Nicotto Town



自作4月はじまり・おわり 「虹色の鳥」

 光あれ。

 

 確かこの世界の始まりの言葉は、そんなだったと思う。

 本当かな。

 でもたぶん、この世界の終わりの言葉は、耳にしたと思う。

 それはたった今のこと。 

 

『光よ、去れ』

 

 ぶ厚いアクリルの船窓におでこを押しつけて、蒼い蒼いきれいな星を眺めていたら。

 その言葉が突然、僕の頭の中に響いてきた。

 一体誰が言ったのか分からない。

 びっくりして目をしばたいたとたん、目の前の蒼い星から、まばゆい光がいっぱい

立ちのぼってきて。その光たちが、うわっと一斉に飛び立っていった。

 その直後、鏡面のような星の表面にぴきりと亀裂が入って。

 星はぱきりと、縦に割れてしまった。

 とたんにまわりから、悲しみのどよめきがあがった。

 洋服屋の婆ちゃんに花屋のマリ姉ちゃん。

 井戸端会議連盟のおばちゃんたちにコンビニのおっちゃん。

 喫茶店のキリエママとそこんちのちびっ子三兄弟。

 電気屋のおっちゃん。

 ヤミクモ博士とその助手のムソウさんなどなど、月の西街商店街人たちがみんな勢ぞろいしてる。

 隣の船には西街一丁目の人、そのまた隣の船倉には西街二丁目の人といった具合に、

この星船には西街の人たちがみんせられてる

 商店街みんなは窓に張りついて、毎晩見上げてた蒼い星を食い入るように眺めた

 いまや星の表面はぼろっと割れ落ちて、っかどろどろした中身が見えている。

「なんで、割れちゃったの?」

 僕はそばですすり泣くお母さんに聞いた。

 どうも蒼い星の偉い人たちが、他の星の偉い人たちとケンカしたせいらしい。

 月にも他の星の船がわんさか押し寄せてきたから、急きょ避難することになったそうだ。

 お父さん、大丈夫かなあ。

「会社の星船、攻撃されてないといいけど」

 お母さんがしきりに携帯フォンでお父さんと連絡をとろうとしてる。

でも回線が混んでてつながらない。 

 僕らが乗ってる星船の周りには、月の船も蒼い星の船もたくさん

 今まで見たことない形の船もたくさん。 

 僕はお父さんの会社の船を捜したけれど。数が多すぎてついに見つけられなかった。

 

 

「失礼しますー」

 それからすぐに白い作業服に軍手姿の船員さんが僕らのいる船倉に入ってきて。

疲れきった顔で兎印の帽子を取り、みんなに告げた。

「ええとみなさん、私ども白兎急便イナバ号にご搭乗、お疲れさんです。

本船は平素は貨物専用でして、各自に簡易シートを割り当てられません。

これより本船は敵襲を避けるため、全速力で地球圏内より離脱しますんで」

 商店街のみんなは一斉に船員さんに群がった。

 洋服屋の婆ちゃんがしなびた腕で船員さんの胸倉をひっつかみ、

「おんどりゃわれ、アタシを一体どこへ連れてくつもりだい!」とすごむのを、

花屋のマリ姉さんが「婆ちゃん、落ち着いてえ」と、いつものプロレス技で取り押さえた。

 井戸端会議連盟のおばちゃんたちが公害レベルの声で喚きたてるそばで、

コンビニのおっちゃんが、「お、お店どうしまひょ」と揉み手で汗たらたら。

 喫茶店のキリエママは、「あたしたち親子、一体どうなるの?」といつもより一オク

ターブ高い声を出して、クネクネ。

 ちびっ子三兄弟は船員さんの足にぶら下がってわんわん泣いて甘えだし、

 ヤミクモ博士は能面顔で、蒼い星がひび割れた瞬間の熱量計算をブツブツ発表し始めた。

 この世の終わりだというのにみんないつも通りで、僕はなんか安心した。

 でも船員さんはもみくちゃにされて、今にも倒れそう。

「おまえら、ちょっと静かにしろや! 運送屋の兄ちゃんが困ってんぞ」

 電気屋のおっちゃんがいつものようにみんなを締めて静かにさせると。

 博士の助手のムソウさんが革の手帳を片手に、船員さんに聞いた

「それで、戦況はどうなんですかね?」

「はあ、さきほど星間通信に入ってきた月面政府の発表によるとですね、」

 へろへろの船員さんと生真面目なムソウさんのやりとりを聞いて、僕のお母さんはみるまに真っ青になった。

「そんな! 火星も、星島も、みんな占領されちゃったなんて」

 星島は、木星の周りの別名アステロイドベルトって呼ばれるところで、高級別荘

地として最近売り出されてるところだ。

 お父さんが務めてる不動産会社も他の会社と同じくブームに乗って住居ポッド

や無重力プールとか完備してる星島をいくつもあっせんして

 お父さん、今日はその星島に出張の予定だったんだ。

 大丈夫かな……。

ふむ。つまり我々は、この太陽系から逃げ出さねばならないというわけですか」

 ムソウさんが無表情に黒縁眼鏡をひとさし指でずいと押し上げた。

「これからどこへ行く?」「どこへ?」「どこへよ?」

――「こらおまえら、ちょっと黙れって」

 ものすごい形相で船員さんに迫り寄る商店街のみんなを、電気屋のおっちゃんが

また締めた。

 くたびれきった船員さんは軍手をはめた手のひらにぴかぴか光る星図をロードし

て説明した。

 「ええと、うちは月面政府より受信する星間通信に従いまして、航行しますんで。

まだ確定じゃないんですが、たぶん避難地の候補は、第四か第五星域じゃないで

すかね。具体的には六十一からまでの星系のどこかかと……」


さらば

 

 その時。僕の頭に、またあの変なささやきが響いてきた。

 ふりむいて船窓の外を見ると。

 暗い暗い星の海の中で、蒼い蒼いきれいな星から飛び出した光がひとつに集ま

っていて。

 あっという間に光り輝く大きな鳥の形になって。

 それから大きくはばたいて飛び去っていった。

「さよなら」

 窓に両手をはりつけて、僕は飛び去る鳥を見送った。

ユウちゃん?知ってる船でも見えたの?」

 お母さんが涙を拭きながら、窓辺に近寄ってきた。

 大きな鳥が飛んでいくよと教えたけれど、どこにもそんなの見えないわ、とため息

を吐かれた。

「また想像してたのね。もう大きいのに」

 違うよ、本当に見えたんだ。

 そう言い返そうとしたけれど、やめた。

 今までも、僕には見えて、お母さんには見えないものがいっぱいあった。

 僕には聞こえて、お母さんには聞こえないものも。

 あの鳥、どこにいくのかな。

 僕は黙って、星の海を飛んでいく光の鳥をいつまでも見送った。

 はばたくたびに、細かい光のかけらが散るその鳥を。

 きれいな虹色のその鳥を。

 それが暗闇の彼方にきらりと輝く小さな粒になった時。

 お母さんの携帯フォンがぶるるんと震えた。

 星間通信のメールだ。受信画面を見たお母さんの目から、ドッとうれし涙があふ

れてきた。

 

 お父さんだ!

 

「会社の星船、星島から無事退避できたって!」

 

 よかった!きっと避難先で会えるよね。

 

 さよなら。さよなら。

 さよなら虹色の鳥。さよなら蒼い蒼いきれいな星。  

 さよなら、僕らの星、銀色の月。

 さよなら、月の西街商店街。

 

 本日僕らは、引っ越します。

 新天地を求めて。

 

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2017/08/02 23:50
藍色さま

ご高覧ありがとうございます♪
昭和テイストのご近所さま…って
月の西街はちょっと変なところです。北街とか南街とかあるのでしょうね^^
視点が子供なので、あまり悲壮感が出なかったのかなぁと思います。
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2017/07/17 09:58
SFと吉本新喜劇めいたご町内コメディが融合するなんて…!

他者の作品と比較するのは失礼かもしれませんが、
星新一や三谷幸喜が好きな僕には、スーペースコメディというか、群像劇みたいで
大変面白かったです。
パニックもののはずなのに、暗い所を作らず仕上げる腕が凄いなぁ。

大人であれ、子供であれ、見える世界が同じとは限らない。
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2014/05/05 21:47
スイーツマン様
コメントとご報告ありがとうございます!
最高アクセスだったんですか@@
びっくりです。とてもうれしいです;ω;
次回も読んでいただけるようがんばります。
(書けるのかーという不安はありますががが)
 
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2014/05/05 21:16
ちょみ様
コメントありがとうございます!

お父さんがお星様になる展開もありですよね>ω<
→そして少年は悲しみを乗り越えて人類を救う英雄に……はたまた復讐に燃えるダークな某ベイダー卿に(ェ
でも今回はコテコテほのぼのな商店街らしくハッピーエンドで^^
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2014/05/05 21:09
BENクー様
コメントありがとうございます!

頭に思い描いたものを文章にするのはとても難しいです。
絵本のように情景を伝えることができたらいいなあと常々思っています。
手塚さんの火の鳥という大作を拙作で想起していただけて、
とてもうれしいやら恥ずかしいやら。ありがとうございます^^


 
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2014/05/05 21:00
E.Grey様
コメントありがとうございます!

大人はいろんな心配事や理屈を考えてしまいますが、
無邪気な子供は無知なだけにすぱっと潔くなれるのかもしれません。

楽しんでいただけてうれしいです^^
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2014/05/05 15:08
お父さん…虹色の鳥、お父さんだと思っちゃった!><
良かった~お父さんが鳥になって最後の挨拶をしにきたのだと思ったから…
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2014/05/05 13:19
自作アクセス数
 ●Sian様 152アクセス
 8作品中最高のアクセス数となりました。
 ほんの若干、レイアウトを、なろうで好まれる仕様にさせて戴きましたが
 それにしても、顧客さんたちには新鮮に映ったようです

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2014/05/05 07:51
壮大な退去のお話で本質は大悲劇なのに、主人公のどこか淡々としている姿が読み手に冷静さを促しているのがとても印象に残りました。
消えていく蒼い星の姿と鳥の姿がアタマの中に浮かんできて、マンガでみた手塚治虫さんの「火の鳥」を読んでいる気分になりました。
最後に父親の無事を確認した所に、「悲劇の中の明るさ」という快さも感じました。
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2014/05/05 03:51
終わりに向かって、ふっ、と抜けるような感覚がいいですね
楽しませていただきました^^
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2014/05/04 21:35
紅之蘭様
コメントありがとうございます!

人生何事も前向きに、ですね^^

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2014/05/03 23:09
新天地……
ポジティブはいいことだにゃん^^
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2014/05/03 21:14
スイーツマン様
コメントありがとうございます!

昭和に流行ったSFぽいものを目指しました。
漫画で言えば竹宮恵子さんの「地球へ……」とか萩尾望都さんの「スターレッド」とか。
そのような雰囲気を頭に描いてました。
レトロな感じを読み取っていただけてとても嬉しいです。

>松本零士的

銀河鉄道999のアニメは大好きでしたw
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2014/05/03 21:06
ミコ様
コメントありがとうございます!

実はSF小説はそんなに読み込んでないので、レトロなSFに挑戦という感じで書きました。
古代エジプトでは魂は鳥の形をとるのだそうで、そのイメージから光の形を鳥さんにしてみました。
「宇宙の鶴」、ぜひ読んでみたいです。
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2014/05/03 20:58
紫草様
コメントありがとうございます!

十歳未満の少年視点ということで、平易な文章をめざしました。
小気味良いと評して下さってとても嬉しいです。
ありがとうございます。
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2014/05/03 19:17
なつかしい匂いのするSFというか、松本零士的な世界でもあり、
親しみととみに、天婦羅油が漂うアーケード街のような印象を受け
物悲しくもあり、また、ワクワク感も……
寄港に感謝いたします^^
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2014/05/03 11:12
 実家の父の書斎に、旧ソ連時代のSFに、『宇宙の鶴』という翻訳された短編作品があり、たまたま目にしたことがあります。宇宙開発時代で、頑固な老船長と、乗客の語り手がいてトラブルに巻き込まれるのだけれども、みんなで協力しあって乗り切ります。その際、彼らは伝説になっている未知の宇宙生物『宇宙の鶴』を目撃するのです。……この作品を読んでいて思い出しました。ありがとうございます。


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2014/05/02 21:29
 内容とは裏腹の、小気味が良い文章ですね。
 日常にある命の重さを感じました。
 新天地で、逞しく生き抜いて欲しいと思います。
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2014/05/01 22:25
優さま
コメントありがとうございます!

戦争のない世界、どこかにあるのでしょうか。
悲しませてごめんなさい><
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2014/05/01 22:24
やあ様
コメントありがとうございます!

幼い子供は独特の不思議な感覚を持っているような気がします。
イマジナリーフレンドとか作っちゃったり。
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2014/05/01 18:40
戦争は嫌ですね。

大人のエゴで始まっていますからね。

このお話は、悲しいです。
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2014/05/01 15:30
>今までも、僕には見えて、お母さんには見えないものがいっぱいあった。

ああ、この感覚。
大人になるといろいろな知識や常識で埋まってしまう部分があるのかもしれませんよね。

子どもの感受性ってすごいもん。
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2014/05/01 13:09
かいじんさま
コメントありがとうございます>ω<

病は気から、生きる力も気持ちから、ですね^^
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2014/05/01 13:05
まゆさま
コメントありがとうございます>ω<

事が起こった直後なので、みんなどことなく感覚がマヒしてるのかもしれませぬー。


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2014/05/01 11:53
戦時下では強く逞しく生き抜く気力が必要なんですね。
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2014/04/30 21:50
悲惨な状況なのに妙にあっけらかんとしたところがあって面白いと思いました。

捨てるものは捨てて新しい生活に向かう潔さがいいのかな。




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