Nicotto Town


ま、お茶でもどうぞ


モンスターハンター  騎士の証明~120

【英雄の帰還】

 ユッカは手近な石を拾って、たいまつを地面に触れないように立て掛けた。千里眼のスキルに加え、装飾珠で、野生勘が強くなる狩人のスキルも発動させている。地図を持たずとも地形を把握できる能力だ。
 だから灯は捜索に必要なかったが、あえて掲げて来たのは、ロジャーに自分の居場所を知らせるためであったと、ユッカは語った。
「……あなたの許しもなく、勝手について来てごめんなさい」
 ロジャーの傍らにひざまずき、ユッカは抑えた声で言った。ロジャーは半分閉じかかった目で彼女を見上げた。真摯に見下ろす顔は、決して憐れみを請う媚を含んではいなかった。
「薬を……」
 ユッカは背嚢を探ったが、ロジャーは弱く微笑んで止めた。
「……むだだ。もう、僕に薬は効かないよ」
 ユッカが小さく息を呑んだ。彼女も、わかっていたのだ。
 ロジャーはまぶたを閉じた。さっき叫びつくしたのが最後の力だったのかもしれない。だるさが増し、眠りの淵にいるような穏やかさが全身を満たしていた。
 額の辺りで、何か歯車のようなものがゆっくりと手前に回転している。それは時おり左右に反転しながらゆらめいた。
 歯車は球体のようにも思えた。胎児のように丸く、暗闇の中でたゆたう。これは僕の魂なんだろう。ふと、そう感じた。
「きっと……内臓をやられている。落ちた時、怪我に響いたんだろうね……」
 ユッカは否定しなかった。さっきロジャーの首筋に触れて、脈も体温もひどく下がっていることに気づいたからだ。
「それでも、試さなきゃわかりません」
 強い声で、ユッカは絶望への誘導を振り切った。背嚢から秘薬の小瓶を出すと、栓を抜いて、ロジャーの後頭部をそっと起こす。冷たい瓶のふちが唇に触れると、ロジャーは少しだけ薬を飲んだ。
 だが、速攻性のある薬効は、ロジャーに元の顔色を取り戻さなかった。
 ユッカは無言で唇を噛む。ロジャーは軽くかぶりを振って見せた。
「僕を置いて、君は仲間のもとへ逃げろ。もうすぐ火の手が来る」
「いけません。必ずあなたを連れて帰るって、皆さんに約束したんです」
 この状態でロジャーを動かすことは命にかかわる。ここで少しでも回復させなければならない。ユッカはめまぐるしく考えているに違いなかった。やがてその目が、ロジャーの顔の傍に落ちている薬瓶に止まる。
「これ、使いますね」
 素早く活力剤を拾うと、ユッカは背嚢から5冊もの調合書とケルビの角の粉末、調合道具を取り出した。
「いにしえの秘薬を作ります。それまで、こらえてください」
 いにしえの秘薬は、ハンターが調合できる医薬品で最も調合が難しい薬だ。わずかなりとも分量や加熱温度などを違えただけで失敗する。
 だが、活力剤に含まれる希少なキノコ、マンドラゴラと、万能薬のもととなるケルビの角の薬効が化合したとき、古代から伝えられる奇跡の治療薬が完成するのだ。
 傷のみならず、失われた生命力までも回復されるとされるそれに、ユッカは懸けた。
 地鳴りが遠くから響く中、ユッカは慎重な手つきで調合を開始した。

「……よく、ギルドマスターが同行を許したものだ」
 かすれた声で問うと、ユッカは作業をしながら、切なげに微笑んだ。
「行っておいでと、あの方はおっしゃいました」
 ロジャーと別れたあの夜、ユッカはその足でロックラックギルド本部へ走った。
 無理な願いを承知で、ギルドマスターにロジャー達との同行を頼もうとしたが、受付嬢に阻まれて通してもらえず、それでも食い下がっていた時に、トゥルーとランファが駆けつけて助けてくれたのである。
 彼女達の口利きで目通りを許されたユッカは、マスターに懇願した。
 自分が決して、売名や恋慕のために志願したのではないのだと訴えると、ならばなぜ、と竜人族の老人は穏やかに問い返した。
「……後悔、したくないから」
 計量匙(さじ)で粉末を量りながら、ユッカはしっかりした声でロジャーに言った。
「明日死ぬかもしれないこの世界で、待っているだけなんてできなかった。わたしにできることがあるなら、どんなことをしてでもやろう、って。あなたに嫌われても構わない、って」
 ユッカは深くうつむいた。
「それは、とても危険な考えだとわかっています。わたしがこうしてあなたのもとへ行くことは、あなたを殺すことにもなるんだと。人を動かす思いは、誰かを思うことも、憎むことも、同じところから来ているものだから。……わたしの行為が、逆にあなたを傷つけてしまうかもしれない。だから、身分を隠しました」
 男の格好をして、言葉を封じて。陰(かげ)となってでも自分の助けがしたかったのだ。ロジャーの胸を鋭い痛みが貫いた。
 この娘は、他の女達とは違う。強く思えば報われるという甘い考えを持っていない。ことさら自分の存在を主張し、相手に気に入られようと媚びたりしない。むしろ、ロジャーにそう思われることこそを恐れ、恥とする娘だったのだ。
(ユッカ君……)
 彼女にここを見つけてもらったとき、どうして安心したのか。理由がわかった気がした。
「マスターは、こうもおっしゃいました」
 小さなアルコールランプで乳鉢に入った薬液を加熱にかかる。ユッカは火の色を見て、温度が一定になるようかき混ぜ、続きを話した。
 ギルドマスターは、穏やかに微笑みながらユッカにこう告げた。
 ――彼は、自分が世界で一番孤独だと思っています。
 彼はこの大陸では最強と謳われるハンターです。彼は決まった称号を持たないのですよ。あまりにたくさんありすぎてね。今じゃ、からかいも込めて彼を“ギルドの最終兵器”などと呼ぶ者もいます。
 でもね、と老人はしわだらけの顔を子どものように笑ませた。
 ――私は少なくとも、ロジャーを道具と思ったことはありませんよ。我がギルドに所属するハンターは、みんなそうです。誰もが、彼らだけの心を持っている。痛みを感じる身体がある、かけがえのない存在なんです。
 でもロジャーは、あまりに才に恵まれすぎただけでなく、他人には共有しがたい、特別な感情をモンスターに抱いてしまう人だ。
 彼はモンスターを、名誉のためや、利益としては見ない。彼らの営みに心を震わせ、共感し、できることなら彼らと同化すらしてしまいたいと願うヒトです。
 彼はヒトであるゆえに、狩人として生きる道を選んだ。それだけが、命のやり取りを通してモンスターと同等に語り合う術だったからです。
 この世界で、そういう考えを持つヒトはとても少ない。ブルースやボルトはその、数少ない者達でもあります。
 けれどロジャーはまだ、自分が世界でひとりぼっちだと悩んでいるんです。
 なぜですか、とユッカは尋ねた。マスターは穏やかな微笑を崩さず、優しく言った。
 ――それは彼が、心の底では人間を憎んでいるから、ですよ。
 

アバター
2014/02/14 12:10
この章は長くなるので2つに分けました。承前(前回の続きのこと)に続きます。



月別アーカイブ

2023

2022

2021

2020

2019

2018

2017

2016

2015

2014

2013

2012

2011

2010


Copyright © 2025 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.