モンスターハンター 騎士の証明~119
- カテゴリ:自作小説
- 2014/02/06 12:33:05
【生存】
いっそのこと気を失ってしまえればよかったのに。幾度も生死をくぐり抜けてきたロジャーの強靭な精神は、それを許してはくれなかった。
凄まじい速さで落ちて行きながら、ロジャーは迫ってくる森を凝視していた。
地面に叩きつけられたら、どんなに痛いだろう。そう思う間もなく、自分は消えてしまうだろうか。
ハンターとして生きていくなら、狩り場で最期を遂げたいと考えていた。でも、いざ現実が目の当たりになると、どうにかして生き延びようとあがいてみたくなる。
ブルースの手を放した瞬間、覚悟を決めていたはずなのに。
(死にたくない!)
最初の大木のこずえにぶつかる寸前、ロジャーは両腕で顔をかばっていた。背中に突き刺さるような痛みが走った。比較的柔らかい枝がみしみしと折れ、次々と枝を折りながらロジャーはひたすら落下した。まるで雪崩に飲みこまれたかのような衝撃と音に、ひたすら耐える。
それが、ふいにやんだ。ロジャーは、隣り合う木々の枝と枝に、かろうじてひっかかっていた。
動物や人間の手の入らない原生林は、太陽の光を奪い合うために、樹木が大小混ざり合って密生していた。植物の世界にも、過酷な弱肉強食がある。ロジャーはその狭間に命を助けられたのだ。
「う……」
強力なモンスター素材を用いたギルドナイトのスーツには、どこにも傷がついていない。こずえに落下したとき、刺さるような痛みを覚えたが、枝が刺さったりはしていなかった。
助かったのか。ほっと吐息が漏れた刹那、ばきりと嫌な音がした。身体を支えていた枝の一つが、重さに耐えかねて折れたのだ。
ロジャーは瞬時に受け身を取ろうとしたが、どっと腰から地面に落ちる。全身を襲った鈍痛に息がつまったが、思ったよりひどくはなかった。湿った感触と匂いが頬を濡らす。絨毯のような苔が受け止めてくれたのだ。
苦しげにうめきながら、ロジャーは急いで足を動かそうとした。痛みはあったが、両足は動いた。天空から落ちてきたときよりも安心する。骨盤や脊椎を損なってしまっては、逃げることもできないからだ。
(そうだ、剣……)
あえぎながら肘をついて上半身を起こし、ロジャーははっとした。背中の鞘に手をやるまでもなかった。
双剣マスターセーバーは、アルバトリオンの心臓深くに突き刺さったまま、地面の底に飲みこまれてしまっていた。誰もそのことに触れなかったのは、あまりの事態に動転していたからだろう。
剥ぎ取り用のナイフも、戦いのさなかに失った。儀礼用の細剣も、森に落ちたときにどこかへいってしまったようだ。
生き残ろうと考えたときに、瞬時に思いつくのは、ここでどうやって生存していくかである。トゥルーは、食用になる動物もいないと言ったが、探せばいるかもしれない。そのために、刃物は不可欠だった。
「みんな……」
ロジャーは空を見上げた。木々が織りなす天井は暗く、とても上空からこちらを見つけることはできない。おそらく仲間たちは、どこかに船を下ろして懸命にロジャーを探しに来るだろう。
地面に耳をつけると、どろどろと濁った音がした。火口から噴き出した溶岩が、大地を舐めつくして海に向かう声だ。
火脚はまだ遠いが、じきにここへ追いつくだろう。それまでに、広大な森を捜索して再び巡り合うためには、とても時間が足りなさすぎた。
苔に指を食いこませ、ロジャーはなおも立ち上がろうとした。とにかく立って、歩いて、海岸を目指そうと思った。だが、腕も足も上がらなかった。身体を動かすための決定的な何かが、流れ出てしまったかのようだった。
根負けしたように、ロジャーは再び苔の上に倒れ込んだ。身体の痛みは、不思議と遠ざかっていた。ただぼんやりとした眠気が、意識を包みこもうとしている。
(……死にたくない)
ロジャーは苦労しながら腰のポーチの蓋を開けた。まだ残っているはずの薬の瓶は、全て割れてしまっていた。じゃらじゃらしたガラスの破片の中から、ひとつだけ無事な瓶が転がり落ちる。顔に引き寄せてみて、思わず苦笑した。
それは、ボルトが強走薬Gと間違えて持ってきてしまった、活力剤だった。
これではだめだ。ロジャーは瓶を手から放した。澄んだ黄玉色の液体は、瓶の中で哀しく揺れた。
活力剤は、人体の自然回復能力を高めてくれる薬だ。傷の治りを早めるが、それは治る力があればの話である。身体にその力が備わっていないのなら、薬も効力を成さない。
身体は中身を失って壊れたガラス瓶であることを、ロジャーは悟っていた。
ごう、と山が火を噴く音がした。ざわっと大気がわななき、木々達が怯える。きなくさい臭いが漂ってきた。
ぞっとした。ここに灼熱のマグマが押し寄せ、自分を殺しに来るのだと思ったら。無性に怖くてたまらなくなった。
ロジャーはもう一度立ち上がろうとした。だが、動かせない。身体が自分の言うことを聞いてくれないのだ。生きるために動く力が抜けてしまっているせいだ。
煮えたぎるような己への怒りと絶望に、ぽたぽたと熱い雫が苔を濡らした。
「うぅ……ああああーーーっ!!!」
ロジャーは空を仰ぎ、叫んでいた。引き絞るような、赤子の泣く声にも似た叫びだった。
さくさくと、小鹿が落ち葉を踏んで駆け寄るような足音がした。呆然と暗い空を見上げていたロジャーは、驚いて振り向く。
木々の暗がりから、たいまつを掲げた小柄な影が駆けてくる。ターバンとマスクで顔を覆った姿に、さらにロジャーの双眸が見開かれた。
「君は……」
少年兵はロジャーを見つけると、背負っていた背嚢(はいのう)を下ろし、傍らに膝をついた。視線で断りを入れてから、ロジャーの額や喉、腕など、怪我の具合を確かめる。
「どうやってここに……?」
かすれた問いに、彼はしゃべらなかった。代わりに、マスクと襟の隙間から、赤い宝珠の付いた首飾りを引っ張り出して見せた。
「千里眼の護石と装飾珠か。そうか、自動マーキングで僕を見つけてくれたんだな……」
古代文明の遺跡からは、時々、人体の特殊能力を高める宝石が発見される。学者の理論では、ただの石ではなく、なんらかの機構を備えた装置であるとの見方があるが、解明はされていない。ハンターや職人達にとっては、理論より効力がまず重要なのだった。
千里眼の力であれば、仲間を捜すのもたやすい。こんなにも早く発見できたのは、さっき図らずも泣き叫んでしまったせいもあるだろうが……。
ロジャーの容体を診ていた少年兵の瞳が、悲痛に曇った。ロジャーも自分がどんな状況なのか、わかっていた。
「見つけてくれたのが……君でよかった……」
横たわったままマスクの顔を見上げて、ロジャーは微笑んだ。
「もうそろそろ、顔を見せてくれないか。……ユッカ君」
“彼”は小さく息を呑んだ。長いまつげがかすかに震え、やがて小さくうなずいた。
マスクに指をかけ、引き下ろす。
やっぱり。
ロジャーの眼元がやすらいだ。
愛らしい卵形の少女のような面影は、間違いなく、【迅雷の竜姫】ユッカであった。
あはは、やっぱり“彼”が彼女だと気づいてましたか^^
そういう伏線を張りましたので、気づいてくれて良かったです。
ロジャーも気づいてました。次回にちゃんと話します。
ささいなきっかけというか、行動でばれてたんですね。w
この場面を、もう2年か…最初から温めていました。ここを書くためだけに、密猟だのアルバだのを組み立てていったといっても過言ではないほどです。
私は最後の場面が浮かんでから物語を構築するので、早くラストシーンを書きたいと、馬にニンジンで頑張って書いております(笑)
終わるのが寂しいとのお言葉、ありがたいです。;;
こちらも書き終えるのがもったいなく感じていますが、やはり書きあげてこそ、ロジャー達も浮かばれるというものでしょう。
最後までお読みいただければ嬉しいです。よろしくお願いします^^
この時を待っていました!
でも、それすなわち、最終回が近いってことですよね・・・・寂しい><
そして、やっぱりロジャーは、ユッカだと気付いていたんですね~^^
実は・・・・
ロジャーが落ちたとき、探しにくるのはユッカだったらいいなと期待していました(笑)
彼女の瞳が曇ってしまったのは気になりますが、それは次回のお楽しみですね。
それにしても、このところずっと臨場感ある描写の連続で、手に汗を握りっぱなしでした~~。
早くほっとしたいけど、大団円を迎えるということは物語が終わってしまうってことでも寂しく、葛藤しています。
レンタル屋などで見かけたら見てみます!
ヘリから飛び降りかぁ、そういえばハンターも高い所からスタートすることがあるし、虫も食べちゃうし、案外ベアの影響受けてるのかもしれないですねw
不味そうに、ってのが萌えですねww
でもねー、ひとつだけ……
ヤツねー、何でも食べるんですよね(笑)
アレとかコレとか…まずそうに(笑)
ここだけはオススメできないポインツですな(笑)
毎回ね、ヘリから目的地に飛び降りる所から始まるんですよ!
くらくら〜^^;
もうこの物語も、いよいよ終わりに近づいています。
サバイバル編、じつにおもしろそうではありますがw
もう終わりなんです…書いてる私もさみしい;;
ロジャーが今どんな状況なのかは、また次回に…。
文章、褒めてくださってありがとうございます^^
表現にはいつも苦戦しているので、ちゃんと状況が伝わっていればいいなと。
ベア・グリルズ、検索してみました。ニコニコ大百科の概要読んで笑いました。なかなか面白い好人物のようでww
この人の番組面白そう!観てみたいなあ^^
次から次へとピンチが…!
落っこちて生きててよかったけど…次々と…^^;
思わぬところに思わぬひとが登場して、はー…やっと安心だあ…と思ったら、なんかユッカの表情暗いし…
落ちてくる時の鋭い痛みも気になるし…
表情が暗いのは、心配してるだけならいいんだけど…
「 地面に耳をつけると、どろどろと濁った音がした。火口から噴き出した溶岩が、大地を舐めつくして海に向かう声だ。」
ここのところの表現がすごい!と思いました。
なんともリアルで文学的な表現ですね!怖いくらい…
ロジャーがこずえに落っこちてきて、剣もなく、もしかしてサバイバル編突入!?かとわくわく……いや、心配しましたよ(笑)
大好きなベア・グリルズを思い出しました♬