モンスターハンター 騎士の証明~118
- カテゴリ:自作小説
- 2014/01/31 11:42:06
【脱出】
新たに気流が起きていた。
ぐらぐら揺れる縄梯子(はしご)を伝って、ロジャーを背負ったブルースを先頭に、ボルトとトゥルーも飛行船へ乗り込む。
甲板へたどり着いたところで、少年兵が機械を操作して、特殊鋼製の縄梯子を巻き戻して収納し、引き戸になっている舷側の柵を閉じた。船橋へ手を振ると、舵を預かるランファが船首の向きを変える。船は、ゆるやかに反転して火口をあとにした。
「ロジャーさん、船室で休んでください」
ブルースが背負い紐をほどくと、ロジャーはよろめきながら舷側へ歩きだした。驚いたブルースが彼を止めようとする。ロジャーは振り向き、わずかに微笑んだ。
「ありがとう。でも……最後まで、見ておきたいんだ」
トゥルーが使ってくれた生命の粉塵のおかげで、重症ながらもこうして立ち、意識もはっきりしている。それを見て、もう危険なこともないだろうと、ブルースは渋々ながら許した。
ロジャーはおぼつかない足取りで柵まで歩み寄ると、寄りかかって遠ざかる火山を見送った。あの過酷な場所で、自分たちはつらい戦いをやり遂げたのだ――。喜びよりも、達成することができた安堵と、乾いた寂しさが胸を刷いた。
と、感慨にふけっていたまなざしが見開かれる。
「――火口が?!」
「何っ?」
同じく船室に戻る気になれず、その場で武器の具合を確かめていたボルトが、弾かれたように面を上げた。ブルースも舷へ駆け寄って火山を見る。双眼鏡を使うまでもなかった。
「噴火だ!」
まるでこの時を待ちかねていたように、火口から勢いよく溶岩と黒煙が噴出した。天地を揺るがす轟音とともに煙は上空に傘を広げ、燃え盛る岩が雨あられと降リそそぐ。火砕流が赤く輝きながらじわじわとふもとを舐めていくと、広がる針葉樹の森に一気に燃え移った。
「早く中へ!」
ブルースがロジャーを促した。火山が噴出した細かなつぶてが、文字通り火の雨となって船を襲った。ボルトとトゥルーが顔をかばい、船室へ避難しようとした、その時だった。
甲高い笛の音のような音がした途端、どんっと船全体が大きく傾いた。全員悲鳴をあげて、船から振り落とされないよう甲板にしがみつくが、ずるずると下がっていく。
火山弾が、船体を浮かせる気球に当たったのだ。飛竜に襲撃されても耐えられるように、ギルド製の飛行船は耐火衝撃に優れている。何枚もの火竜の皮膜で覆われた気球は、破けることなく火山弾を弾き返した。だが、船体は傾けた皿のように人間達を振り落としにかかる。
「ロジャーさんッ!!」
片足を負傷しているロジャーは、ふんばりが効かなかった。力がゆるんだところを空気が浮かせ、身体が空中に投げ出される。ブルースが叫び、傾きから戻りつつある床を蹴って彼へ飛んだ。
「くっ!」
ロジャーも右手を差し伸べていた。間一髪、ブルースの右手がそれをつかむ。がくんとロジャーの身体が揺れ、浮遊感が止まった。だが、全身は柵を越えて外へ投げ出されていた。ロジャーの手をつかむブルースは、柵に身体を折るようにしてロジャーを繋ぎ止めている。
「う、くっ……!」
ブルースは歯を食いしばってロジャーの重さに耐える。ロジャーの身体は、まるで枝に残る落ち葉のように、吹きすさぶ風にあおられて揺れた。
「ロジャーさん、もう片方の手でつかまって……! 俺を伝って、上まで登ってください」
ロジャーは空いた左手を上に伸ばそうとした。が、骨折した胸部が割れるような痛みを響かせ、激痛に息が止まる。
本来なら、呼吸するのも苦しい怪我なのだ。それでもさっき身体が動いたのは、生き残ろうとする本能が痛みを超越させてくれたのだろう。だが今は、もうこれ以上は無理だといわんばかりに痛みを訴えている。
(痛みってやつは……本当に、ままならないな)
ロジャーは懸命にもう片方の腕を上げようとした。だが、振り子のように身体が揺れて思うようにいかない。ブルースを見上げれば、彼もまた苦痛に耐えていた。アルバトリオンの冷気で軽度の凍傷を負った両手は、薬である程度回復したとはいえ、まだ痛みは残っているはずである。
早く彼をこの苦痛から解放しなくては。焦る気持ちばかり急ぐ。それをあざ笑うように、噴火によって巻き起こった風がまたもロジャーをあおった。船体が水平に戻った衝撃で、ずる、とつないだ手が滑る。ブルースが悲鳴を飲みこんだ。ロジャーは一瞬覚悟を決めた。
(僕が手を放せば――ブルースは楽になる)
考えてはいけないことだった。それでも、もういいじゃないかと、心の中で声がする。
あれほど強いモンスターと闘えて、勝利した。これから先の人生で、それ以上の狩猟はもう、ないだろう。
(僕がいなくなったとしても……)
諦めが、腕の力を抜きかけた。
(優秀なハンターはいくらでもいるから……)
そこへ、叱咤が飛んだ。態勢を立て直して駆けつけた、ボルトだった。
「ふたりとも、手ぇ放すんじゃねえぞ!!」
ボルトはブルースの胴に両腕を回すと、力を込めてうなった。ロジャーもろとも引き上げようとしているのだ。
「お手伝いします! ロジャーさん、ブルースさん、頑張って!」
トゥルーも叫び、ボルトにしがみついて彼らを引っ張ろうとする。少年兵も加わり、全員でブルースとロジャーを引き上げようと頑張った。
「みんな……」
ロジャーは、弱気になった自分を恥じた。ブルースは柵から手を放してもう片方の手を伸ばした。下半身はボルト達がしっかりつかんでいる。ぐんと上半身が下方へ落ちたが、その分ロジャーへ両腕を差し伸べることができた。
「ロジャーさん、さあ……!」
ブルースの空いた左手につかまろうと、ロジャーは激痛を噛みながら自分の左手を持ち上げようとした。
「あと、ちょっとです。もう少し……!」
じりじりと腕を上げようとするロジャーを、懸命にブルースが励ます。気を失いそうな苦痛に耐えながら、ようやく肩まで左腕が上がった。その刹那、またしても衝撃が全員を襲った。
大きな岩が分厚い布に当たる鈍い音がした。先ほどよりも強い揺れに、船体が大きく傾ぐ。気球の側面から薄く煙が立ち上っている。弾かれた火山弾がゆるやかに船尾の方へ落下する。
わずか指先のみで繋がっていたロジャーとブルースの手が、ふっと隙間を生じた。
落ちる。
「ロジャーさーんッ!!」
絶叫。
ブルースが目を見開いていた。泣き出しそうな顔をしていた。空中へ放り出され、死へ向かうぞっとする感覚も一瞬。耳元でびゅうびゅうと大気がうなる。その時ロジャーは、自分でも気づかないまま、淡く微笑んでいた。
ブルースがそんな顔をするところを、初めて見たからだ。
(ありがとう)
こんなにも、心配してくれて。
襲い来る絶望の中、胸に生まれた喜びは、かけらとなって奥底に残った。
仲間と船がみるみる遠ざかる。もうかなわないと知りながら、ロジャーは空へ手を伸ばしたまま、風を切って、背中から針葉樹林の森へと落ちて行った。
あはは…落ちましたww
この場面を書こうと、ずっと楽しみにしていたのである意味感無量です。
やっぱり主人公は落ちないとね!(なんなんだ)w
死してなおアルバトリオンの脅威、執念がロジャーを襲ってしまいました。
ギルドナイトのスーツはスキルに「不運」が付くので、それが発動しちゃったんでしょうかね^^;
続きはまた来週です。お楽しみに!^^
ロジャーが!落っこちてっちゃったーーー!!
みんなあんなに頑張ったのに、頑張り尽くしたのに……
アルバトリオンが死してなお、まさかここまでその影響力を及ぼすなんて…
今更ながら、ものすごいものと闘ってたんだなあ…と思い知らされますね…!
負けるなーロジャーーー!!
そ、蒼雪さん、つ、続きを〜……!!ヾ(>ω<*)ノ゙ヾ(*>ω<)ノ゙