛下一人に背負わせるのは、あまりに酷ではないか」
「ああ、ガレン……」
 王の目から涙が溢れた。ガレンは慈父を見るように王へ微笑みかける。
「つらさも、苦しさも、陛下一人のものではありません。過去の災害で我々全員が十分に苦しみました。しかし、それはもう終わったことです。我々は今を生きることを恥じてはならない。幸せを感じることを、笑って暮らせることを、恥だと思ってはならないのです。今からでも決して遅くはない。陛下が、以前の陛下のように、民ひとりひとりのために微笑んでくだされば、この国は明日にでも立ち直れましょう」
「……苦しかった……」
 王は、ガレンの腕にすがりついて泣いた。
「余は、王子を失ってから、長く孤独であった……。それでも国の民のために、余は王であらねばならぬ。その重責がいつしか無辜の民への恨みに変わり……お前達を苦しめてしまったのだな……」
「陛下……」
 王を抱きかかえるガレンの二の腕に、やせさらばえた指が食い込む。王は子供のようにしゃくりあげた。
「許してくれ……ガレン、アラム、民達よ……余は、至らない王であった……」
「これからです。これからです、陛下」
「そう……」
 ガレンを見つめる王の瞳が曇った。
「これから……」
 ふっと瞳から光が消える。ガレンの腕をつかんでいた手が、名残りを惜しむようにゆっくりと離れて落ちた。
「陛下……」
 呆然とガレンが呼びかける。虚空を見すえたまま、王は答えなかった。ティオが無言で歩み寄り、見開いたままの王の目を閉じさせる。脈をとるまでもなかった。
「……崩御されましたか」
「……王様」
 ミハルが口元を両手で覆い、細い肩を震わせた。粛々としたすすり泣きが部屋に染み入る。ティオは剣を収め、彼方で戦い続けているだろう愛弟子達を思った。
(ここに、ひとつの時代が幕を下ろしました。ロジャー、あなたはその剣で世界に何をもたらすのですか?)

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2013/12/27 01:20
小鳥遊さん、コメント感謝です。

こいつさえいなければ、とね、そういう人がどうしてもいますよね。世の中には。権力者に限ったことではなく。
この物語でも、王様はそういう人でした。
昔の時代劇なんかだと、すごく憎たらしい代官とか老中とかいますよね。賄賂に殺人、婦女暴行。そんな奴らは斬って捨てて良しと思いますし、正義の味方が実際に成敗するとスカッとするんですが、それだけじゃどうにも救われないものがあるなと思います。

時代劇に限らず、極悪犯罪者を取り上げた映画やドラマがありますけど、あれらを見ていて一番救われないのが、犯人がまったく反省せず、被害者の苦痛をかえりみないことです。
性格が破綻していて、まったく改善の余地がなくなった人は存在します、が…法律などで裁けなかったりして、後味が悪い終わり方が多いです。

ガル王はそうさせてはならないな、と改めて感じました。考えていた当初は、もっと哀れで、悪を働いた人間らしい最後だったんです。人知れずティオに刺されて死ぬ予定でした。
でも、ジルやリトル、ガレンなどといったキャラが立ってきたせいで、それだけではだめだなと。結果、こういう結末になりました。
殺してやりたいほど憎い人間が、最後の瞬間でもいいから反省してほしい。それは、心に傷を受けた被害者の願いでもあるのではないでしょうか。
王が「孤独である」と言ったのは、23日に80歳を迎えられた天皇陛下のお言葉からヒントを得たものです。


アメージンググレース(グレイスとは、正確には言わないらしいw)本当にいい曲ですね。
まったく心に沁みます。うっかり真剣に聴くと泣きますよねww
リトルとミハル、こうして見ると良い関係ですよね。ひょっとしたら、将来良い仲になるのかもしれませんw
アバター
2013/12/26 13:29
この物語の中で、今回の王の最期は、胸に残るシーンになりました。
国王がこのままでは、国民は犠牲を払い続けねばならず、誰かが覚悟をもって幕を降ろさなくてはいけなかった。
リトルもミハルも、実は宰相も……心の中に葛藤を抱えながらも、何が正しいかを自分で考え、選び、行動してきたんだと思います。
そして、ガレン。
彼が、己の身を盾にしようとティオの剣と老王との間に割って入ったときは、私の心の中にも激しい葛藤と哀しみが……。
人を裁くって難しいです。赦すこともまた難しいですが。
暴君の最期は、ティオの剣によって命を絶たれるのではなく、寿命が尽きたのは神の思し召しでしょうか。
王は自身の愚かさや弱さ、そのせいでどれだけの犠牲を強いてきたのか、多くの命(人もモンスターも)を蔑ろにしてきたか、やっと気付けたのに、時すでに遅しでしたね。まあ、気付いたからといって、それで良しとなる訳にはいかないですが。
でも、最期に涙を流すことが出来て良かったのかもしれません。
その涙で、彼は人らしく逝けたのだと思います。
暴君となった老王の最期に涙を流させたのは、ガレンでしたね。

さてはて、場面はまたロジャー達に変わるのですね。
彼らの戦いの決着も楽しみにしています。

↓のコメントも拝読させて頂いてしまいました^^
BGMにアメージンググレイスとは…・…それは、泣けます!
私も脳内BGMをアメージンググレイスにして、もういちど読み直してみよう。たぶん、泣くな……。
あ、そうそう。
リトルにミハルさんという信頼できる仲間が居てくれて、私も嬉しいですw
アバター
2013/12/26 00:41
ハルさん、コメント感謝です。

私がニコタのお友達をモデルにして書いた小説は、幸いなことに評判が良くてですね…、みな、「本人を良く見ている」とおっしゃってくれます。

ミハルは、ハルさんの心の透き通った部分を抽出したキャラです。
ハルさん、前に子猫のお話を書いておりましたね。それを読んで、ああ、いまとても苦しい気持ちなんだなぁと切なくなりました。私は何もしてあげられませんから…。

でも苦しい気持ちは、いつか必ず終わるときがくる。何年かかっても、必ずそれは約束されている。
つい最近まで暗いトンネルの中にいた私が言うのだから、間違いないはず。
ひとに言ってはいけない、とおっしゃっていますが、そんなことはないと思います。
言わずに我慢すると、いつまでも悪いガスみたいに体の中を巡って気持ちがおかしくなりますから。
吐き出したいことがあったら、しゃべって良いと思います。まず自分を救わなきゃ、ですよね^^

そんな願いをこめて書いたのがミハルです。カメラはいったんロジャー達に戻りますが、あとでまた、ミハルやリトル、ジル達のその後を書く予定です。大丈夫、幸せな終わり方です。
ティオが手を下さなかったことは、ある意味良い結果だったと、自分では結論しています。
人によっては、この王さまの死に方は被害者にとっては生ぬるいと感じると思いますが、ガレンのセリフを書いているときにテレビで讃美歌が流れてきまして…。ついでに、アメージングレイスが脳内再生されて。
これでよかったんだと、自分でちょっと泣きそうになりましたww

リトルとミハル、仲が良いですねw
恋人同士ではないのですが、志を同じくする者同士、気持ちが通い合っているのでしょうね。
アバター
2013/12/25 20:49
ミハルの言葉のひとつに思い当たるところがあって(笑)すごく悲しい響きがあるなあ…と気がつきました…
こんなこと、ひとに言ってはいけないんだなあ…

みんなを苦しめて来てしまった王様は、やっぱり引き返せなかったんだなあ……
なんだか、可哀想ですね。
ご崩御なされて、後はどうなるんでしょう?
ギルドが手を下したでもなく…。
これで国が落ち着いていい方に進んでくれればいいですね(*^◯^*)

なんか、ミハルとリトルくん、なかよしそうでよかったです♬(笑)
物語の中でも、ひとりきりだと、少し寂しいから(*^◯^*)



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