Nicotto Town



8月期小題「向日葵/バチあたりの花」

「マキコ、あた、花は用意してあっとね?」
これから墓参りに行こうとする母に祖母が言った。
「わざわざ花はいらんでしょ。線香ば上ぐっだけでよかろもん」
普段は標準語なのに、帰郷したとたん母は思いっきり方言で喋った。私は思わずクスっと笑った。
「な~ん言いよんね。あたが盆に墓参りすっとは何十年ぶりて思とっとね。ほんなこつならお供えもんも用意すっとが当
り前ばい。そぎゃんこつしよったらバチん当たるけんね」
私は、『バチならもう当たってるよ』と腹の中で言うと、またクスっと笑った。

今春、母は取材部から編集部に移動した。記者から編集員になったのだ。
肩書きは副編集長なので出世した訳だが、不規則な記者生活に慣れ切っていたせいか、せっかく定時に帰宅できるように
なっても何もする事がなく、ソファーでテレビを見るか新聞を読んでゴロゴロするばかりだった。『♪昼間のパパは~』と言う歌があるが母はまさにそれだった。
何しろ、食事は私と弟が当番制で作っているのでなおさらゴロゴロするしかない。仕事柄これまで母はほとんど料
理を作った事がなく、それだけに私たち兄弟の方が圧倒的に美味い料理が作れるのだ。
その代わり、今回初めて一緒にお盆に帰郷する事ができ
たし、旅費も母が全額負担してくれた。
ただ、母にとって夏休みとは9月や10月に遅れて取るものだったため、飛行機代が夏休み料金であまりに高
すぎると言って、いつもの祖父母への手土産代を半額にケチった辺りはさすがだった。
そのくせ、久しぶりに田舎の友達に会うからと飛行機代より高かった新しい洋服の事は全く気にもせず、帰郷の前日に試着
して姿見を見ては何度も体をクルクルとひねっていた。
その新しい服を家に忘れてきたのだから、バチが当たったとしか言えないだろう。

ところが、さすがは機転と行動力では誰にも負けない母である。服を忘れた事に気がつくと留守番の弟に電話を入れ、すぐに宅急便で送れと指示した。そして、墓参りに行くのを待っている私に、『あんた、今パパっと畑に行って、あの向日葵ば適当に摘んで来んね』と庭の先を指差した。
「向日葵って、あたは向日葵ば供ゆっつもりね」
祖母はあきれたように母を見て言った。
「大丈夫たい。トゲんなか花なら何でん飾って良かっとだけん。タケシ、はよ摘んで来んね」
私は、あきれる祖母から花鋏を受け取ると祖父のサンダルをひっかけて畑に行かされた。小さいサンダルからはみ出
た足の裏に何だかとっても不安を覚えた。
向日葵は田んぼと畑の境目にあり、境目は1メートルほどの段差が付いていた。この段差一面に畑の雑草が
捨てられていて、雑草の隙間を埋め尽くすように自生した向日葵がびっしり生えていた。
私は、雑草の上に左足を降ろすと体を斜めにして向日葵を刈り取っていった。すると、5本目の向日葵を刈ろうと左足を踏み込
んだ時にサンダルがスポっと脱げ、股裂き状態のままドボンという音と共に下の田んぼに転げ落ちた。
右手に花鋏、左手に向日葵を持ち、まるで紙相撲の人形みたいな格好であるのを自覚しつつ、スローモーションで落ちて
いったのを鮮明に覚えている。
この時期の田んぼにはたっぷり水が張られていて、私は摘んだ向日葵だけは濡らさないように必死に左手を水面の上
に差し上げていた。『俺は花束を掲げる野球選手か』などと思ったのはシャワーを浴びた後の事だった。
ヌルっとした泥の感触を全身で感じながら何とか田んぼから這い上がると、目の前の段差にポツンと祖父のサンダルが虫
のように止まっていた。

「おばあちゃん、ドア開けて!」
手にした向日葵が濡れも汚れもしてない事に小さな誇りを覚えつつ、びしょ濡れで泥だらけの私は玄関先から叫んだ。
ドアを開けた祖母が今度はあきれた目で私を見ると、受け取った向日葵を手早く広告で包んで花束を作りながら、『何の
バチが当たったつかね』と、ぽつりと呟いた。
私は服を脱ぎ、庭のホースで泥を落としながら、『あんたの娘のせいだよ』と腹の中で応えると、そそくさと風呂場へと
向かって行った。

-おしまい-

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2014/09/23 13:28
お母様のバチが息子にも波及?
でも向日葵を死守!
 さすがです。
「虫のように止まっていたサンダル」にクスリとしちゃいました^^
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2014/09/14 14:42
8月期小題アクセス結果です。
02 BENクー 著  向日葵 『バチあたりの花』57/40目標アクセス
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2014/08/31 05:29
軽快なリズム 
気持ちがいいです^^

ひまわりを持ちながらの股裂き状態ww
容易に想像がつき 涙を誘うものがあります
え?
どっちの涙かって?
あはは^^
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2014/08/29 20:03
何だか「クッキングパパ」のママさん思い出しました。

ワイルドですね^^
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2014/08/16 15:21
向日葵を供えたお墓見てみたいwww
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2014/08/16 13:22
ストッパーがないサンダルで足場の悪いところで作業。滑りますよね。長幼の序。
危ないこと、汚いことは下に押し付ける。家族のなかに社会の縮図をみた思いがします。
だからこそ理不尽ななかにも笑いが生まれるのでしょうね。
お疲れ様でした。
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2014/08/13 02:50
悪口がいえるのも家族愛ですよね
そんなふうに思いながら作品を拝見しました^^
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2014/08/09 18:16
お母さん同様、逞しい息子さんですね^^
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2014/08/08 20:30
飛行機代は気になってもお友達にあうために服を新調するって、わかる気がします
それはまた、だいじな人たちがお元気で、いまが幸福だという証しでもありますね
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2014/08/08 06:24
私小説風にまとめる……練習には一番ですよね。日記としてのちほどネタとしてもつかえるし
ちょっと転ぶと罰とか、虫が天井にたまごを生みつけると、1000年1度の妖花で凶兆だとか、
いろいろいうのが地方のお婆さんなのでありました。うちの亡き祖母もおんなじです
向日葵がむだにならずによかったですね。



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