モンスターハンター 騎士の証明~117
- カテゴリ:自作小説
- 2014/01/23 16:01:02
【大地の底に眠れ】
「もうっ、皆さん無茶なんだから……!」
涙交じりにトゥルーが3人を睨む。ボルトは苦笑したが、横たわるロジャーは青ざめていた。苦しげに目をつぶり、一呼吸するにも脂汗をにじませている。貧血を起こしているのか、目の下も薄黒かった。
「あばらが折れているんだ。すぐに応急処置を!」
「私、持ってきました!」
ブルースが言うと、トゥルーがロジャーの傍に膝をつき、肩かけ鞄から包帯や布を取り出した。
トゥルーの手を借りて、ブルースはロジャーの胸に厚手の布を折り重ねたものを当て、きつめに圧迫して骨折箇所を固定する。
「大丈夫か、ロジャー? これじゃ、動かすのもつらそうだ……」
ボルトが心配して3人を覗きこむ。トゥルーは額の汗を手の甲で拭い、微笑んだ。
「ご安心を。手は打ってあります」
立ち上がると、トゥルーは腰に下げた短銃を抜くと、天に向かって撃ち上げた。パンッと軽い音が弾け、鮮やかな桃色の煙が尾を引いて立ち上る。
「信号弾?」
ボルトとブルースは驚いて空を見上げる。不気味に渦を巻く紫色の雷雲の向こうから、壮麗な船影がこちらへ進んできた。
「俺達の飛行船(ふね)だ!」
ボルトが顔を輝かせる。しかしブルースは渋面を作った。
「まさか、前もって付近に滞空させていたのか? ここは天候が不安定だ。もし何かあったら……」
「わかっています」
血にまみれたロジャーの顔を、水筒の水で湿らせた布で拭ってやりながら、トゥルーは固い声で言った。
「でも、私達だけ何もしないで待っているなんて、できなかったから」
「気持ちはわかる。だが、無謀だ! 君達の帰りの足まで失くしたらどうするんだ?」
強い声でブルースが突っぱねた。すると、トゥルーはさらに強い目で彼を見た。
「そんなことわかってます! でも、皆さんは帰る気なんて全然なかったじゃないですか! あんな無茶な戦いをして……こっちが心配しないと思ってるの?!」
う、とブルースが一声うめく。トゥルーはポーチから生命の粉塵を3つ取り出すと、止める間もなく全て開けた。
「う、ごほごほ!」
強力な回復効果のおかげで見る間に軽いすり傷や打撲は消えたが、乱れ散る粉末に、ブルースだけでなく、ボルトや半分気を失っているロジャーまでむせる。傷が響いて苦しげにうめいたが、構わず薬の小袋を何度も振って、トゥルーはきっぱりと言い放った。
「あまり女子をなめないでください!」
「別に、なめてなどは……」
口ごもるブルースに、ボルトはにやっと笑いかけた。
「もう言うなよ。ここは俺達の負けってこった」
ブルースは小さく嘆息して、「すまない」と謝った。
「ありがとう。おかげで、少し楽になった」
トゥルーの道具袋を枕に横たわっていたロジャーが微笑する。いくらか顔色も良くなったが、まだ息をするのもつらかった。思い出したようにボルトが言う。
「そうだ、剥ぎ取り! そろそろクーラードリンクの効果も切れる。急いでやっとかないと」
「あ……」
「どうした、トゥルー?」
言いにくそうにしているトゥルーを、ブルースがうながす。トゥルーは困ったように眉をひそめた。
「実は、古龍観測所から、アルバトリオンの遺骸を持ち帰るよう依頼されているんです。私の所属する王立古生物書士隊も、貴重な検体とのことで賛同していました。でも……」
「……ま、確かに。こいつに縄はかけづらいよな」
察して、ボルトがどこか憐れむように息絶えたアルバトリオンを見る。血の海に沈み、身動きしなくなっても、その威容は変わらなかった。生物として完成された容姿はいまだ神々しく、ロジャーによって砕かれた角の断面もまた、生々しい紫の光をにじませていた。
「それでも、貴重な素材だ。研究が進めば、人の生活のみならず、ハンター達の活動にも恩恵が得られるだろう。極力体内を傷つけないように、剥ぎ取りを開始する」
「マジかよ……。お前はいつも、その辺クールだよな」
「上の命令には逆らえまい」
呆れるボルトにあっさり言いのけ、ブルースは上空を見た。プロペラが回る鈍い音が大きくなる。飛行船はロジャー達の真上に滞空すると、申し合わせていたように、数本の特殊鋼ワイヤーと、一本の縄梯子を振り下ろした。
「ランファは、もう大丈夫なのか?」
ボルトが尋ねると、トゥルーはうなずいた。
「ええ。肩に深手を負いましたが、秘薬のおかげでほとんどふさがりました。彼女も私と同じ気持ちで、あなた達を死なせまいと迎えを買って出たんですよ」
「そうか……よかった」
ロジャーが笑みかけ、また傷に障って顔をしかめる。ブルースが優しく言った。
「ロジャーさんは休んでいてください。あとは、我々が」
「すまない……頼む」
狩ったモンスターを解体するのはハンターの義務だ。奪った命に感謝して、必要な分だけ素材を持ち帰る。
生態系を崩さないよう、全て持って行かないのが基本だが、今回はまれな生物とのことで、回収命令が出ていたらしい。それはロジャーにも聞かされていなかった。
(僕達が帰らないことも予測して、か……)
ギルドマスター達は、ロジャー達が任務に失敗しても咎めはしなかっただろう。遺骸の回収にも、そこまで期待していなかったに違いない。それでも、ロジャーの胸にはなんとなく苦いものが残る。
組織の人間として、ブルースのように割り切れないでいる自分がいた。ナイトに所属して、初めての感情だった。
剥ぎ取りナイフを手にしたボルトが、こわごわと遺骸に近づいた。
「なあ、また動き出したりしないよな?」
「心臓を貫かれ、大量に出血したんだ。大丈夫だろう」
ブルースが言った。
「おそらく、以前の討伐報告は半分誤報だったんだろうな。完全にとどめを刺さず仮死状態だったのを、死んだと思い込んだ先の者達が、表面だけ剥ぎ取り、ほうほうのていで帰還した――というところだろう」
「うへえ。ぞっとしねえな」
ボルトは肩をすくめた。それでもあっさりとナイフを閃かせ、数枚の鱗や爪をいただく。ブルースも、散乱した角の破片や翼の残骸を皮袋に収め、いくらか鱗を剥ぎ取った。
それらが済んで、いよいよ遺骸にワイヤーをかけようとしたとき、地面がかすかに揺れた。
「おい、揺れたぞ、今」
「もしかして、アルバトリオンが斃れたせいで、この辺りの自然がおかしくなったのでは?」
怪しむボルトに、トゥルーがはっとした顔をする。
「アルバトリオンの生命活動のために、この場所は安定していませんでした。きっと不安定であることが、ここでは当然だったんですよ!」
「ならば、我々が倒したことで、かえってこの地の安定を崩したということか」
ブルースが言うそばで、足元が激しく揺れ出した。流れる溶岩の上にできたかさぶたのような地面だ。あちこちで亀裂を生じ、生傷のような赤い裂け目を見せ始めた。
「ロジャーさんを上へ運ぶ! 手伝ってくれ!」
ブルースがロジャーの頭を起こし、叫んだ。トゥルーが介抱用の大きな布を取り出して、ブルースが背負ったロジャーを固定する。ボルトが慌てた。
「お、おい、こいつは?!」
お前は早くワイヤーをかけろとブルースは言いかけ、ボルトと同じく瞠目していた。
眠るように目を閉じたアルバトリオンの身体の下が割れ、明るい橙色がのぞいた。とろりとした溶岩が、じわじわと古龍の身体を呑みこんでゆく。
激しい地響きの中、皆、どこか厳粛な気持ちで遺骸が沈んでいくのを見ていた。回収に失敗した気持ちはない。
これで良かったのだ、と、誰もが思った。
「さあ、急いで帰還しましょう!」
惜しむ気持ちも見せず、トゥルーが言った。
ですね、私もそれが良いと思いました。
変に解剖されたりするより、謎のまま眠ってもらいましょうと。
…ありがちな結末ではありますが、意気揚々とこいつをお持ち帰りはできないだろうなと^^;
穢されることなく。
人間なんかの手の届かないところへ…
なんだかとても荘厳です…。