アスパシオンの弟子⑰ 蒼の陰謀 前編
- カテゴリ:自作小説
- 2014/09/01 12:34:54
僕は寺院の一階の回廊を駆け抜けて。らせんの石階段をびゅんびゅん登りました。あわてて追いかけてくるレストは、
はるか後方。追いつかれる心配はなさそうです。
ウサギの脚力のすごいこと。二段抜かしどころか、三段四段、あっというまに飛び越えていけます。
最長老様の居室は、寺院の最上階。薄暗い廊下に執務室と応接室、書庫に寝室が並んでいます。ひと部屋しか
与えられない普通の導師とは違い、これら全部が寺院の長お一人のものです。
僕は一番奥の寝室でめざす人をようやく見つけました。
金地のタペストリーが一面にかかっている寝室は、北側の岩壁が削られないまませりだしており、ゆるやかなドームに
なっています。
最長老様は、金地の絹の敷布が敷かれた猫足の優雅な寝台に座っておられて。とても辛そうに腕をさすって
おられました。左腕を病んでいるのです。石皮病とは、患部が徐々に石のように硬くなっていく病。このままだと、
いずれぴくとも動かなくなってしまうでしょう。
――「お加減はどうです?」
寝台に飛びつこうとした僕は。せりだした岩壁の影にいる人の声を聞いて凍りつきました。
冷たい氷のような声。ヒアキントス様です。この時間は瞑想室にこもられているはず。でも、寝室にはヒアキントス様
だけではなく。北五州の大公家の後見人が全員揃っておられました。
赤豹家のガイウス様。黒竜家のテムニオン様。そして、白鷹家のスポンシオン様。どうやら最長老様が、皆を部屋に
召集なさったようです。
「具合はかんばしくない。石皮病は不治の病であるからな」
あわてて廊下にいったん出た僕の耳に、最長老様が硬い調子で語るのが聞こえてきました。
「さて、アスパシオンが国境の警備隊を撃破して、我が金獅子家の統べる北州に入ったとバルバドスより報告があった。
ゆえにさきほど、我が金獅子家の大公に『鉄の獅子』の使用許可を出した」
後見人たちから、どよめきがあがります。
「おお、『鉄の獅子』を使われるのですか」
「先のスメルニアとの大戦でも活躍したという、あの?」
「特例で保有が認められている古代兵器ですな?」
最長老様が自信満々に答えます。
「いにしえのものは、いにしえのもので制するのが一番。たとえバルバドスが手こずっても、鋼の獅子どもが兵士を
駆逐するであろう。すなわち、他の州に害が及ぶ可能性は全くない。そなたらは、各々の大公方に様々な通達を出され
たことと思う。だが、此度のことは一切の手出しも援護も無用。我が金獅子家が独力でたちどころに鎮める。
大公方には、御心安く過ごされるようにと伝えるがよろしかろう」
「わざわざのご助言、ありがとうございます。しかし此度は、白鷹家の者が、とんでもないことをしでかしたものですね」
ヒアキントス様の冷徹な声が響いてきます。
「まっすぐ北州をめざすとは、明らかに金獅子家を狙ってのことでしょう」
――「お待ち下さい。アスパシオンは、金獅子家になんら恨みなどないはず」
スポンシオン様が大声で反論なさいます。
「それにあれは庶子ゆえ、白鷹家の本家とは何の関わりも……」
「さて、そうでしょうか? アスパシオンは傍流家ではなく、本家筋の庶子と聞いておりますが」
ヒアキントス様が刺すように追求なさるのを、最長老様が止めました。
「アスパシオンの真意は、バルバドスが探ってくれよう。白い鷹が絡んでいるのか。そうではないのかをな」
「最長老様! 白鷹家には、邪心も野望もございません。白鷹の大公殿下は、金獅子家こそ北五州の盟主と
はっきり認めておられます」
スポンシオン様が必死に弁解し始めて。
「白鷹家の第二公子にして我が弟子たるフェンが、石皮病に効く薬を取り寄せました。最長老様に、献上つかまつり
たいと。どうかお納め下さい。これこそ、白鷹家の本心です」
スポンシオン様の言う薬とは。ヒアキントス様がレストに託した、あの毒薬に違いありません。レストは首尾よく
フェンに盗ませたのでしょう。
最長老様の声が少し和らぎました。
「それはかたじけない。ありがたくいただこう」
「ふん、殊勝なことですね」
ヒアキントス様がわざと悔しそうな声を出しています。
だめです! あれを飲んでしまったら、最長老様は……!
階段の方から、僕を追ってくるレストの足音がしてきます。
僕は急いで寝室に入りました。見ればスポンシオン様は、今まさに、瑠璃色の瓶を最長老様に手渡そうとしているところでした。
美しく輝く青い瓶めがけて、僕は弾丸のようにつっこみました。
「む?」
「なっ……!」
いきなり飛び込んできた白い塊に、その場にいる誰もが一瞬固まりました。
僕の前足がはじいた瓶は、金色の寝台の上に落ちました。僕は寝台に着地するや、蹴鞠のボールを蹴るように、
後ろ足で瓶を思いっきり蹴りとばしました。
ガシャン
薬の瓶は、大きな音を立てて床に落ち。
「ああああ!」
スポンシオン様の悲鳴と共に、見事に砕けました。
驚きと怒りの視線が一斉に僕に集中します。ヒアキントス様は押し黙り、冷たい表情で僕を睨んでいます。
「な、なんだこのウサギは!」
スポンシオン様はハゲ頭をゆでタコのように真っ赤にして、怒りの形相で僕の耳をひっ掴みました。
「きゅうう!」
手足をバタバタ動かして、僕は必死に訴えました。
瓶の中身は、毒なのです、と。これはヒアキントス様の陰謀なのです、と。
でも人の言葉を封じられているので、哀れな鳴き声しか出てきません。
「どこぞの使い魔か? なんということをしてくれたのだ!」
すると、ヒアキントス様が仰いました。一分の動揺もなく。
「申し訳ありません、それは私が街の役人から預かったウサギです。飼い主が亡くなりましたので私が引き取り、
使い魔として仕込んでいたところです。とんだ粗相をいたしましたね」
「粗相どころの話ではないぞ!」
「ですが、このウサギはとても賢いようで、」
ヒアキントス様は口元を引き揚げて、にやりとされました。
「匂いにとても敏感なようですよ。特に、毒薬にはね」
最長老様の顔がみるまに般若のようになりました。他の後見人の方々が、ちらちらとスポンシオン様を窺い見て
ヒソヒソし始めます。
「ま! まさか、そのようなことは、ない!」
スポンシオン様の顔からみるみる血の気が引いていきます。
「言いがかりもはなはだしい! このウサギは、こちらで処分させてもらう!」
――「待て。ウサギは、わしが預かる!」
最長老様が轟くような声でぴしゃりと仰って、スポンシオン様から僕をひったくりました。
「みな、下がられよ。床にこぼれた薬はそのままにしておけ。すぐに調べるでな」
それから最長老様は、僕を結界をかけた籠に入れて閉じ込めて。銀の匙やいろんな薬品を持ち出して、
床の薬を調べられました。
僕は必死にきゅうきゅう鳴いて訴えましたが。獣の言葉は相手に全く通じず……。
「やはり毒か……白鷹家め」
最長老様は、スポンシオン様のことをすっかり誤解してしまいました。
「皆の前で締め上げねばなるまいな。さて、ヒアキントスのウサギよ。お手柄だったな」
最長老様が僕の籠を覗き込んだその時。寝室の入り口から、
ヴン
と、空を斬る音がしました。
「ぬ?」
眉根を寄せて長老様が振り向くと。入り口から、大きな大きな白い鳥が飛んで入ってきています。
鷹です。
それは巨大な翼を広げて襲い掛かってきました。
恐ろしく獰猛なその爪で。
後編へ続く。
鷹匠さんは伝統技能というか、本当に特殊な職だと思います。
鷹を飼うのは大変なことでしょうが、
訓練された鷹が悠然と飛んで鷹匠さんの腕へとまる様は本当にかっこよく、
拝見するだけで感動します^^
女子高生さん
そのころいた会社の周辺には牧場があって、空き地では
鷹匠の小父さんが、犬を散歩するみたいに、鷹を遊ばせてました
コメントをありがとうございます。
鳥の中では鷹や鷲が好きです^^
鷹匠さん、とてもかっこよくて憧れです。
そして鷹は敵か味方か…
コメントありがとうございます。
小動物は生存本能が強いせいか、すごく賢いですよね。
ウサギは後足すごく大きいですし。蹴られたら痛そう>ω<
動物園のウサギが暑い夏にすごく深い穴をほって陽射しを逃れていて、全然姿を見せなかったです~。
エサ係と掃除係はダッコできたが 部外者はダッコさせてくれなかった ちゃんと顔を覚えてたなぁ
動きが速いから捕獲も出来なかったなぁ ウナギを掴むより難しいかもなぁ
中枢の内情は実はドロドロという感じです;
チェスのごとく、ゲーム感覚で陰謀をめぐらせたり、駆け引きしたり……
しかも扱う韻律はもっぱら黒魔術系ですので、とても怖い所です;
白鷹家のしわざとするために、鷹さんで凶行にー・ω・;
狼の方が殺傷力があるかなぁと思ったのですが、
お家の名前と鷹さんが好きなのでこんな風になりました^^
激動期と言うか、次から次へといろんな事が起こっていきますね。
色々考えて来ますね。続きはどうなるか、見ものですね。