Nicotto Town



塩付街道

塩付街道とは、塩を運ぶのに使われた道筋です。
古道の一つで、名古屋市の南東部にあります。

JR東海道線の笠寺駅の南に、星崎という場所があり、
大昔はここに塩田があって、ここから内陸に塩が運ばれました。
その道、塩付街道がまだ少し残っているので、歩いてみました。

スタートは名古屋市営地下鉄の「瑞穂運動場東」からです。
名前の通り、瑞穂運動場が西にあるので、そちらに向かいます。
駅からわき道に入って少し行くと、茂みの中に石の遺跡があります。
「あゆちの水」という古井戸のような物で、万葉集にも詠まれている
古い名水の湧き出した所らしいです。枯葉にうもれて怪しげ(^^)

そこを過ぎて瑞穂運動場に入り、グランパスも使う瑞穂陸上競技場の
手前に、芝生広場みたいなのがあります。
これが「大曲輪(おおぐるわ)貝塚」で、ヒトと犬の骨が一緒に出たので
研究者の間では話題になったようです。
この辺りは古代の河口近くで、貝塚が多いです。

瑞穂運動場の西に添う道を北へ歩き始めます。
トラック一台分程度の舗装道路ですが、これが塩付街道です。
知らなければ、ただの住宅地の裏道です^^
さらに北に向かい、右手のわき道に入ると、村上神社があります。
これ実は、おどり山古墳という古墳の上に建つ神社です。
なるほど、石段を上がった小高い所です。どうもこの界隈、
古代人のにおいがぷんぷんしますねぇ。

細いアスファルト道路は、やや斜め北西に進み、
たまに現代の自動車道に交差しながら続きます。
沿線の家々に古さはありません。現代の町並みですね。

でも、その気で見ていると、道の角に地蔵堂をよく見かけます。
例えば、名古屋市立大学付属病院の裏、敷地の角にお堂が。
これは「みやみち地蔵」と言って、お地蔵様の光背に
「右 みや道 左 なるみ道」と掘り込まれています。
お地蔵さんであり、道しるべでもあるのです。
「みや」とは熱田神宮か東海道宮の渡しの事でしょう。
「なるみ」とは東海道なるみ宿の事ですね。

藤成通という広い道路を渡ってさらに北に行けば、
左手に白山神社が現れます。
これまた、前方後円墳の上に建つ神社で、祭神は菊理姫命、
加賀の白山から勧進したらしいです。
この辺りは昔、石仏(いしぼとけ)村と言い、古い鬼瓦が出土したり
しているそうです。やはり、古代が漂っているような場所で、
道幅もここは狭く、古道らしい雰囲気を感じます。でも町中です^^

さらに北に進めば、飯田街道と言う、これまた古くからの道に交差
します。飯田から伊那へ行く塩は、ここを右に曲がったでしょう。
その手前、交差点の脇に、一見平凡な駐車スペースがあります。
ここ、実は蹄鉄屋の跡地らしいです。
昔なら荷馬の背に塩を乗せて運んだでしょう。その馬の蹄を、
長旅の前に、ここで手入れしていたのかも知れません。
そう思うと、この空き地も意味深いものに見えてしまいます。

私はここで塩付街道から別れ、再び南の方にユーターンして
散策を続けました。海上寺を見に行きたかったのです。
このお寺の、ちばな薬師には、ちょっと変わったご利益が有り、
ユーモラスな?絵馬が並んでいる事で知られています。
お参りすると、母乳の出が良くなるとか。
ひいては、母子の健康の守りとして、信仰されているらしいです。
なるほど、白丸が二つ描かれた絵馬が沢山並んでいました。

町中の古道は、現在も生活道路として使われているので
普段は古さも情緒も感じ取れませんが、歩く人がその気にさえ
なれば、道筋に神社やお地蔵様などがいかにも沢山あって、
大昔の人の歩いた路を、今も使わせてもらっているんだと、
不思議な気持ちになってきます。

沿線の写真などは、また別ブログに載せてみました。
プロフィールにあるアドレスからどうぞ^^

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2014/02/10 09:48
古い道路地図を見ながらブログを読みました。
瑞穂区は、息子の通う高校があります。
去年、入試に付き合って行き、終わるまで時間をつぶしていました。
博物館前の喫茶店でモーニングを食べて、博物館近くの瑞穂図書館で
読書をして待っていました。
あまり遠くへ行くと迷子になりそうだったので、歩き回りませんでしたが、
近くにこんな歴史ある所があるとは知りませんでした。
ちばな薬師あたりなら行けたかも^^
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2014/02/07 00:42
ごま♪様
瀬戸内の塩は、別格だと思いますよ^^
交通が発達するにつれて、瀬戸内から上質の塩が運べるようになったので、
他の塩田が勝ち残れなかった訳ですからね。
去年行った、竹原の沿岸部も、塩田だったそうですし、それは印象に強いです。
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2014/02/07 00:26
ちょこ様
塩は必要物資ですから、内陸に運ぶ道が出来ていったのも頷けます。
他にもいろいろな物が行き来したんでしょう。空想しちゃいます。

犬の存在の意味って、埋葬状態だけではなかなか分からないでしょうが、
古代人を未開と見る事も無いと思うんですよ。
つまり、使う道具が違っても、犬に対する気持ちは我々と変わらないのじゃないですかね^^
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2014/02/07 00:01
僕の住んでる地域も昔は塩田がありました。
小学校の時、社会で習いましたね。
貴重品だったって
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2014/02/06 22:12
塩って昔は貴重品でしたものね。
道の名前になるくらいに大切に大切に運ばれたのでしょうね。

犬好きなので、犬と人の骨が一緒にでてきたのにはどんな理由が・・・?
と気になってしまいます^^。
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2014/02/06 21:54
ちょみ様
今回の散歩は、チャンスにめぐり合えてラッキーでした。
猫たちも、追い回された経験が無いのか、人を見ても逃げないし。
笠寺はJR笠寺より、名鉄本線の、もとかさでら辺りの方が、町が古くて私は好きです。
笠寺観音の前の道が、実は旧東海道ですし、歩きがいがあります。

コサギですか、有難うございます^^。川鵜といい、鳥の見分けが付くんですね、さすがです。
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2014/02/06 21:40
Mt.かめ様
へー、二刀流ですか(←ちょっと違いますね^^)
話が合いそうで頼もしいです。
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2014/02/06 15:45
のどかな道ですね~^^
ネコがのんびりしてる道はいい雰囲気です^^
笠寺駅近辺、昔仕事で走り回ってたはずなのに、
全然気づきませんでした(^_^;)
もう一回歩いたら解るかなぁ…

白い鳥さん、コサギさんかなぁと思います^^
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2014/02/06 14:29
ふふふ、こうみえて考古学が大好きなんですよ♪
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2014/02/06 13:48
風子様
塩ってけっこう重いですから、大変だったかも知れませんね。
そんな塩の道も、西国のもっと安い塩に負けて、衰退して行ったとか。
歴史の上に私たちは立っているんだなあと不思議な気がしてきます。
見てくださって有難うございました。
猫のブロク、今しがたアップしましたよ^^
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2014/02/06 13:38
Mt.かめ様
へえー、見晴台の発掘、ご覧になったのですか。
あの遺跡には笠寺のついでに、何度か寄った事はあります。
調査報告などを見ると、近くの高校に入学していた場合、
発掘の手伝いが出来た可能性がありましたね。
あ、でもかめさんは理系ですから、歴史系部活には入らなかったかも、ですね。
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2014/02/06 10:54
ブログの方も見させて頂きました^^

大切な塩を丁重に運ぶ、昔の人達の息吹を感じますね~
歩いていると、タイムスリップしそうな気がしてくるのでは・・・

猫ちゃんたちの、写真を楽しみにしてますv(^◇^)
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2014/02/06 09:48
笠寺のあたりは、実家から歩いていける。
あのあたりまで、学区内だったので
見晴台遺跡の発掘も見てます♪
行くつもりだったS台高校のある周辺は
そういう遺跡系が多いんですよね(゜∇^*)テヘ



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