Nicotto Town


黒曜のアジト


花言葉は「持続性」【陽泉小説っす】


 3月も後半、一雨ごとに少しずつ暖かくなっていく空気を肺いっぱいに吸い込んで、氷室辰也は中庭を歩いていた。彼の傍らには、彼より頭一つ分以上大きい体躯を持つ後輩が、歩幅を合わすようにして寄り添う。
 古い洋館を連想するようなレトロな校舎が両脇に建つ間には、季節に合わせた色とりどりの花や、校舎の屋上を追い越しそうなほどの高い背の木が植えられている。この中庭をまっすぐ行った突き当たりに、陽泉高校バスケ部が主に使用する体育館がある。
 周りに人気はほとんどないと言っていい。その理由は簡単で、陽泉高校ではもう数日前に春休みに入っていたためだった。彼らバスケ部員が、日々欠かさずこの中庭を通るのは、春休みにもかかわらずほぼ毎日の練習があったからである。
 足を止めたのは、体育館もすぐそこに迫ったと言えるような場所……中庭の花壇の前だった。昨日までは、ここまで綺麗に咲き誇っては居なかった。せいぜい、膨らんだつぼみが少し、綻んだくらいだっただろう。昨日から今日にかけて、急に暖かくなった。その成果だろうか。
「Oh……綺麗に咲いたね……マグノリアだ。」
 吸い込まれるような美しさとは、こういうことだろうか、と氷室は思った。自分よりやや高いくらいの小ぶりな木に、玉のように咲き誇る大ぶりな真白の花びら。それはまるで、聖書に出てくる天使の翼のようで、普段はあまり意識もしないその存在に、つい祈ってしまいそうになる。
「ねえ、室ちーん……この花、白木蓮じゃなかったっけ?」
 紫原は、とつぜん足をとめた紫原を訝しげに思い、最初こそ先に行こうとしたものの、また戻ってきて氷室の傍らに立つ。
「マグノリアは英語だよ。日本語では白木蓮というんだね……」
「そーだよ。確か帝光の庭にもあってさ、ミドチンが名前教えてくれたっけな、キレーだし。」
 気づけば中庭のあちこちでは、桃の花や辛夷、花壇を見れば華やかに地面を彩るパンジーにチューリップ、明らかな春の気配が迫っている。
「もうすぐ、桜が咲くね……アツシに出会ってからも、すぐ一年だよ。」
 氷室の傍らに立つ菫色の瞳には、初めて出会ったときにはなかった光がともっている。それが、冬の大会で負けた悔しさなのか、バスケへのやる気なのか、はたまた全く別のものなのか明確には分からないけれど、これからの紫原にとって良い影響を与える物には違いない。氷室は、これからの紫原の成長が楽しみで楽しみでしょうがなかったのだ。ふっと、笑みを溢すと、傍らの紫原は、「変な室ちーん」と毒づく。
「変じゃないさ、思い出していたんだよ。」
「へー?」
 氷室の考えが読めない紫原は、疑問を口調に表すが、氷室が考えをはっきり口にすることはなかった。口にしたとしても、本人によって否定することが見えているから。
「……何してるアルか?」
 そんな二人の後ろに近づき、声をかける声がひとつ。氷室と紫原は、声の主の存在に気づいていながら、声を掛けられて初めて振り返る。
「やあ、何もしていないさ。ただ、ちょっと花を見ていただけだよ。」
 氷室が答えながら顎で目の前の木を指すと、「…ああ」と納得の声を上げる。
「白蘭…アルな」
 そう答えると、紫原は2,3回瞬きをして答えた。
「えー?ちがうし、白木蓮だし」
「マグノリアだろう?」
「うっせーアル、母国ではそう呼んでたアルヨ」
 マグノリア、白木蓮、白蘭……それぞれが慣れ親しんだ言葉の違いで、違う名前が浮かんだのがおかしくて、三人からそれぞれ小さな笑いが溢れた。
 きっと、彼らには関係なくて、それぞれ共有している「この花を綺麗だと思う」という事実が存在していた。根本には、色あせたプレートに薄くなった字で
『ハクモクレン
・木蓮(もくれん)科。
・学名
  Magnolia denudata
花言葉:持続性、自然への愛』
 と記されてある。この木は、何年の間この学校の人達を魅了してきたのだろうか。もしかしたら、彼らに期待と伝統を託して卒業していった先輩達も、この花を見てきたのかもしれない。それこそが、毎年続く持続性だ。
 暖かみと甘い香りを含んだ春独特の光につつまれ、数分の間だろうか、天使でも降りてきたかのように、三人は一点を見つめていた。
「おい、何をしてるんだ?」
 体育館の犬走りから、彼らの監督が呼ぶアルトの声がする。背の高い男3人が、ただ一点を見つめてまどろむ姿はさぞかし、奇妙に映ったのだろう。
「いえ、なんでも…いこうかアツシ、劉。」
「んー」
「ああ」
 ハクモクレンの季節を過ぎると、次は桜の季節である。綺麗な花に心打たれることもきっと誰にでもあって、そのたびに季節の訪れを感じるのだろう。
「もうすぐ、新しい仲間がきて、アツシも後輩ができるんだね。」
「よく言うこと聞いてやる気いっぱいの礼儀正しい後輩がいいアル」
「それ、俺に喧嘩売ってんのー?」
「あはは…自覚あったんだねアツシ」
 
 
 彼らを遠目に見つめる者からは、柔らかい光が彼らを照らして、髪の毛が明るく透き通って見えた。






↓↓↓




「マグノリアだね」
「ハクモクレンでしょー?」
「白蘭アル」


っていうこいつらに、国際お花事情を喋らせたかっただけだったのに、2000文字オーバーの話になっちまった。

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