モンスターハンター 騎士の証明~125
- カテゴリ:自作小説
- 2014/03/11 13:45:01
【天空の王者】
大地の咆哮が黒煙の螺旋となって天空と繋がる。
煌黒龍の死を呑みこんだ火の山が流すのは灼熱の涙だろうか。
「――わたしが行きます!」
ごうごうと吹き荒れる黒い嵐の中、気流にもまれる飛行船の甲板の上に毅然とした娘の声が響いて、ブルースとボルトはぎょっとした。
トゥルーの声でも、ましてランファでもない。荒れ狂う風をものともせず立ってこちらを見つめているのは、かの少年兵だったのである。
「君は――まさか」
ブルースの問いに、彼――彼女は、目から下を覆っていたマスクを下げて見せた。
強い意志が瞳と、固く引き結んだ唇に凝(こご)っていた。それだけで、問う理由はなくなった。ブルースが叫んだ。
「トゥルー! ランファに速度を落とすように伝えてくれ。急げ!」
背嚢を胸の側にして、背には落下傘が入った袋を背負うと、ユッカは恐れることなく火の雨が降り注ぐ虚空へと飛び降りた。
やや風に流されて白い防火布の傘が3つ開くと、ブルース達はほっと吐息をついた。すぐに船を旋回させて、溶岩の来ない、一番近い砂浜に急いだ。
そこに着陸して、彼らは待った。祈るような数時間が過ぎ、水平線に白々と太陽が昇り始めるころ、ようやく林から、ロジャーを背負ったユッカが走ってきたのである。
船尾にある出入口にユッカが入ると、すぐさま飛行船は離陸した。
「ロジャー! 無事だったか!」
甲板に上がってきたユッカと、その背のロジャーに、喜び勇んでボルトが声をかけた。
ユッカの表情は、静かだった。ロジャーはユッカの肩に顔を伏せて、動かない。ユッカが歩くごとに頼りなく揺れる彼の手足を見て、ボルトの顔から徐々に血の気が失せていった。
ユッカは皆の前まで来ると、そっと背中の男を甲板に横たえた。誰も言葉がなかった。
「どうなんだ? ブルース……」
ロジャーの傍らにひざまずいて、閉じたまぶたを指でこじ開け、首筋や手首に触れているブルースへ、こわごわとボルトが尋ねる。
ブルースは、悲痛に端正な眉を寄せた。小さくかぶりを振る。
「息をしていない。脈も止まっている。これは……」
冷たい塊を飲みこんだように、ボルトが息を止めた。トゥルーが泣き出しそうに口元を両手で覆う。
「……そだろ」
ボルトは風に飛ばされそうなかすかな声でつぶやいた。数歩ロジャーの傍へ近づいて、ごとんと鎧の音も重々しく腰を落とす。
「嘘だろ……」
ブルースは、黙っていた。ユッカも、言葉もなくただ、ロジャーの安らかな表情を見つめていた。風と、飛行船を動かすプロペラと、今は後方に遠ざかっている鈍い地響きの音だけが、空間の全てだった。
トゥルーはかける言葉もなかった。うなだれてロジャーの傍に座り込むブルースとボルト、そしてユッカを見て、自分がここで声をあげて泣くのは、畏れ多いように感じた。
舵を操るランファにそのことを伝えるために、彼女はそっとその場を離れた。
トゥルーがいなくなったのにも、ふたりのギルドナイトは気づいていなかった。
ロジャーはまるで良い夢を見ているかのように、穏やかに目を閉じていた。
全身に浴びたアルバトリオンの血液が、べったりと黒髪にこびりつき、いくつかの房となって赤黒く固まっている。ギルドナイトのスーツはあちこちに破れが見え、装甲もゆがみ、剥がれ落ちていた。
ふいに、ぐうっと獣がうなる声がした。ボルトだった。
「ああああああっ!!!」
割れた声をあげ、ボルトは傍らに置いていた自分のガンランスを引っつかむと、舷側へ向かって走り出していた。そして、ためらうことなく手にしたそれを放り投げた。破岩銃槍ズヴォルタは、深い蒼の水面へ見る間に吸い込まれていった。
ハンターにとって、武器は命と同じだ。ましてその武器は、一生に一度作れるかどうかという代物である。だがボルトは、わめき続けていた。甲板を両の拳で殴り、自分が壊れてしまえと言わんばかりに。
「なんでお前なんだ! なんでお前なんだ!! なんでお前なんだよおお……!!」
答えるものはなかった。ブルースは魂が抜けたような面持ちでいた。
狩人として生きていく以上、このような結末は誰にも平等である。だが、いつかそうなると理解していても、すぐに割り切れるほど、人の心は強くない。
死、という、この世の何もかもが通り抜けていく道を、ひょっとしたら自分は免れているのではないか。そんな夢想に対して、現実はただ、ありのままを突きつけてくる。
ユッカはロジャーの顔を見つめながら、不思議と涙は出なかった。大切な人はもうこの世にいないという実感がなかった。
ただ胸には、いとおしい気持ちだけがあった。この背中で、ロジャーは生きていた。そのぬくもりの名残りが、ただ、いとおしかった。
ユッカはロジャーから顔を上げ、空を見た。日が昇った空は青く、澄みきっていた。白い雲が湧き、ゆっくりと飛行船の脇を流れていく。
その雲の間に、飛来する影を認めて、ユッカはまばたいた。
「飛竜?」
「え?」
ブルースがユッカの視線を追った。ボルトもまた同じく目を向ける。
陽光にきらめく絹のような海面には、小さな島々が並んでいる。そこから来たのだろうか、一頭の赤い飛竜――リオレウスが、風に乗って船の左方向を飛行していた。
「やべえ……」
武器を海に投げ捨ててしまったボルトが、口に拳を当てた。
「襲ってくるか……?」
緊張を隠せず、ブルースは船橋にいるランファとトゥルーに知らせるべきか迷った。つがいの雌以外は敵とみなすリオレウスが、こちらを認識したらどうなるかは明らかだ。
「こちらへ来ます」
ユッカはなぜか、飛竜に恐ろしさを感じなかった。孤独に飛ぶその姿に、なぜか、ロジャーが重なった。
やがて飛竜はこちらへ近づいてきた。満身創痍のブルース達は、横たわるロジャーの傍で身を低くした。
襲われるか。全員が息をつめたその時、リオレウスの影が彼らの上を横切った。
皆が、驚いて天空の王者を見上げていた。“彼”の姿に、ユッカは見覚えがある気がした。
死都クドまで伴侶を捜しに来た、あのリオレウスだったのか。
深紅と漆黒の鱗と甲殻に身を包んだ空の王は、何事もなかったかのように飛行船をあとにした。その瞬間である。
ふうっ……と、あえかな吐息をユッカは耳にした。弾かれたようにロジャーを見た。
「……ああ」
初めて、ユッカの瞳に光るものが浮かんだ。
ロジャーの胸が、かすかに上下している。
生きている。ロジャーが、息をしている!
「そんな……まさか」
ブルースが、ぐっと胸を詰まらせた。ボルトがわっと泣き出した。
「ロジャー! よかった、よかったなあ……!」
狩人は奇跡を信じない。神や縁起をかつぐものもいるが、得たものは全て、自分達が行動した結果だ。
もし奇跡というものがあるならば、それすらも、緻密に計算された事実の重なり合いでしかない。
だが、たとえそうだとしても、奇跡という言葉の響きは、ユッカ達にきらめく光となって届いたのだった。
一命を取り留めたロジャーは、ロックラックに帰還してからも眠り続け、目覚めたのはトゥルー達が去った翌日であった。
容体は日ごとに良くなり、医師が舌を巻くほどの回復ぶりだった。その原因について、ロジャーを診た彼らの推察は、ロジャーが飲んでしまったという、アルバトリオンの身体を流れる古龍の血によるのではないか、ということだった。
未知の成分で構成される古龍の血に、ユッカが飲ませたいにしえの秘薬が“奇跡的な”反応を見せ、蘇生をうながしたのであろうと。
はい~、このための伏線でした^^
奇跡はないといえども、それはやはり奇跡と呼べるのでしょう。
生まれ変わったロジャー、とても晴れ晴れとしていますね。人間本来の姿って、誰もがそういうものなのかも。
彼も新しい人生を歩んでいくのかもしれません。もちろん、ハンターは続けますけどね^^
アルバトリオンの血!ここで!
かの古竜の血と、古の秘薬と、きっと想いが、奇跡を産んだんですね。
まさしくロジャーは生まれ変わったのかもしれませんね。
あの少しあどけない姿は、本当のロジャーなのかも…
でも、戦えるのかしら?とかちょっと不安に思ったりします(笑)