Nicotto Town


ま、お茶でもどうぞ


モンスターハンター  騎士の証明~126

【僕の小鳥】

 古龍の血の効果について、さらに驚くべきものがあった。
 身体が回復するにつれて、ロジャーの身体に醜く刻まれていた古傷のほとんどが、きれいに消えてしまったのである。
 まるで神話の英雄が黄泉から復活したかのごとく、ロジャーは生まれ変わった。
 その証拠に。
 彼の黒い瞳には、あのアルバトリオンの放っていた妖美な紫の輝きが宿っていたのだ。
 それは、針の先でひっかいたような、目を凝らさねばわからない小さな光であった。
 黒みがかった虹彩にきらめく光は、まるでそこに、かの煌黒龍の生命が息づいているように、人々には見えた。
 学者達はこぞって原因究明に意欲を見せたが、ロジャーを研究には使わせないとギルドマスターが厳命を下したため、彼の安全は保障された。それでも希少な事例のため、ロジャーが死した後、その体を献体する約束になったのだが。
 ロジャー自身には、瞳の変化以外、とりたてて他の人間と変わったところはない。身体能力も今までのままだ。

 ロックラックのハンター専用医院で目を覚ましたロジャーの傍らに、ユッカの姿はなかった。
 付き添いをしていたのはブルースで、目覚めて間もないロジャーに、彼女はすでに街を後にした、と告げた。
 ロジャーが入院したのを見届けたその足で、故郷ユクモ村方面へ向かう飛行船に乗ったのだと。
 枕元には、ユッカが預かっていたロジャーの騎士の帽子が置かれていた。
 ――どうして。なぜ、傍にいて、僕が起きるのを待ってくれなかったんだ?
 ロジャーの落ち込みようは、彼を知る者が全員驚くほどのものだった。25日間の療養ののちに退院した後も、ため息をつかない日はなく、思いつめたように遠くを見ては、もの思いにふけっていた。
 ――どうもおかしいんだ。仕事も手につかないし、せっかく生還したのに、ちっとも嬉しくない。毎日気持ちがふさいで、しょうがないっていうか……。
 ある日ブルースとボルトに相談したら、ブルースは一瞬驚いたように目をしばたかせ、顔を赤らめて口ごもった。
 ブルースの代わりに、ボルトが深刻な顔で、ぼそっとつぶやいた。
 ――それぁおめえ、……惚れてるんだよ。あの子にさ。
 ボルトの言葉に、ロジャーは目を見開いて絶句した。その時の3人の気まずいような、照れくさい空気は、今でも忘れようがない。 
 そんなおり、ギルドマスターは今回の大仕事の褒美として、ロジャー達3人に丸一年休暇を許した。そして、休暇ついでに、こうも命じたのである。
 ――議会全員一致で、ユッカとショウコをG級ハンターに任じました。さらに、彼女達が希望するなら、ギルドナイトへ昇格とします。ユクモ村に赴き、彼女達を召喚してきてください。
 許しが出た時、すぐにロジャーはブルースとボルトを連れてロックラックを飛び出した。
 ユッカの喜ぶ顔が目に浮かび、彼の胸もまた弾んでの旅立ちだった。
 

 そこからが、ロジャー達の長い旅の始まりとなった。
 ユッカが見つからないのである。
 ユッカの相棒のショウコは、苦もなくユクモ村で会うことができた。
 ユクモ村のギルド出張所宛てに、ユッカとショウコをギルドナイトへ迎える旨を伝書鳥便で伝えていたので、ショウコはロジャー達の来訪に驚かなかった。
 ――ユッカ? ユッカなら、もうとっくに次の狩りに行ったでぇ。
 家から出てきたショウコは、訪ねてきた3人を見て、のんきに言った。
 ――そちらさんの通達は聞いとる。ウチのこともギルドナイトにしてくれはるんやってなあ。……けど。
 ショウコはあっけらかんと歯を見せて笑った。
 ――出張所のマスターの爺ちゃんにも言うてん。ウチ、ナイトにはならんわ。ユッカにも、そう伝えた。
 ――ギルドナイトはハンターの名誉でもあるんだぜ。誰もがなれるもんじゃない。こっちはお前らの実力を買ってるんだ。
 ボルトが惜しむと、ショウコは眉を八の字に寄せて苦笑いし、顔の前で手を振った。
 ――だからぁ。ウチはそういうの嫌なん。名誉とか、使命とか、そんなんに縛られとうない。今まで通り、気ままに狩りしとるのが性に合ってん。ユッカも、それわかってくれたしな。G級称号はありがたく頂くで。これでG級ハンターのグロムはんとも、肩並べて狩りができるよってな。
 ――それで、ユッカ君は……? 出張所の話では、彼女もナイトの辞令を断ったとか。
 落胆を隠してロジャーが尋ねると、さあ? とショウコはとぼけたようにあさっての空を見上げた。
 ――今ごろ、どこの狩りの空、やろなあ。……あの子、しばらくひとりで考えたい、言うとったわ。

(考えるって、いったい何を?)
 ユッカの足取りを追いながら、ロジャーはそのことばかり考えていた。
 ユッカは何を犠牲にしてでも、ギルドナイトになりたかったはずだ。
(君は僕を好きなんじゃないのか?)
 だから、ギルドナイトになろうとしていたのではないのか。長く苦しい旅路も、狩りも、そのために乗り越えてきたのではないのか。
 千載一遇、この機会を逃せば一生手に入らないものを、ユッカは自ら手放したのだ。
 その理由が、どうしてもロジャーにはわからなかった。
 彼女が、病室にいなかったことも不満だった。
(不満――そう、僕は怒っているんだ)
 狩りから狩りへと各地を飛び回るユッカを追いかけながら、ロジャーはどうしようもない腹立ちに似た感情に焦れた。
 命をかけて危険の中を救けに来てくれた勇気と想いがあるなら、もっと自分の傍にいてくれてもいいんじゃないか。
 と、姿の見えないユッカに、何度も胸の内で問いかけていた。
 その答えは得られないまま、ロジャーは旅を続けていた。しかしユッカはロジャー達の手からすり抜け続けた。
 まるで彼らが来るのを見越していたかのごとく、受けた依頼をこなした直後に、また次の依頼を受けて土地を後にしていたのである。おそるべき勘の良さだった。
 このままでは一生つかまえることはできない。
(僕の小鳥は、おそろしく頭がいい)
 苦笑しつつ、ロジャーは闘争心も燃やしていた。
 こうなったら、何が何でも彼女を捉えてみせる。ハンターの誇り――狩魂にかけて。

「――来た」
 半分ほどまでこんがり肉を食べたころ、頬に風を感じた。ロジャーは、はっとして顔を上げた。口のまわりについた脂を、手袋をはめた手の甲で拭う。
「来ましたか」
 ボルトの分の肉を焼いていたブルースが、ロジャーを見た。ボルトも、「おっ」と声をあげる。
「来たのか!」
「ああ!」
 ロジャーは大急ぎで残りの肉を平らげると、骨をブルースに手渡して立ち上がった。
 ボルトがロジャーに向かって拳をかざして見せた。
「今度は逃がすなよ!」
 ブルースも微笑んだ。
「ご武運を」
「行ってくる!」
 ロジャーは深紅の帽子を手で押さえ、コートをひるがえすと、森の方へ勢いよく駆けだした。

 
 
 
 

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2014/03/18 13:20
次回は、おそらくいよいよ、待ちに待った最終回になる…はず。
とても感慨深い反面、書くのが怖い気もします。
ああ、終わったら何しよう…。という不安が^^;



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