アスパシオンの弟子⑰ 蒼の陰謀 後編
- カテゴリ:自作小説
- 2014/09/01 18:11:35
そのまっ白い巨大な鷹は、最長老様の顔めがけていきなり突っ込んできました。
寺院の長は目をくわっと開き、すかさず防御の結界を唱えたものの。相手のあまりの素早さに、その韻律の声は、
途中で途切れてしまいました。
最長老様は床に押し倒されながら、するどいくちばしで目を突かれ。頭をしたたかに打ちつけられ。そして思い切り
ずぶりと、首をわしづかみにされました。
床に敷かれた金色の絨毯を、顔から流れる血が真っ赤に染めていきます……。あまりの光景に、僕は思わず
ギュッと目をつぶりました。
『無駄です、ウサギよ。人語を封じているおまえは無力。大人しく銀の籠に戻りなさい』
鷹から、あの冷たい声が聞こえました。それはまさしく、ヒアキントス様のもの。
こんな大きな鳥を使い魔として飼っている導師はいません。ということは……。
『戻らなければ、この場で掴み殺しますよ』
うっすら目を開けると、勝ち誇った鷹の顔が目の前にありました。血だらけのくちばしを今にも突き刺してこんばかり。
その目は、不気味なぐらい真っ青に輝いています。使い魔ではありません。この鷹は、ヒアキントス様自身が
変身しているに違いありません。
まるで氷のように冷たい鷹の息が、僕の頬にかかってきました。籠にかけられていた結界が消えています。
最長老様は絨毯の上に倒れたまま、ぴくとも動きません。鷹の恐ろしい握力で首を締められて、窒息させられて
しまったようです。意識が無くなったために、籠の結界が切れたのです。
鷹はわざとバサバサ激しくはばたいて、白い羽を床に落としました。この恐ろしい所業は、毒薬と同様、
白鷹家のせいとされるのでしょう。
「きゅううう!」
僕は籠から飛び出しました。誰かにこの事実を知らせなければ。でも、一体誰に?
『私にこのような手間をかけさせるとは。厄介な人質ですね』
必死で廊下へ逃げ、階段を転げるように降りる僕を、鷹が悠然とはばたいてついてきます。一階の回廊まで逃れた
僕の背中を、鷹の爪がガリッとかすりました。
ウサギなんて、鷹にとってはいい獲物でしかありません。僕は湖の岸辺に逃げました。
ああ、魚になれたら。水の中に潜れたら。鷹を振り切ることができるのに……。
僕は寺院の外周を闇雲に走り。つきあたりの岩壁を、空しくがりがりひっかきました。きいきいとあわれな声しか出せ
ない僕に、蒼い目の鷹が優美に翼で空を斬って迫ってきます。
万事休す――と、その時。
がむしゃらに後足で岩壁を蹴り上げたとたん。ぼろっと、その部分が崩れて。ぽっかりと小さな穴が開きました。
人間がひとり、ぎりぎり入れるような隙間です。これ幸いと、僕はその穴に入り込みました。鷹も後に続いて
入ってきます。
『こんなところに穴が?』
鷹が驚いています。僕もびっくりしながら暗い穴の中を突き進みました。獣の目だからか、周りがとてもはっきり
見えます。穴の形はとても整っており、自然にできたものには見えません。入り口部分のもろさから見ても、人の手に
よって作られた抜け穴のようです。暗い穴はだんだん広がっていき、そしてだんだん下っていきます。これは……
どうやら地下に通じているようです。
穴の先は予想通り、寺院の地下の広大な鍾乳洞に繋がっていました。ヘロムという鉱石を採取する広間のような所に
出たので、僕はホッとしました。弟子たちが数人、鉱石を採取しに来ていて、ランタンの灯りが所々に見えたからです。
助かったと思いきや。あと少しというところで、僕は鷹の爪にぐわっと掴まれました。鷹はヘロムの採掘場から飛び去り、
もと来た穴を戻ろうとしました。鷹はぎゅうぎゅうと、恐ろしい握力で僕を握りしめてきます。
僕は必死でもがきました。
もがいて、暴れて、そして鷹の足に思い切り歯を突き立てました。すると鷹はぎしゃあと
甲高い悲鳴をあげ、僕を離しました。
僕は、しっとりした鍾乳石をころころ転げて。はじっこに開いていたとても小さな穴に転げ落ちてしまいました。
そこは滑り台のような急斜面の穴で。
いつまでもいつまでも、僕は転げ落ちていったのでした。
暗闇の奥底へ……。
「きゅ?」
目を開けると。ぽわぽわと、明るい蛍のような光が目に飛び込んできました。
あれから僕はどこかへ転がり出て。だいぶ長い間、気を失っていたようです。
とても暗い洞窟の中で、大きな湖が蒼白く光っています。その湖面の上を、蛍のような虫が、ぽつぽつと飛び交って
います。数はそんなにはいません。
僕はよろっと起き上がりました。そして、気づきました。柔らかい藁で編まれた籠に、すっぽり入れられているのを。
「もう、蛍カゲロウの時期は終わりだなぁ」
湖の岸辺に、しゃがんでいる人影が見えます。見ればその人は、黒い衣を着ているようです。この人が拾って
籠に入れてくれたのでしょうか。
「おや? 目が覚めたかね?」
その人が、こちらを振り向きました。無精ひげがぶわっと生えた、かなり年の人です。
「急に足元に転がり落ちてきたもんだから、びっくりしたぞ」
「きゅ! きゅきゅきゅきゅ!」
着ている衣からすると、この人は絶対導師様です。でも、蛍光に照らされたその顔は、今まで一度も寺院で見たことが
ありません。それに。黒き衣は、裾も袖も擦り切れて、とてもボロボロです……。
「は? なになに? だれぞの使い魔のようだが、ちょっと何言ってるか分からんな。むう? なんかおまえさん、
変な魔法をかけられてないか?」
その人は。僕をまじまじと覗き込み、それからひと言、唱えました。
『その言葉は、無に帰した』
とたんに強力な魔法の気配が降りてきて。僕の周囲に漂う呪いのごとき空気を打ち消しました。
こんなに強い魔力は、今まで感じたことがありません。
驚く僕の手足は突然ぐわっと膨張して。それから、長い耳はパッと消え失せて。みるみる体が大きくなって……。
「うわ。こりゃあ、驚いた。人間の子だったのかぁ」
目を丸くする髭ぼうぼうの人の前で、僕はぶるっと震えました。
ああやっと。やっと、元の姿に戻れました!
「大丈夫か? しっかし寒そうだな。すっぽんぽんじゃないか」
「だ、だいじょ……ふえっくし!」
あまりの寒さにがくがく震える僕に、その人は笑いながら、肩に羽織っていた上着のようなものを脱いでばさりとかけて
くれました。それは、藁を編みこんだもののようでした。
「ま、とりあえず穴倉に帰るか。ここは超寒いからな」
「あな……ぐら? あの、あなたは……」
「あー、名前か? カラウカス様から、なんて名前をもらったっけなぁ」
鼻をほじりながら、その人は蛍カゲロウの舞う蒼白い洞窟の天井をあほんと見上げました。
「あはは、忘れたわ。俺は十五年ぐらい前に、死んだことになってるからなぁ」
「はあ?!」
僕はあんぐり口を開けました。その無精ひげの人はカラカラと明るく笑い、僕の肩を叩いて言いました。
「まあ、積もる話をゆっくり聞こうじゃないか。酒でも飲みながらな」
穴倉。それに、お酒?
なんだか別世界に来たようで、頭がくらくらします。
まさかここは、あの世では? それとも、夢でも見ているのかも?
無精ひげの人は、不安いっぱいの僕の腕を掴み。どんどん、鍾乳洞の奥へ奥へと進んでいきました。
暗い洞窟を迷うことなくさくさくと進むその様に、僕はひどくとまどうばかりなのでした。
⑱へ続く。
読んでくださってありがとうございます。
ウサギはどこまでがんばれるでしょうか。
王道ジュブナイルでがんばってみたいと思います^^
弟子クン、人間に戻れて良かったですね
真相を知る生き証人
寺院の闇のキャスティングボードを握る!
コメントありがとうございます。
鷹と鷲、ぐぐってみたら、分類上はあまり違いはないそうで。
大型で羽に縞模様があるが鷹、中型か小型のものは鷲、とよばれる傾向があるんだそうです。
ヒラメとカレイは目の位置で区別するんでしたっけ? どちら向きがどちらだったか、私も覚えられないです~>ω<;
鷹と鷲 ヒラメとカレイ オットセイとアシカ などなど違いが覚えられん ><
コメントありがとうございます。
世界は魔法で回っている?レベルにするか、それとも……
考えどころですよね。
文明自体はかなり衰退しているので、魔法も特権階級の限られたものかなぁと
想像しています。
魔法使いが多く登場する物語だと、肝にもなってくると思います。
コメントをありがとうございます。
次回、この人の正体があきらかにー・ω・
楽しんでいただけましたら幸いです。
コメントくださり、ありがとうございます。
映画の宣伝のようなかっこよいフレーズ、とてもうれしいです。
ありがとうございますノωノ
だらだらな展開にならないよう、
めざす着地点に向かってがんばります^^
コメントありがとうございます。
うあああ、ベタ褒めしてくださって、とても恐縮です。
ハリポタよりもとか、とてもとてもありがたいお言葉、ありがとうございます;ω;
ちょっと更新が遅れてしまいましてすみません><
続きも楽しんでいただけますよう、がんばります。
コメントありがとうございます。
着地点めざしてどんどん行きますー^^
ある程度の大まかな骨格のようなものは作ってあるのですが、
詳細は執筆中に、まるでドラマでも見てるみたいにその情景が
浮かんでくるので、それを描写しています。
(セリフとかもろ音声つき;)
カメラワークがもっと上手くなりたいなぁと思うこのごろです。
コメントありがとうございます。
寺院の導師さまたちはとても老獪で魔力も強いので、見習いの弟子くんは
とてもとても太刀打ちできません。外に出ることで、起死回生を図れるといいのですがー・ω・;
続きを楽しみにしてくださってうれしいです。
執筆がんばります^^
なかなか破天荒な豪傑そうですね。
疾走・展開。そして静寂。
十五年前に姿を消したという謎の導師さま。
運命の輪が回り始めたようですね。
過去へ?未来へ?
傀儡のアスパシオン、冤罪の白鷹家、蒼い陰謀。
時の流れは誰のために・・・
この先の展開からも目が離せません。
いつも楽しいお話をありがとうございます^^
素晴らしい!!実に素晴らしい!!!
昨夜は疲れて寝落ち寸前だったので
今朝、拝読しました。
一気に読み続けることができました。
なんという見事な展開でしょう。
ハリーポッターなんか目じゃない!!!!!
続編をo(^-^)oワクワクしながら
首を長くして待っております。
m(_ _)m
Sianさん、筆が勝手に動く感じですか?
それともプロットどうり?(^^)
今後の展開が楽しみです。
ひとまず、アスパシオンの弟子は助かったのは良かったですかね。
お題:なりたい動物
鷹や鷲は大好きです。
空を飛べる動物になってみたいなぁと思います・ω・♪