【スピンオフ】 神の社 参 【ポロリもあるよ】
- カテゴリ:日記
- 2014/03/07 23:44:24
暫くの沈黙の後。
童は固まったように動かなかった。
動けなかった。
気配は完全に消えたけれども、何時あの気配が戻ってくるか分らない。
確かに、あの気配は自分に「此方へ来い」と言ったのだ。
何がなんだか分らなかった。
ただぼんやりと生を貪っていた自分の身に起きた不可思議な出来事。
何時の間にやら恐怖は消えていて。
もとよりこの状況への現実感も消えていた。
もしかしたら自分の足枷を繋ぐ鎖が壊れていたのも偶然ではないのだろうか。
そうでなければ、この現状はあまりにも出来すぎている。
さらりと肩にかかっていた白い髪が零れ落ちる。
視界の隅にそれを捉えて、何故だか酷く安堵した。
行くべきか、行かぬべきか。
屋敷には先ほどの何かと自分以外には人の気配はなさそうだった。
なんの音も聞こえない。唯々静寂を保っている。
使用人や、父や母は何処へ行ったのだろうか。
祭祀であるならこの家の中で事足りる。外出する必要などない。
そもそも、父や母がこの家に居るのであれば先ほどのような妙なものが屋敷内を闊歩できるはずもないだろう。
____腐っても我が家は神持の家だ。
カタリと襖の引き飾りに手を掛ける。
僅かな抵抗の後、思いのほかあっさりと、すべるように襖が開かれた。
途端。
流れ込んできたのは。
「____っう゛、ぁ...。」
むせ返るような血と獣の匂い。
鉄臭い、ねっとりとしたような甘い匂いと鼻の奥に何時までも残るような饐えた匂いが織り交ざった吐き気を催すような匂い。
思わず口に手を当ててえずく。
じわりと瞳に生理的な涙が浮かんだ。
涙を袖で乱雑にぬぐい、口に手を当てたまま薄暗い廊下を見回す。
嘔吐してしまうような異臭に皮膚さえ侵食されてしまう様な気がした。
ぼんやりとした視界に見えたのは、屋敷の長ったらしい廊下と、
赤黒い生乾きの液体が線を引くように廊下の奥から此方へと続いている様子。
それは血まみれの何かが廊下を這いずってきた様で。
そしてこの部屋の前で跡はぱたりと消え失せていた。
やはり、行って確かめるべきなのだろうか。
先ほどの何かが自分を呼んだ理由も。
この血痕のわけも。
目の前の光景に、躊躇いがちに部屋から廊下へと一息に踏み出す。
付き添いもなくこの廊下へと出るのは初めてだ。
血痕らしきものを踏まぬように細心の注意を払う。
足袋が汚れてしまうのが厭だというよりも、誰のものかわからない血液に足を浸す気にはなれなかった。
気味が悪い。
本当に誰も居ないのか。
全くと言っていいほどこの屋敷には人の気配がしなかった。
完全な静寂。
先ほどの何かの気配も完全に消えうせている。
襖に掛けたままだった手を下ろす。
何の気なしに襖に視線をやると、やはり何かで擦ったように赤黒い液体で酷く汚れていた。
顔を近づけてみれば、やはり濃い血の匂いがする。
____誰の、ものだろう。
ひたり、と廊下に足をつけて壁沿いに血の跡を辿り歩く。
一歩一歩ゆっくりと歩みを進めるたびに血と噎せ返るような獣の匂いが常に増していようだ。
怖いという感覚よりも、むしろ奇妙な好奇心のほうが勝ってしまったか。
童は無言のまま足を進める。
歩くたびにじゃらじゃらと喧しく鎖が音を立てた。
続きが気になります(^^)