Nicotto Town


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モンスターハンター  騎士の証明~122

【十年の軛(くびき)】

 穏やかな朝の日差しが、大きな格子窓から差し込んでいる。
 エルドラ国大将軍ジル・ハドウルフは、きっちりと襟もとで留めた金の飾りに何気なく触れながら、窓辺に立って中庭を眺めていた。
「将軍、こちらへおいででしたか。もうすぐ式典が始まりますよ」
 軽いノックのあとで扉が開き、丈の長い文官のガウンを羽織った黒髪の青年が部屋へ入ってきた。眼鏡の奥で、穏やかな瞳が笑っていた。リトルである。
「今日は良い天気ですねえ。もうすぐ春も終わり……。まあ、砂漠地帯のこの国じゃ、ほとんど夏と冬みたいなものですが」
 傍らに立った旧友を見て、ジルは再び、庭へ目を戻した。
「あれから一年半か……あっという間だったな」
 ええ、とリトルはうなずく。
「こうして生きてこの日を迎えられたのも、みんな……あの騎士達のおかげです」
「ああ」
 ジルは目を伏せた。まぶたを閉じれば、ありありと、かの勇敢なギルドナイト達の面影が蘇ってくる。
 今日は、新生エルドラ公国の建国式が行われる。十年間圧政を敷いていた、元ガル国王が崩御してのち、ジル達は疲弊した国家を支えるべく働き、ようやく安定を得ることができた。
 大きな混乱もなく、わずか一年足らずで成し遂げられたのは、ガル国の歴史の中で偉業と言ってよかった。
「もし、あのときジルが勇気を出さなかったら……この国に平穏は訪れなかったでしょう」
 心地よさそうに日差しを浴びながら、リトルは言った。
「外交を閉ざしていたこの国にやってきた、ロックラックのギルドナイト達。あなたが、わが身をかえりみず助けを求めてくれたから、彼らは動いてくれた。この国に巣食う闇を暴いてくれたんですから」
「それは、ただの偶然だ。国のために動いていたのは、お前も同じだろう? お前こそ、反逆罪を承知で国王や宰相の身辺を調べ、内情をギルドに伝えようとした。幼なじみである私にも黙ってな」
 ジルに咎める口調はない。だが、リトルはちょっと寂しげに眉を寄せて笑った。
「……あなたに何もかも話せたら、どんなに楽だったか。けれど、ジルはこの国に必要でした。僕が国王の罪を暴くことで、民は国の支柱を失うのです。たとえそれが、自分達を長く縛り付けていた忌まわしいものだったとしても。――支えがなければ、人は生きていけません。不安と迷いに満ちたみんなを支えてあげられるのは、英雄であるあなたしかいなかった」
「英雄……か。私にはその名が苦痛だった。王の命令で、凶暴なモンスターと戦わされた兵士達に、今も顔向けできない。遠征のたびに自分だけ生き残って、死んだ兵達の家族になんと詫びたものかと、夜も眠れなかった」
 ジルはうつむいた。リトルは、穏やかに話しかけた。
「それでも、あなたはいつも、先陣を切って挑まれた。その勇姿に、皆が励まされたのです。保身ばかり考える他の兵長や貴族達と違って、親身に民を案じ、王へ苦言も呈したのは、あなただけでしたから」
 ジルは面を上げた。リトルの言葉に浮かれる様子もなく、ただ景色を眺めている。リトルは続けた。
「……僕は、そんなあなたが好きでした。だからあなたを巻き込みたくなかった。この国が、貧しくとも昔のように、皆が穏やかに日々を過ごせるようにするために。それが僕ひとりの命で済むのなら安いものだと……」
「それでも、私には――私にだけは、話してほしかった」
 初めてジルは、強い瞳でリトルを振り返った。リトルは唇を噛んで目を伏せた。
「……すみません。傷つけるつもりはなかった、けど……」
「……いいんだ。責めているわけじゃない」
 ジルは眉を開いた。
「私が同じ立場なら、お前と同じようにしただろうからな」
「ジル……」
 見つめ返した親友に、ジルは微笑んだ。だがすぐに、微笑は哀しい影を帯びる。
「……ガル国王が犯した罪は、あまりに大きい。だがあの方の死を、私は考えたくなかった。その情がいたずらに国政を悪化させていたのだとしても。しかし腹の底では、すみやかな死を願ってもいたのだ。王がいなくなれば、この軛から解き放たれる。宰相も、そう考えて陛下に薬を盛られたのだろう」
「ええ……。アラム宰相の苦悩、今ではとてもよくわかります」
 リトルは眼鏡の奥で、切なげに瞳を揺らした。

 かつて善政を敷くも、災厄に見舞われて性格が一変し、モンスターとハンターに復讐心を抱いてしまった国王。
 その王の傍で悪事を加担していた宰相は、王に気づかれないように圧政を押しとどめていたのである。もし彼がいなかったら、惰弱な臣下や領主達によって国は乱れ、滅びてしまっていただろう。
 王への親愛と、国政を預かる重責の間で、彼は、一刻も早くこの悲劇が終わることを望んだ。激しい復讐心に心を苛まされていた王は、数年前から心臓を患っていたが、その死期を早めるべく、弱い毒を薬と称して盛っていたのである。
 国王が死んで、新たな王位継承者を選ぶ会議が開かれたとき、宰相はジルとリトルを傍らに置いて、こう宣言した。
 ――ガル国王の血筋は滅びた。国王および皇太子亡き今、親族たる我、アラム・エルドラが第二継承者である。だが私は王位につかない。
 貴族達がざわめいたのを、卓上の小槌を叩いて黙らせ、アラム宰相は続けた。
 ――エルドラ国は今後、王を持たず、各地の長による議会制とする。ついては、この国の防衛に長く務めたジル将軍を大将軍に任じ、副官であったリトルを、私の補佐とする。
 またもどよめいた老人達に、宰相は全てを話して聞かせた。十年間、王と自分が何をしてきたかのかを。
 王の側近達は、事情を知っていたので黙っていた。怒りだしたのは各地の領主達である。彼らはアラムを宰相から引き落とし、処刑に導こうとした。そこへ一喝した者がいた。
 ――あなた方こそ、今まで何もせず、王の命令に甘んじていたではないか! 惰弱な同調こそ我らが罪。今こそ目を覚ますべきだ!
 ジルの激しい怒りに、小賢しい長達は気圧されてしまった。そこへ、リトルがロックラックギルドから受け取った狩場協定の書類を読み上げた。
 現エルドラ公国で発見されたピュアクリスタルの大鉱脈は、アラム・エルドラの天領である。アラムは採掘権を今後、ハンターズギルドへ一任する。
 ギルドは、派遣したハンターがそこで鉱石を採掘することを許可し、得た鉱石は市場に流通させる。エルドラは土地の権利料として、年間数億ゼニ―を受け取ることができる。
 金額を聞いて、貴族達の半数が安堵し、もう半数は不満そうな顔をした。独占できないのかと質問があった。リトルはかぶりを振った。
 ――独占しても市場に物が出回らなかったら、我々はもうけることができません。資源はギルドのお墨付きがあって、ようやく値(ね)がつくのです。今までは闇の業者に引き取ってもらっていましたが、それも無くなりましたから。
 自分達がいかに閉ざされた世界で生きていたか、貴族達は初めて恥じたようだった。リトルの説明が追い打ちをかけた。
 ――ハンターズギルドといえば、狩猟依頼を請け負い、ハンターを派遣、統率するだけの組織でしたが、それも大昔の話。今では、経済や物資の流通、海路や街道の整備など、人々の暮らしを支える一大組織となっています。
 世界中に流通している貨幣……ゼニ―も、ギルドが鋳造しているんですよ。それほどの組織が、どれだけ影響力を持つか、もうおわかりでしょう。
 彼らは世界の均衡を保つためなら、国政にも圧力をかけることができる。ギルドナイトと呼ばれる組織は、マスターの命により、均衡を崩すものを闇へ葬り去る役目を担うそうですよ。
 

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2014/02/22 11:18
ハルさん、コメント感謝です。

エルドラ国にロジャー達が訪れたのは、冬でした。
だから正確には、一年半過ぎてます。春が終わって、もうすぐ夏ですねと、リトルが言ってますねw
……あ、やっぱり「半」つけないとだめか!
すみません、セリフ修正しときます…(-_-;)

一見悪人だった宰相が、実は国の要であったというオチです。
ジルやリトルは政治家じゃないので、本来なら死刑同然の宰相までいなくなったら、誰も国を治める人がいなくなる。
なので、こういう結末にしました。

ブルース達のことも、のちほど。ここから先は、各人がどうなったのかのまとめになります。
いよいよ終わりが近づいているなあと、何やら寂しいです。

ジルとリトル、仲良いですね。長い信頼関係があるんですね~^^
萌え感謝ですw
アバター
2014/02/21 20:59
はああ…一年の時を経て、エルドラが再生し始めたんですね…
宰相も辛かったんだなあ…
リトルも、ジルも、こころに重い負担をかける時は、もう終わったんですね^^
皆が耐えて我慢しなきゃならない冬は終わったんですね…

ブルース達のことも気になります。
どうしてるのかな…

てか、ジルとリトルってちょっと萌(黙れ笑)



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