アスパシオンの弟子⑫ 夏の思い出
- カテゴリ:自作小説
- 2014/07/16 18:18:39
寺院の中庭に照りつける太陽の光。
おいらの家来が、畑仕事をサボって手ぬぐいを頭からかぶって座り込んでる。おいらの隣にべったりと。
「あついってハヤト」
「うん。暑い」
「だるいってばハヤト」
「うん。だるい」
「おまえ、ちょっと、はなれろよ」
「え。なんで」
「べたべた暑苦しいんだよ。おいら、ただでさえ毛むくじゃらで暑いのに」
おいらは後ろ足で家来をどんとおしのけた。
こいつ、いつもすぐにひっついてくるんだよな。わきゅわきゅ手を動かして、もふもふしたいとか、わけわからんこと
言ってくる。
「ハヤト、ちゃんと畑仕事しろよ。当番だろ」
「うええ、つかれたぁ。あついしさぁ」
「仕方ねえな。じゃあ、ニンジンカキ氷作ってこい。たしかに暑くてかなわねー」
おいらが命じると、家来はへいっ! と敬礼して、蒼い衣をひるがえし、調理場に駆けてった。
……よし。邪魔者は消えた。今の隙に、家畜小屋へレッツゴーだ。
今日こそコクる! コクって、一気にプロポーズまでいく!
結納は家来に作らせてるニンジン百本で決まりだな。足りなかったら、もっと作らせようっと。
いとしのリリアナちゃん。おいらの愛を受け止めてくれ――!
「ペペ! ニンジンカキ氷作ってきたぞー。ペペ? ぺぺー? ……ちょ、おまえ、どうした?!」
「ハヤト……」
血相を変えた家来が、中庭の茂みに行き倒れてるおいらのところに駆けて来る。
おいらは……長い耳をだらんと前に垂らして息も絶え絶えだ。
「ね、熱でも出たのか? ぺぺ!」
熱? あるかもな。もう、おいら悲しくて悲しくてたまらないよ。
抱き上げてくれた家来の胸に、おいらは頭をこすりつけた。
「ハヤトぉ……どうして? どうして、ウサギは……」
「な、なに?」
「どうしてウサギは、牛と結婚できないんだよおぉお!」
「は……あ? ちょ……まさかおまえ……牛のリリアナが好きなのか?!」
「うわああああああん!」
おいらはおいおい泣き出した。
白黒まだらの美しい彼女に言われた言葉が、おいらの脳裏によみがえる――。
『んモー冗談がお上手ねペペさん。でモー、アタシ、ニンジンは大好きだけどモー、ウサギさんとは、
結婚できないモー。それにアタシ、モー素敵な牛さんと、結婚してるモー』
いとしのリリアナ。おいらはそれでも。一生おまえを……。
「……なに今の……夢?」
寝床から起き上がり。僕は頭をぶるぶる振りました。
自分が黒髪の男の子に抱き上げられて。なんだかわあわあ泣いていたような気がするのですが。
夢の情景は、大きなあくびと一緒に、頭の中から消え去ってしまいました。
しかしさすが盛夏。寝床がぐっしょり汗だらけです。
「弟子、おはよ」
蒼き衣の弟子の寝床がずらっと並ぶ共同部屋。そこに黒き衣の導師がひとり、立っています。
我が師です。暑さしのぎに衣の袖と裾をまくって紐で結んでいます。腕はともかく足を見せるのはやめてほしいです。
いい年したおじさんのスネ毛なんて、ちょっと見たくありません。
極寒の鍾乳洞から生還した僕は、うだるような暑さにあてられて倒れてしまい、ここ数日間ずっと寝込んでいました。
我が師は足しげくお見舞いに来てくれます。昨日までは毎回、メディキウム様特製の薬を届けてくれてましたが、
今日は真っ白いものがこんもり盛られている器を両手に持っています。その白い物のてっぺんには、毒々しい
オレンジ色の液体が……。
「あの……なんですかそれ?」
「何って、おまえの大好きなニンジンカキ氷じゃん。今日はすんげえ暑いから特別に作ってきてやった」
「ニンジン……?」
ニンジンはきらいではありませんが。カキ氷のシロップにするなんて見たことも聞いたことも……。
「ほら口開けろ。食べさせてやるから」
「い、いいです。ど、どうせなら牛乳カキ氷の方が」
スプーンを差し出す我が師から後ずさりながらつぶやくと。我が師はひどく悲しげに目を伏せました。
「弟子、牛乳は無理だ。牛のリリアナが昨日ついに参っちまってさ」
「えっ……」
「一番たくさん乳を出す奴がいなくなったもんで、寺院名物の自家製チーズが作れねえってみんながっくり
してる。って、弟子? おいこら待て! まだ起きるなって! 弟子!」
気づけば僕は家畜小屋の前にいて。声をあげて泣いていました。
この小屋の中には、ヤギと牛がそれぞれ三頭ずついるはずなのですが、牛の姿が一頭、見当たりません。
リリアナがいません。白と黒のまだらでつぶらな瞳。とてもやさしい気性の彼女が……。
小屋の中にいるもう二頭の牛も、ヤギたちも、みんな耳を垂らしてさびしそうな顔をしています。
特につがいだった牡牛のスタインは、見るからに意気消沈しています。
家畜の世話は、僕の大好きな当番。餌をやったり体をブラシでこすってやったりするのが、僕は大好きです。
特にリリアナはとても気立てがよくて、一番僕になついてたっけ……。
泣いている僕のところに我が師がやって来て。導師たちはみな、リリアナの功労に感謝
しているゆえに、ちゃんと荼毘に付して葬送の礼をすることに決めたと教えてくれました。
我が師は泣きじゃくる僕の頭をぐりぐりと撫でました。
「一緒に見送ろうな、弟子」
「うわああああああん!」
僕は師の胸に頭をこすりつけました。しかしどうしてこんなに涙が出てくるのか、わけが分かりませんでした。
その日の夕刻、夕餉の後で、乳牛のリリアナは湖の岸辺で荼毘に付されて、その灰を湖にまかれました。
この寺院に住まう者たちと全く同じ弔いのされ方でした。
長老様たちによって、ケーナという楽器が奏でられました。この竹製の楽器は正式な
儀式の時に使うもので、とてもきれいな、そして物悲しい音が出ます。
僕はその楽の音を聴きながら、また涙をこぼしました。
どうしてこんなに涙が出るのか分からないながらも。涙をぽろぽろ、こぼしました。
それから数日後。
「また寺院を出るですって?」
「弟子はまだ病み上がりなのにすまないなぁ」
我が師が申し訳なさそうに頭を掻いて。僕に外出の準備をするようにと言いつけました。
向こう岸の街に行って牛を買い付けてこいと、最長老様に命じられたそうです。
「ま、一ヶ月経つから、用事言いつけられんのは、これで最後だな」
「え?」
「いやその、また行き先は向こう岸の街だし。牛買うだけだからさ」
我が師は僕の肩にとんと手を置きました。
「だから弟子、今度は、ちゃんとお留守番するんだぞ? 追いかけてくるなよ? また鍾乳洞に舞い戻りたく
ないだろ?」
「は、はい」
「すぐ戻るからさ。大丈夫、心配すんな」
我が師はこの前のように黒い外套を羽織り、最長老様の名代の杖を持って、漁師メイセフの船に乗ってでかけました。
僕の脱院に協力したメイセフは、鞭打ち十回の刑罰で済んだそうで、前と変わらず寺院のために漁をしてくれています。
船を見送り、僕は我が師の帰りを待ちました。
でも。
次の日。メイセフの船は、半分焼けた状態で寺院にやって来ました。
我が師を乗せずに。
そしてメイセフは、船の異様な様子に驚いて集まった導師や弟子たちに向かって叫びました。
「大変です! 街に軍隊が……! 兵士がたくさんやって来て! 戦になってます!街が……街が、
焼かれてます!」
⑬話へ続く
カテを自作小説へ修正
お題:夏の思い出
ご高覧ありがとうございます♪
カテゴリ修正しました;
このお話もそうですが、アスパシオンは毎週一回、
ブログお題をキーワードにして書いていました。
にんじんかき氷のルーツは……
にわとりが先か卵が先か……
リリアナを愛したウサギ。
ウサギは彼女の魂を愛したのでしょうね・ω・
教えて下さりありがとうございます。
そうか、にんじんかき氷はここからもう始まっていたのか。
そして種族と体格の壁にさえぎられず、彼女の心根を、眼差しを愛したペペさん(ウサギの方)。
素敵じゃないですか。好い男ですよ。
読んでくださってありがとうございます。
前世と今が交錯する感じで、しかもちょっと切なく~と思ったら、
こんな恋物語になってしまいました(・・;
読んでくださってありがとうございます。
導師さまたちは、お肉を食べると魔力が落ちると信じているようです。
お魚ばっかり食べているので、巷では「魚喰らい」と呼ばれてもいるようです。
主人公は、どうも自分のことを兎と自覚してなかったウサギさんだったようですね^^;
使い魔なのでいろいろ特殊能力とかあるのかなぁと思います。
かなしい恋の思い出も意外でした
主人公の前世は牛に恋する兎さん?
ユーモラスに、ちょっと切なく
>チーズでへそくり
おぉおうノωノそれ、ありそうですね。
もっと大胆なことをしてらっしゃる導師さまもいらっしゃるかも……。
読んでくださってありがとうございます。
基本コメディなんだけれども、ちょっとジーンとできるようなお話が書けたらいいなぁと思います。
弟子はマジメすぎてもうすんごく空回りしちゃうと思うのですが、どうか見守ってやってください^^;
続き期待してくださってとてもうれしいです。
続き、がんばります^^
読んでくださってありがとうございます。
リリアナさんはだれにでも優しい子だったようで。
いつもお乳を出すために、だんなさんの牛がいて、子牛もたくさん産んでいる、という設定です。
子牛は売られて、寺院の貴重な収入になっています。
産んだ子供と離されるというちょっとかわいそうな境遇ではあるのですが、
みんなにかわいがられて、人懐こい性格になったのでしょうね^^
読んでくださってありがとうございます。
飼い犬との別れを思い出して、書いていたかも。
特に白黒の子には思い入れがあったりします^^
書きたいなぁと思うことが今、次々出てきています。
三千字という制限に入れるために、下書きからかなりはしょっているので、
文章に勢いがついて見えるのかもしれません^^;
読んでくださってありがとうございます。
この世界では、だれでも輪廻転生が確実に起こるようです。
でも記憶はご指摘の通り、特殊な人(導師とか)でないと呼び起こせないようです。
戦争は、ちょっと大変なことになりそうです。
上手く描ければいいのですが><
がんばります。
最初は摩訶不思議 クスッと な夢のお話かと思ったのですが
私のイメージの中では 頑張るちょっとずれたお師匠様と(^^)とても真面目な弟子の奮闘
と、いう所です。
イメージが作り易くて すーっと入って来る感じが私は好きです
つづき 読みたいな(^^)
すごくあっけないから、命のはかなさ、貴さを教えられます。
その感じが、とても良く表せていると思います。
それにしても、一度に書き進める量がすごいね。
文章にエネルギーを感じます。
無意識の中に畳み込まれた前世の記憶。
夢でしか見ることはできないけれども、
確かにつながっている不思議な記憶。
通常は輪廻の際にきれいさっぱりリセットされてしまうものですが
そこは虹色組。しっかりプロテクトできているようですね^^
プロテクトした分、自由に取り出せないのが難点と言えば難点なのでしょう。
ぃぁぃぁ、戦争勃発ですか。
寺院はこれとどう対峙するのか、とても楽しみです♪j
読んで下さってありがとうございます。
ひそかに二章目に入っているということで(師匠視点のお話が区切りです)
これからお話がどんどん動くことになるかと思います。
続き楽しみにしてくださって、とてもうれしいです><
がんばって書きます^^
読んで下さってありがとうございます。
も、もしかして巨人襲来? うぉおおそれはこわいですー(・ω・;;;;
壁つくらなきゃ(ェ
読んで下さってありがとうございます。
つづき、気にしてくださってとても嬉しいです><
がんばって書きますね^^
読んで下さってありがとうございます。
二章目なので、そろそろお話が大きく動く感じです。
師匠のがんばりに私も期待してます^^
読んでくださってありがとうございます。
夢に見たのはほろ苦い思い出、弟子君は、夢の中で白い耳が生えていた模様です。
このあとほんとにどうなることか……(・・;
乳牛のリリアナの話は⑬話の伏線だったのですね!
この急展開!
早く
続きを読みたいです。
m(_ _)m
進撃の巨人みたいな感じになるのでしょうか^^
早くアップしてよぉー。
と、ダダをこねていいですか?w
師匠は街で奮戦してる?
牛が1頭死んでしまったのですね。悲しいです。
でも街が、戦に成ったのですね。今後は、師弟の関係がどうなるかですね。気に成ります。