モンスターハンター 騎士の証明~115
- カテゴリ:自作小説
- 2014/01/10 11:04:58
【ヒトの証】
足場を踏みしめたその先で、がくんと膝が折れる。左の足首が鈍く痛かった。腱は無事なようだが、身体がもう立つなと言っていた。
それでもロジャーは、空中に支えを求めるかのように懸命に両手を振り、バランスを保った。背中の双剣を杖にする愚は犯さない。刃こぼれしてしまっては、強固な鱗を斬りつけることができなくなる。
アルバトリオンは一声吼えると、ロジャーの立つ高台へ襲いかかった。青い稲光をまとい、まっすぐに飛んでくる。ロジャーの腹の底がぐうっと冷えた。これを受けたら、まちがいなく自分は死ぬ。
迫りくる黒と紫の巨体がとてつもなく恐ろしい。だがその恐怖の底に、まだ消えないかすかな光があった。幾度となくモンスターとの死線をくぐり抜け、生還してきたロジャーは、その名を知っていた。
背にした双剣を抜き放ち、機を待つ。ロジャーの双眸は熱い炎を宿しながら、冷たく揺るぎなかった。
水平に滑空してきたアルバトリオンの角が、ロジャーの足場を砕く。轟音を立てて堅固な溶岩の台座が崩れ落ちる。足元が空を踏む寸前、ロジャーは全力で足場を蹴っていた。
「――オオオッ!」
落下しながら身体をばねにして1回転する。鬼人化し赤光を帯びた二ふりの剣が、旋回する凶器となった。ブルースとボルトは目を見張った。ロジャーの剣が、あの強靭な双翼をずたずたに引き裂いていく!
ロジャーの身体はアルバトリオンの背中に迫っていた。溶岩の照り返しを受けて銀色に輝くそこへ、ロジャーは双剣を思いきり突き立てた。剣は半ばまで食い込み、アルバトリオンが弾かれたようにのけぞって悲鳴をあげる。
途端、ぐうんと下半身が持ち上がった。ロジャーは飛ばされないように必死に双剣を握る手に力を込める。狂乱したアルバトリオンが、ぼろぼろになった翼を羽ばたかせて上昇したのだ。
地面にいるボルトとブルースが驚きの声をあげる。
最強の生物として君臨するその背中に、ほかの生き物が触れたことなどなかっただろう。痛みと不快感、それに勝る屈辱で、アルバトリオンは飛びながら無茶苦茶に暴れ狂った。
空中で上下左右に激しく振られ、めまいがして吐き気がこみあげた。突き立てた双剣につかまる両手の感覚があやふやになってくる。
両足が空中に浮いた状態でつかまり続けるのは限界があった。揺すぶられながらも懸命に両足を振り、勢いに乗って背びれの立つ狭い背中に組み付く。
両手両足を使ってしがみつくと、さっきよりは身体が安定した。だが、背中に突き立てた双剣を抜くには、両足を踏ん張らなければ無理だろう。
ロジャーは腰のナイフを抜いた。狩ったモンスターを解体するための大振りのそれを、ぎらぎらと光る背中へ力一杯突き刺す。
ギャアオッ!
またしても不意の一撃に、アルバトリオンが吼えた。ざくりと手ごたえを感じ、ロジャーは立て続けに背中を突いた。
ハンターに支給される解体ナイフは、大半のモンスターの甲殻や皮膚を切ることができるが、それにも限界がある。攻撃が通ったのは、アルバトリオンの背中の鱗がほかの部位よりも薄いせいだ。
鱗の厚さを見越して組み付くことは計算のうちだったが、一か八かの賭けだった。
猛然とナイフを突き立てる間に、背中の鱗が細かく裂けて血を吹き出し始めた。痛みに耐えかね、アルバトリオンが渾身の力で全身を振る。背中から緊張を感じ取った瞬間、ロジャーはナイフを手放して突き刺したままだった双剣をつかんだ。勢いで剣が抜けると同時に血が噴出し、剣にまとわりついた血の尾を引いて身体が空中へ放り出される。
「ロジャー!」
ボルトが叫んだ。落ちてゆく背中に熱い大気を感じながら、彼の怒ったような表情までよく見えた。その間に、どうっと地響きを立てて落下した、アルバトリオンの巨体も。
どんっと鈍い音を立てて肩から落ち、ロジャーは数度、ごつごつした地面を転がった。アルバトリオンはまたしても地面に叩きつけられ、起き上がろうともがいている。
「早く。攻撃を……!」
肘で身体を起こし、ロジャーはボルトとブルースを見た。一刻の猶予もないと悟った二人は、決死の形相で再びモンスターに向き合う。
ブルースが残った散弾を全てアルバトリオンの頭部に叩きこんだ。至近距離からの射撃に、アルバトリオンの舌や顔の鱗が血しぶきとともに弾け跳ぶ。
「ウオオッ!」
獣のような雄たけびをあげ、ボルトが巨大な脇腹に突進した。全身の体重を傾けて銃槍を突き刺す。常なら刃を受け流す逆鱗も、いまやぼろぼろになっていた。その隙間を縫うように銃槍ズヴォルタの切っ先がめり込む。
「食らえ!」
ボルトは切っ先を突き立てたまま砲撃の引き金を引いた。眩い炎と黒煙が炸裂し、肉と鱗が飛散する。
魔物の放つ壮絶な絶叫が、熱に倦(う)んだ空間を揺るがした。破壊された内臓から逆流した血液を吐き出し、なお怒りに燃えた目で頭を打ち振る。
「ぐあっ!」
もはや回避する余力を残していないブルースが、角を避けきれず腹に食らって吹き飛んだ。
「ブルース――ぐおっ!」
ボルトがガンランスを腹部から戻した時、アルバトリオンは身をうねらせて起き上がり、太い尾でボルトを弾き飛ばした。
「野郎、まだ……生きて……」
よろめきながら立ち上がったボルトは、その場に膝を突く。ブルースもまだ立ち上がれない。モンスターが吼えた。この期に及んでも、まだ、勝ち誇ったように。
その視線が、倒れたままだったロジャーと――合った。
「――っ!」
声にならない気迫をあげ、ロジャーは身体を起こしていた。折れた肋骨が肺に当たって、衝撃のような痛みに目がくらむ。捻挫した左足にも激痛が走った。それでも剣を拾って立ち上がれたのを、不思議には思わなかった。
今までそうやって狩り、生き残ってきた。
希望という不確かなものでも、使命という大義のためでもない。
それは可能性といった。
自分が必ず成功するのだという、無謀にも思える冷静さと自信だ。
ロジャーは双剣に気を込めた。アルバトリオンを見すえ、まっすぐに駆けだす。双剣奥義の鬼人化は、持久力を削る代償に戦闘能力を高め、苦痛や恐怖心まで取り払ってしまう。激しい痛みは遠い感覚となり、目の前には、威嚇するモンスターの顔しか見えなかった。
アルバトリオンが吼える。ロジャーに突き進もうとする。無防備に駆けるロジャーに、防ぐ手立てはなかった。しかし、頭部が激突する寸前、かすかな銃声とともに戸惑ったモンスターの声が起こる。
ロジャーに激突しようとした煌黒龍は、無様に首を地面すれすれに落として、不自然に身体をひねったまま硬直していた。
「ブルース!」
ロジャーは、地面に伏したまま銃を構えているブルースを見た。ブルースは薄く硝煙をあげる銃を取り落とし、かすれた声で懸命に言った。
「今です、どうか、とどめを……!」
十数発以上撃ち込んで効果が見られなかった麻痺弾が、ようやく発揮されたのだ。こちら側の攻撃で体力がそぎ落とされ、抵抗力を失っていたに違いない。ブルースにとっても賭けに違いなかったが、見事功を奏した。
ロジャーは猛然とアルバトリオンに向き直った。燃えるように赤く光る双剣を構え、斬りかかる。
冷静にウキウキと狩るやり方は、子ども向けのマンガじゃないかと。
やっぱり命がけのやりとりですから、人間側(ハンター)も獣のごとくになってしまうんじゃないかなぁ。
いつもスタイリッシュなロジャーですが、いろいろ泥臭い戦い方になっております。
落ちる描写は、私が以前高い所から落ちる夢だとか、子どものころブランコから勢いよく落下した経験から書いてます。こう、手に何もつかまれるものがないってのは怖いですよね^^;
ハルさんのおっしゃるとおり、「リアルに考えれば強大な古龍が人間の手で斃されるなんてちょっとあり得ないんじゃ?」というのがどうも公式らしく、出版物では殺さないで、力及ばず逃げられた結末が多いです。
でも私の作品はちゃんと決着をつけます。ほんとに、あとちょっとです(笑)
どちら側も獣のような…
ロジャーが心配ですねぇ(>_<)
アルバトリオンに空中で投げ出されて、ゴツッと落下する様は目を覆いたくなりました。
でも、後少し、ほんの少しですね!
でも、あの強大なアルバトリオンがやられるのは、なんだか不思議な気がします…