モンスターハンター 騎士の証明~124
- カテゴリ:自作小説
- 2014/03/04 08:28:01
【森丘(もりおか)にて】
風が渡っていく。
見渡せば胸のすくような濃い青空。彼方にはうっすらと雪を抱いた山脈が峰を連ね、大きな湖が昼の日差しを受けてきらきらと輝いていた。
初夏を迎えた草花は、みずみずしく柔らかで、穏やかな風を受けるたびに、喜ばしそうに身をゆだねていた。
深い森と丘陵が絶妙に折り重なったここは、森丘と呼ばれている。旧大陸の中でも景勝地として名高く、また、飛竜種が好んで生息する狩り場でもあった。
湖にほど近いなだらかな丘で、ボルトは腰を下ろして手紙を読んでいた。あぐらをかき、大きな背を丸めるようにして、もう何度も読み返してくたびれた紙片を眺めている。
――ボルトしゃん、おげんきでしゅか。ボクはトゥルーしゃんと、たくさんもんすたーのちょうさをしまちた……。
手紙は2枚あった。一枚目は、文字が書けないアンデルセンが、可愛らしい肉球に墨を付けていくつも押し付けたものだ。アイルー族は、文字の代わりに肉球の数で意思疎通するらしい。
もう一枚は、アンデルセンの主人であるトゥルーが代筆したものである。美しい文字で、アンデルセンのしゃべったそのままに書かれたあと、彼女の言葉で、これまでの礼がつづられていた。
ボルトがしんみりと手紙に目を通す傍らで、ブルースが肉を焼いていた。おこした炭火の上で、2本の支柱にセットした大きな骨付き肉が、ハンドルを回す彼の手でゆっくりと回っている。ちりちりと脂が焦げる音に耳を澄ませる様は、まるで天地の摂理を考察する賢者のようだ。
けれど、大の肉好きのボルトは、そちらに目を向けようともしない。
あれから少し変わったなと、ブルースは思う。暇さえあればアンデルセンからの手紙を取り出す姿にも、もう何も言わなくなった。
(無理もないか。それほどの存在だったんだからな)
煌黒龍アルバトリオン討伐から、早くも一年あまり。それでもボルトには、あの愛らしいアイルーの面影が離れてくれないらしい。
煌黒龍アルバトリオンの討伐からロックラックへ帰還して2日後、トゥルーとランファは別れを告げた。
一刻も早く、古龍観測所や古生物書士院に報告しなければならないと言った。
ボルトとの再会を喜んだアンデルセンは、それを聞いて泣き出しそうになった。今や彼にとって、ボルトはトゥルーに匹敵する大好きな人になっていたからだ。
ミナガルデ行きの飛行船の前で、アンデルセンはもじもじしていた。しきりに、見送りに来たボルト達と、出立の準備を整えたトゥルーを見比べていた。
すると、トゥルーは覚悟を決めたようにうなずき、そっとアンデルセンに言ったのである。
――いいのよ、アンデルセン。ボルトさんのところへ行きなさい。
えっ、と驚いたのはアンデルセンとボルトである。トゥルーはボルトに頭を下げた。
――どうかこの子を、よろしくお願いします。
夢じゃないのか。ボルトはぼうぜんと、アンデルセンがこちらへ駆けてくるのを見ていた。
――ボルトしゃん、ボク……!
――アンデルセン……!
軽い身体を抱き上げて、ボルトは思いきり抱きしめた。だが、トゥルーとランファがそれを見届けて飛行船へ乗り込もうとした時、ぴくりとアンデルセンが顔をそちらへ向けたのである。
その時、ボルトの顔が不思議と優しく微笑むのを、ブルースは見た。
――ありがとうな、アンデルセン。
ぐすっと鼻をすすりながら、ついでに、日なたのようなアンデルセンの匂いを胸一杯吸い込んで、ボルトは小さな身体を静かに地面に下ろした。
――ボルトしゃん……?
小さな薄桃色の鼻がひくひくしている泣き顔へ、ボルトは笑いかけて、大きな手でウサギの垂れ耳を模したアンデルセンの帽子ごしに、頭をなでてやった。
そして、くるりとその体をトゥルーに向けさせた。トゥルーも気がついて、驚いてボルト達を見た。
――行けよ。あっちでも、元気でな。
アンデルセンは、ううっと涙をためてボルトをふり仰ぎ、顔をくしゃくしゃにした。そして、ぴょんと飛び上がると、広い胸に飛び付いた。ボルトは振りほどかず、黙って泣き震える背をなでた。
やがてアンデルセンは、意を決したように軽々と宙返りしてボルトの胸から飛び降りると、トゥルーのもとへ駆けて行ったのである。
戻ってきたアンデルセンを腰のところで抱きしめ、トゥルーは再び、ボルトへおじぎを返した。彼女もまた、涙ぐんでいた。
それきり、多忙な彼女達とは会っていない。
けれど、ときどき手紙が届くようになった。ボルトは、初めてもらった一通を肌身離さず持ち歩き、思い出しては眺め返している。
(アルバトリオン戦のときは、殊勝に回避を勉強するとか言っていたが。相変わらずその傾向は見せないし、砲撃バカだし、こいつに限っては永久不変だと思っていたがな)
肉を焼きながら、ブルースはあるかなきかの微笑を口縁に浮かべる。
(人はどこかしら変わっていく、か……)
ブルースは、討伐帰還後に、一人だけロックラックギルドマスターとギルドナイト副長のティオに呼び出されていた。
薄暗いその部屋には、いつもは顔を見せない2人のギルドナイトもいた。彼らの顔を見て、ブルースはなぜ自分が呼ばれたか気づいた。
――これまでの功績を認めた上で、あなたには特命を授けます。
マスターは厳かに、ひざまずいたブルースへ言った。
――今回の事件であなたが見せた行動の数々。その判断力と冷徹さを評価しました。裁きにあたって、迷いや情に流されてはならない。あなたはロジャー達にはない適性がある。
と、ティオが評価した。マスターはうなずき、重々しく言った。
――罪を犯した者すべてが死する必要はない。しかし、時にそれしか方法が無い場合、我らはあえて断罪を行わねばならない。そのために、どうか働いてください。
マスターの言葉は、ブルースにとって苦ではなかった。もとよりそのためにナイトを拝命したのだ。自分の強すぎる潔癖さや正義感の強さをもてあますくらいなら、いっそ闇に身を投じてでも、何かに貢献したい気持ちが強かった。
――つつしんで拝命いたします。
毅然と面(おもて)を上げ、ブルースはギルドの紋章が付いた漆黒の剣を受け取った。
ボルトはそのことを知らない。自分の任務は仲間にも知られてはいけないことだから、これから先も口にするつもりはない。
まだ手を血に汚してはいないが、もし、知られてしまったら。
(そのときは、素直に殴られてやろう)
ブルースはふっと微笑んで、焼いていた肉を火からぱっと持ち上げた。肉汁がさっと赤く燃える炭に落ち、香ばしい匂いがふわりと広がった。
「――上手に焼けました。さあ、昼食にしましょう」
「ん、ん~っ……」
男の伸びをする声が、ブルースのすぐそばの草むらで聞こえた。ぎゅっとふたつの拳を握りしめて頭の上に伸ばし、気持ちよさそうにあくびをする。
「ああ、つい寝ちゃったよ。ここはいつ来てもいいね」
「もう初夏ですからね。一番いい季節です」
ひんやりと柔らかい草から上半身を起こした紅いギルドナイトに、ブルースは微笑んで肉を手渡した。
「どうぞ。熱いですから、気をつけて、ロジャーさん」
「いただきます」
端正な顔をにっこり微笑ませて、深紅のギルドナイト――ロジャーは、両手で骨の端を持つと、うれしそうに、岩塩を振った熱々の肉にかぶりついた。
いつも丁寧なご感想ありがとうございます^^
終わりが寂しいとのお言葉、書き手として光栄極まりありません。
残すところ、いよいよカウントダウンに入りました。最後までお付き合い頂ければ嬉しいです。
やっぱり、アンデルセンはトゥルーのもとへ帰っていきましたね。
アイルーにとって、最初のご主人は特別な存在ということもあります。いつまでも恩などを忘れないんですよ。
ボルトのところにとどまったとしても、トゥルーのことを折に触れ思い出してしゃべるんだろうなとボルトは察したので、未練を断ち切ったわけです。
自分とトゥルーを秤にかけたのではなく、少しでもアンデルセンに寂しい思いをさせたくなかったんですね。彼なりの思いやりでした。
ブルースは、結局こうなりました。でもこれで良かったと思います。
ロジャーは殺人そのものに忌避感があって、ボルトは情に動かされやすいのが適正から外れた理由でした。
その点、ブルースは目的のために完璧に動くだろうと、それを見込まれたんですね。
殴られてやろう、というセリフは書いていて流れで出たものですが、気に入っています。読み取ってくださってよかったです。
ロジャーは、なんだかかわいくなりましたね(笑)
今までいろいろ背負い込んでいたものを下ろして、ふっきれたのでしょう。
いつの間にかブルースもロジャーを隊長と呼ばなくなったところを見ても、全員対等な関係になったんだろうなと思います。
肉、おいしそうですよね!ww
私もこんがり肉が食べたいです。スペアリブなら再現できますかね。鶏のもも肉だと豪快さが出ませんから。
スペアリブって良いのがなかなか売ってないんですが、見かけたら私も買って食べたいですw
エピローグをしっかりと読ませて貰えるのは、読者として嬉しい限りで。
少しずつ最終回に近づいていっていますが、その寂しさを上回るものがあります。
今回も、いいシーンばかりですね~!!
ボルトとアンデルセン。
期待していた通りだったけど、読んでいてジーンときました。
ボルトにも、あの狩りを経て、どこか変化があったようで……。
人っていくつになっても成長できるんだなぁって^^
ブルースについては、ここまで想像していませんでした。
でも、ブルースには合っていると思います。
そのときは、素直に殴られてやろう、っていうのは、さりげなく格好良いですね~^^
そして、ロジャーさん。
ちょっと、丸くなりました?^^
今回の狩りの前後で、ボルトやブルースと居るときの感じも、ちょっと変わったんじゃないかなぁと感じました。
彼の生還の軌跡は、次回のお楽しみなんですねw
三人三様の変化がそれぞれにあって、いいですね~。
それに、三人が一緒にいるその空気感がいい。
それにしても……お肉が美味しそうですw
うん、今度、スペアリブでも買ってきて焼きますww そして、岩塩を振って食べますww
お褒めありがとうございます^^
あはは、ボルトは一緒に寝たいでしょうね~。日がな一日すりすりしていそうですww
この場面は、物語を思いついたときから決めていたもので、やっと書けました。
やっぱり、これしかないよなぁという感じです。でもボルトの心には、ぽっかり穴が開いたみたいですね。
ボルトならそのうち立ち直るでしょうが、でも、心の中で一番大事に思う存在のはずです。
アンデルセンもてもてですねw
ブルースは後悔していないようなので、彼にとってもまた、ベストな終わり方でしょう。
これまでにも、ためらいなく犯罪者に銃を向けていましたから。適材適所なのでしょう。
でも、責任の重さに悩む日も来るはずで。仲間にも秘密の任務ですが、同じナイト仲間なら、知られてもさほど罪には問われることもないでしょうし、そのときはそのときですね。
ロジャー、生きてました。肉うまそうに食べてますね(笑)
とりあえずこれで全員無事。あとは、どうしてロジャーが助かったのか書いて、それから彼女達のことも。
もうしばし、お付き合い頂けたらうれしいです。
これはアレじゃないですか、一緒に寝たいどーぶつ、の括りでいいんじゃないですか(笑)
アンデルセンちゃんもボルトも♬
大好きなのに、行かせてあげるのは身を切られるようにつらいのに……ボルト、えらかったですねぇ!
うううう…ぐすん(艸ωU`*)゚。
それとは正反対の重荷を背負ってるブルース……
いつその重い荷物を降ろせるのか…
そして無邪気なロジャー……え、む、無邪気!?
元気でいたんですねぇ!
よかった、よかったあー!
ひとまず皆の無事が確認できてホッとしました♬(*^◯^*)