モンスターハンター 騎士の証明~123
- カテゴリ:自作小説
- 2014/02/25 00:45:29
【抜かずの剣】
ばかな、と保守派の貴族の一人がリトルを睨んだ。
たかが狩猟組合ふぜいが、なぜ高貴な身分の者にまで口出しできるのか、と。
リトルは穏やかにその問いに答えた。
――先ほどの説明にもあったように、経済力というものは、権力よりも強いものです。貴公のように、身分を持たないギルドを王族の敵とみなす国もあるとか。しかし、彼らとて何も手出しできないのです。強大な力を持つモンスターが襲ってきた時に対処できるのは、ギルドしかないのですから。
ジルが言い継いだ。
――その通り。並の人間では無力だが、ハンターは違う。かつて都が二度目のイビルジョー襲来の危機に瀕したとき、単身で救ってくれた騎士を、我々は忘れてはならない。
保守派が黙ったところで、宰相が話を続けた。
――我が国がギルドから受け取る鉱脈採掘権による財源は巨額であるが、その三分の二をギルドへの損害賠償金として充てる。残りの額は国民の生活保障、そして徴兵された兵士および、戦死者の遺族への賠償金とする。
先ほどとは比べ物にならない不服の声が会議場をどよもした。やっと国が豊かになれると聞かされたばかりなのに、その金は自分達の懐へ入らないのである。
宰相は小槌を机上で叩き黙らせ、全員を見渡した。
――希少鉱物の鉱脈は、我が国にとってかけがえのない財産だ。だが、我らが犯した罪のつぐないのために遺族らへ支払うのは、当然の義務である。
誰かが、それは自分達には関係ないと叫んだ。その声に次々に同調し、誰かが、宰相は死をもって罪をつぐなうべきだと言った。またも同調の唱和があがった。
予想していた事態だったが、ジルもリトルも、ただ声を荒らげるしかできない大臣達に怒りを募らせていた。
臣下たるもの、どのような君主であろうと従うのが常である。しかし、一国を背負う王が道を誤った時は、身体を張ってでも止めるべきだった。だが、彼らはそれをせず、不服を腹に溜めこみながら命令に甘んじ続けていたのである。
嵐のような批判の中、宰相はじっと彼らの暴言に耳を傾けていた。そして、ようやくその声が収まりかけると、重々しく口を開いた。
――皆の言うとおりだ。本来なら、私が死をもって責任を取るべきだ。だが、ここにいるジル将軍やリトル副将は、武力をもって王座を追うことはしなかった。この意味を、貴公らも考えてもらいたい。
意味を量りかねて、貴族達が顔を見合わせる。宰相は淡々と言った。
――王の圧政から逃れるには、その死しかなかった。だが、武力で政権を奪取する前例を作れば、悪しき手本として次代の者達に刻みつけられてしまう。それだけは、あってはならないのだ……。
そして宰相は、深く一同に頭を下げた。
――我が身の不覚により、王の道を正せなかったことを許してほしい。この国をもう一度穏やかな治世へ導くために、私は身命を懸けて働くことを誓う。私の宰相報酬は、全額国庫へ返還し、民の保障へ充てることとする。
生きて罪をつぐなうのだと、皆が悟った。業腹な貴族達も、その真摯な姿勢に打たれたか、静まり返っていた。
ジルとリトルは、宰相の背を初めて偉大だと感じた。
ジルとリトル、宰相は、その会議の翌日、市民を城の広場に集めて演説した。
十年間嘘で塗り固められてきた国民に、これ以上隠すことはできないと、ほぼ全てを話して聞かせた。
ただ、宰相が王に加担していたことだけは伏せた。
全ての罪は、死んだ王に背負ってもらおう――と、リトルが発案したのである。
――国民にとって一番欲しい情報は、悪が消え去って新しい未来が来るのだということです。生活が安定し、兵役に取られていた家族が戻ってくること。それだけが願いなのですから。
生真面目なジルは、その嘘がいずれは明るみに出るのではと心配したが、リトルは軽くかぶりを振った。
――その時はその時です。でも事実が明らかになるころには、宰相殿の背負ったものへの配慮も、できていることでしょうよ。
リトルの思惑が当たったか、集まった市民達は王への怒りもそこそこに、やっと暮らしが楽になることを喜んだ。
軍備は縮小され、希望者を募って、兵役に勤めていた男達を家へ返した。働き手が戻ったことで、ロックラックへ風俗業の出稼ぎに出ていた女達も、ぽつぽつ戻ってきた。
「三十年分の借金か。賠償金のつけは大きいな。それまでこの国がもつかどうか?」
窓から差し込む初夏の日差しに目を細め、さして心配もなさそうにジルが言った。リトルも笑う。
「ギルドへの賠償金の額には驚きましたよ。鉱脈がなかったら、百年はかかるところでした。でも、無利子返済期限なしの損害賠償で済ませた、ロックラックギルドマスターの裁量にも驚きました」
「そうだな。竜人族は人格者が多いというが、温情ある措置で良かった。私の父も、死刑を免れたしな」
「ええ。懐が広いというか……そこがハンターズギルドの良さなのかもしれませんね」
「ああ……」
ジルは、もう会うこともない父親、ガレンの面影を思い浮かべた。
国王が崩御した夜、ギルドナイト・ティオによって、密猟と脱走罪で連行されるとき、ティオは父を案じるジルに優しく言ったのだった。
――今回の件は、情状酌量の余地が大きいでしょう。おそらく、開拓地での重労働六年間で釈放されるかと。ガレン殿につき従っていた部下さん達は、それより短い懲役で済むでしょうね。
死刑を覚悟していたガレンとジルは、あっけにとられてティオを見ていた。ティオは微笑してうなずいてみせた。良かったなと、アイが茶化すように笑った。
――もし暇になったら、俺を尋ねてこいよ。あんた、素質あるし。一から、ハンターとして鍛え直してやるよ。
アイの申し出に、ガレンは微笑んで承諾した。
――そうだな。それも、悪くない生き方だ。
一度ハンターズギルドを離れ、無許可で狩りをしていたアイは、多額の賠償金を支払うことで罪を許され、正式にギルドのハンターとして登録し直す権利を与えられた。
蓄えに困っていなかったアイは、「即金で払ってやるよ」と軽口を叩き、条件を受けた。
――そういうわけだ、ジル。最後にお前に会えて良かった……。息災で暮らせよ。
ここに来てようやく、温かい笑みを息子に向けると、ガレンは、ティオに連れられて、アイと共にその場を去って行った。
一度も振り向かずに。
父がこちらをかえりみなかったことにジルは寂しさを覚えたが、胸のどこかで、すがすがしさを感じていた。
もう昔のように暮らせないのだと言い聞かせても、悔し涙は出なかった。お互いに別々の道を歩いていくことが最良なのだと、わかっていたからだ。
「……失礼します」
小さく扉を叩く音がして、鈴の音のような声がうかがった。
「皆さんがお待ちかねです。おふたりとも、広間の方へいらしてください」
「やあ、ミハルさん、すみません」
扉の脇に立つ、透き通るような肌の女官を振り返り、リトルが笑顔で謝った。
「つい話し込んでしまった。ジル、行きましょう」
ジルはうなずいた。リトルに味方して情報を集めていたミハルもまた、勇気ある女性だった。父親と兄を徴兵で失い、心のよりどころである恋人を守りたい一心で、危険な役目を引き受けてくれていた。
彼女も翌月に、婚礼を挙げる。希望の芽がここにも生まれていた。
「……なあ、リトル」
「はい?」
部屋を出ようとしたリトルに、ジルは、腰の剣に手をかけて言った。
「私はもう、二度とこの剣を抜かない。そんな時代がつくれるように……力を貸してくれ」
リトルは輝くような笑みを浮かべた。
「もちろんです、ジル」
宰相の終わり方は、書く前から決めていたので、そう言っていただけて何よりです。
ありがとうございます^^
昔の時代劇みたいに、「悪党は死んで終わり」もすっきりしそうな気もしますが、そうはしたくなかったんです。
それに、政治の才能がないエルドラの大臣達がいるから、宰相が死ぬまで頑張らなくてはならなかったんでしょうね。
それもまた、罪の償いじゃないかと。
ジルとリトルの萌え頂きました~ありがとうございますww
書いているときは気づきませんでしたが、アイとガレンもなんか…仲良くなってますよね…(笑)
孤独だったもの同士、これから支え合っていければいいですね。
ミハルも幸せそうで良かったです。砂漠地方の住まいなのに、雪のような肌。w
よそから移住したのかもしれないですね。そんなことも、想像して頂けたら嬉しいです。
次回からは、いよいよ、ギルドナイト達の結末です。最後までお読みいただけたら幸いです。よろしくお願いします。
あの意地悪そうな感じだった宰相が、まさかこんなに深謀遠慮で思慮深いひとだとは思いませんでした!
気持ちのいい裏切られ方ですな(*^◯^*)
リトルも、いつ『渋谷〜』って言い出すかとハラハラしますね(嘘です笑)
なんてステキな登場人物の多いことか。
ロックラックのギルドマスターさんも、宰相も…
そんな中に少しでも混ぜていただけて、蒼雪さんにすごく感謝してます。
ありがとうございます!
めっちゃうれしいのですぞ!ヽ(〃v〃)ノ
みんな、それぞれのケリのつけかたがありますね^^
終章まで楽しませていただきます(*^◯^*)
そしてやっぱりリトルとジルが萌(お黙り笑)