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モンスターハンター  騎士の証明~116

【紅蓮のロジャー】

 力が入らない左足が何度も体勢を崩す。無事な右足でバランスを取りながら、ロジャーはアルバトリオンの眼前まで迫った。
 裂帛の気合いを込めて踏み込み、猛然と逆巻く角めがけて斬りかかる。腕が何本にも映るほどの連撃に、身動きが取れないアルバトリオンはただ耐えるしかない。
 何物も弾く硬い角に2本の剣の切っ先はやすやすとめり込んだ。まるで固まったバターでも切るような手応えだ。
 剣の切れ味のためだけではない。ロジャーの両耳に着けた剣聖のピアスの力が、最も切っ先の通りやすい部分を瞬時に見抜かせているからだ。
 何度も振り下ろされる剣の軌跡を、ボルトとブルースは半ば祈るように凝視していた。
 モンスターが叫ぶ。痛い、と言っているのだ――鬼人化して熱い脳裏の一部が、さっと冷えた気がした。
 剣を握りしめた両腕が、さざ波のように伝えてくる。急所を斬り裂かれるアルバトリオンの痛みを。それはロジャーのすり傷だらけの額に、剣の軌跡と同じ感覚で激痛をもたらした。
 幻痛だ。実際には自分は傷ついていない。そうさせるのは、生命を屠ることへの罪悪感からだろう、と誰かが言った。ロジャーはむしろ、それを喜んだ。
 人間ならではの自己満足だろう。野生に生きるものは、自らが生き残る本能を否定したりはしない。
 それでも、ロジャーは己が人間であることを誇りに思う。
 地にうち捨てられた屍に思いを馳せ、涙を流すことができるのは、人間だけだからだ。
 
(お前の痛みも、死の苦しみも、全て僕が背負うから――)
 
 舞うような連撃が終わると、ロジャーは渾身の力で右手の剣を真横に薙ぎ払った。
 ズ、と刃が巨大な角に深々とめり込む。横に進めるのはたやすかった。あとは――斬り裂くのみ!
「ハアアッ!」
 ロジャーは一気に剣を払った。剣を通じて、角を切り裂かれた痛みが流れ込んでくる。
 下部に滑らかな断面を見せて、角の上部が粉々に砕けた。寒々しいような感覚がロジャーの額を一閃する。瞬時に、燃え上がるような熱さが襲った。
「くぅっ!」
 幻とはいえ激烈な痛みに、ロジャーは左手の剣を放して数歩後ずさり、額を覆う。後を追うようにモンスターが絶叫した。
 轟く咆哮に大気は震え、溶岩さえも波打った。その叫びは長く尾を引いて――、ふつりと途絶えた。
 ゆっくりとアルバトリオンの巨体がくずおれる。ズン……とわずかに地が震え、やがて、沈黙が訪れた。
「お……終わった、のか……?」
 膝を突いていたボルトが、銃槍を支えに恐る恐る立ち上がる。
「動かない……」
 ブルースも呆然と呟いた。アルバトリオンは目を閉じたまま、微動だにしなかった。
「か、狩った! やったんだ、俺達!!」
 ボルトが快哉をあげた時、荒い息をついて立っていたロジャーの身体が、ぐらりと前のめりになった。
「ロジャーッ!」
 すぐさまボルトが駆け寄り、倒れ込んだロジャーを抱き止める。ボルトのいかめしい手甲が胸に障り、今さらのように骨折や打ち身の痛みが襲いかかってきた。
「うっ!」
 顔を歪めて息をつく。呼吸するとさらに痛みが増した。折れた骨が肺に触れているのかもしれない。
「静かに横にさせるんだ、早く!」
 ブルースもようやく立ち上がってボルトに怒鳴った。
「わかってるって! ロジャー、ほんとお前……よくやったよ」
 用心深く地面に横たえさせるボルトに、ロジャーは弱々しく笑い返した。
「は、はは……それも、みんな君達のおかげ……?」
 ロジャーはふと、何か音を聴いた気がした。ふっと黙り、周囲に耳を澄ます。ボルトが不安げに太い眉を寄せた。
「どうした?」
「いや……鼓動を聞いた気がして」
「鼓動? 心臓の?」
 なおも問おうとするボルトの口元に手をかざして止め、ロジャーはアルバトリオンを見た。ブルースも緊張して黙り、同じ方向を見る。
 アルバトリオンは倒れた姿のまま、沈黙を保っていた。息絶えたとみて間違いないだろう。
「……聞こえる。まだ、あれの心臓は動いている」
 ボルトとブルースも懸命に耳を凝らしたが、それらしき音は聴こえない。だが、極限にまで高められたロジャーの神経は、かすかな鼓動の音を伝えていた。
 鈍く響く、命の音を。
「ロジャーさん?!」
 ブルースが声をあげた。ロジャーはボルトの腕から離れ、再び双剣を握って立ち上がっていた。
「くっ!」
 左足に負荷がかかり、激しく痛んだ。脂汗が噴き出すが、歯を食いしばってこらえ、よろめきながらアルバトリオンへと近づく。
「――皆さん! 討伐はもう、終了ですよ?! どうして止めないんですか!」
 息を切らしてトゥルーが駆けつけてきた。歩み続けるロジャーを止めようと身を乗り出したのを、ブルースが腕を横にして止める。
「おそらく、まだだ」
「え……?」
 トゥルーは信じられないといった表情で、ブルースの厳しい横顔とロジャーのぼろぼろの背を見やった。
 ロジャーは、一歩ごとに荒い息をつきながら、アルバトリオンの大きな頭部に近づいた。
 切り裂かれた角の断面は、年輪のように生々しい紫の光を発している。自らの命を削り取られ、どれほどの苦痛だったろう。想像して、思わず顔をしかめた、その時だった。
 ぐわっとアルバトリオンの緩んでいた口が開いた。同時に巨体が半分持ち上がる。腹部はボルトの砲撃で焼けただれ、後ろ足は使い物になっていない。前足だけで立ち上がろうとしていた。血の混じった両目が、凶暴な光を放って一同を見すえる。
「――っ!」
 ロジャーは双剣を構え、逆鱗が連なる懐へ飛びこんでいた。誰かがロジャーの名を叫んだ。
 剣を振りかざし、ロジャーは祈った。
 この腕が砕けてもいい。
 剣よ。
 ――貫け!!
 溶岩の照り返しに、ロジャーの耳朶に光る剣聖のピアスがちかりと光った。
 ロジャーは全身全霊を込めて、赤く輝く双剣をアルバトリオンの胸部へ突き立てた。水晶のような刃は硬い鱗を突き破り、強靭な筋肉をも貫く。切っ先が邪な鼓動を繰り返す心臓に触れた。鬼人化したロジャーの双眸に、同じ赤い光が宿る。
 命を。貫く!
 ロジャーは怒号をあげて双剣を押し進めた。心臓の硬い筋肉に刃が通る。モンスターは今までにない叫びをあげた。死を予感したのか、鼓動が恐ろしく速くなる。
「――オオッ!」
 ロジャーは2本の剣をひねりながら下へ斬り裂いた。
 咆哮がとどろく。アルバトリオンは大きくのけぞって前足をばたつかせた。ロジャーはさらに剣をひねりながら傷口に空気を送り込む。こじあけた裂け目から、滝のように深紅の血液が噴出した。どっと叩きつけてきた真っ赤な液体を頭から浴び、熱いそれがロジャーの喉に流れ込んだ。火傷したような熱さが喉を焼いた。
 ガアアッ――!
 今度の叫びは、あっけなかった。ブルース達は、煌黒龍の凶眼がぐるりと反転するのを見た。
 早鐘を打っていた鼓動が、きつく刀身を締めた直後、ふいに弛緩したのを感じる。ロジャーはそこでようやく、握りしめていた剣の柄から両手を放した。激しくむせながら、ずり落ちるように倒れ込む。激しく咳込む唇から、誤って飲んでしまった古龍の血が涎の糸を引いて流れ落ちた。
「ロジャー!」
 ボルト達が駆け寄ってきた。みんな泣きそうな顔をしているな、と、かすんだ目でぼんやり見ていた。
「バカ野郎、無茶しやがって!」
 ボルトが涙を浮かべて抱き起す。ロジャーは体中を覆う痛みに眉をひそめながら、疲れ果てて目を閉じた。古龍の血にまみれた真っ赤な頬を、一筋の涙が洗った。
「もう、鼓動は聞こえない。……終わったんだ、僕達は」
 
 

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2014/01/25 10:38
ハルさん、コメント感謝です。

ここまで読んでいただき、ハルさんもお疲れ様でした!
この場面を書くために、もう長いことアイデアを温めていたのですが、いざ書こうとすると、いろんな部分をはしょらなくてはならず、私も力が抜けましたww

こう書こう、と思っていても、話の流れでそれを挿入できないことがある。
妥協はしていませんが、これで良かったのかな…と、今も疑問符です。思い入れが強すぎるんですね^^;

古龍の血に気づいてくれたんですね!そこはちょっとした伏線になってます。ハルさんは、いつも良い所に目を付けてくださいますね。思わずにやりとしてしまいました。書いて良かったなぁと。
伏線なので、あとで何かありますね。ほんのちょっとのことなんですけど^^;

殺す相手の痛みを共有するって描写は、それだけ、ロジャーが優しい男なんだと示したかった。
同時に、そこまで感じるほど極限状態で闘ってるんですね。相当な苦痛だったと思います。
それでもいい、と彼は言う。きれいごとではなく、彼の気持ちを感じ取ってくれたら書き手として嬉しいです^^

アバター
2014/01/24 15:43
ついにアルバトリオンが…
最後、自分が脱力しかけました^^;
でも、古龍の血を口にしてしまったロジャーが心配で…思わず「ああ…」とか言っちゃいました^^;

まさに生命を狩る、ですね。
重たいことです。
でも、退治でもあり、仕事でもある。
ロジャーの痛みはいかほどでしょう…かわいそうに…
彼は分かっていてその痛みを引き受けようと言うのだから、生半可ではないですよ。うん。
熱くてクールな男、ロジャー。
お疲れ様…
アバター
2014/01/17 13:43
小鳥遊さん、コメント感謝です。

昨日は一日中PCに向かいっぱなしでした。ずっと、こう書こうと頭で考えていても、いざ文章にするとなると、うまくいかないものですね^^;
一度書きあげたものを見なおして、わかりにくい表現を手直ししているうちに、もうこんな時間。ああ、ゲームもやりたいのに(笑)

タイトル通り、赤を多く出しました。イカズチさんが付けて下さったロジャーの異名「紅蓮のロジャー」…ここで使ってやろうと思い立ったのは、つい数日前です。それまでは別のサブタイトルを考えてました。
サブタイトルは大事ですね。見ただけで話の内容がわかるものが理想ですよね。
上橋菜穂子さんの守り人シリーズは、あまりに分かりやすすぎて、逆に読むのが怖くなった回もありましたがww
とてもうまいですよねぇ。あのシリーズを読んで本当に勉強になりましたし、何より面白かったです^^

涙のところは、最初は「笑った」だったんですが、超感覚というべきモンスターとの痛みを共有したシーンのあとで、あっけらかんと笑っちゃだめだよなぁ、と思い直して、こうなりました。
いかにも私らしい作風ですね^^;

小鳥遊さんも、ここまで読んで頂いて本当にありがとうございました!そしてお疲れ様でした!
あとは最終回までまっしぐらです。残すところ5回くらい、かな?
ロジャー達がどうなるのか、最後の最後までお読みいただければ嬉しいです。
アバター
2014/01/17 13:18
お、お……、おっ、終わったんですね!
煌黒龍アルバトリオンを、尋常ではない脅威であった古の龍を、ついに討伐したんですね。
ロジャー達は、本当によく頑張りましたね!
恐れることも、怯むこともなく、諦めることもなかった。彼らは、全力で成し遂げた。
本当にすごいことなんだ、というのが、モンハンを知らない私でも、この小説を読んできたから感じ取ることが出来ます。
みんな、本当にお疲れ様!
そして、それを書いてきた蒼雪さんも、お疲れ様でした!

ロジャーの「狩りへの熱さ」と「状況判断でみせる冷静さ」は、素敵ですね。
やっぱり、かっこいいハンターはそうでなくっちゃ^^ なんて思ったりw

今回のタイトルは【紅蓮のロジャー】でしたが、赤い色が印象的な描写が多かったですね。
読みながら目に浮かぶ光景の中で、いろんな赤が印象に残りました。
最後、古龍の血で真っ赤になったロジャーの頬を洗うように流れ落ちた一筋の涙が、とてもきれいでした。

狩りの場面に一段落つくと、いよいよ最終回が近づいてきた感じで、すこし寂しいですが、あとちょっとですね。
まだ、もう少し、彼らの物語が読めるのが楽しみです。
それにしても、満身創痍で……狩りは終わったけど身体は無事なのか、気になります><



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