Nicotto Town



アスパシオンの弟子⑱ 世捨て人(前編)

 ぼろぼろの黒衣を着たその人は、僕を連れて鍾乳洞の奥へ奥へと進んでいきました。

 寺院の地下に広がる鍾乳洞は、なんと広大なのでしょう。僕が少し前に罰を受けてさまよった草地や

滝のある所とは、全く別の方面に向かっているようです。

 周囲の様子に目を見張りながら、僕はついていきました。

大きな水晶がびっしり生える空間。

真ん丸い石がびっしりと地を覆っている洞窟。

緑や紫の小さな滝……初めて目にするところばかりです。

 道中、僕は魔法を解いてくれたこの人に感謝しつつ、この人は一体何者だろうかと考えました。

 僕が寺院の弟子であることは間違いなくばれています。地理的に鍾乳洞に入れるのは寺院の者だけ

ですから。魔法をかけられたウサギが転がり込んできたのですから、寺院で何らかの不祥事があった

ことは容易に推測されているでしょう。

「で、どうしてここに?」

 髭ぼうぼうの人が唐突に振り返って聞いてきましたので、僕はドキドキしながら、ざっくばらんに答えました。

「鷹に追われました。その鷹は、悪いことを考えていて……僕はそれに巻き込まれました」

「おやおや。悪い導師に目をつけられたのか? まさか北五州の面倒を見てる奴らか?」

「えっ? は、はいそうです」

「やっぱりか。奴らは寺院の中枢を牛耳ってて、特に恐ろしい連中だ」

 髭ぼうぼうの人は、ぶるっと身震いして言いました。

「あいつらに関わったやつはヒドイ目に遭う。俺の師匠も……。いやしかしよく、逃げてこられたな」

 湖の岸辺の岩壁を蹴ったら抜け穴が出てきたと話しますと。髭ぼうぼうの人は、おおあそこか、と声をあげました。

「あそこはな、昔防災対策で作られた避難通路ってやつだ。ちょっと前まではあの穴を使って避難訓練

なんざやってたんだぜ。地震がひどかったからな」

「地震?」

「湖にな、潜んでたのよ」

 髭ぼうぼうの人はにやっとしました。

「でっかいヌシが巣食っててさ。四六時中地震を起こしてたんだ。何回か津波も来たなぁ。それで万が一

寺院が崩れた時のためにって、あの抜け穴の避難路が作られたんだ」

「ヌシ? 竜みたいなものですか?」

「トカゲっぽい顔の、亀みたいな、変な生き物だったな。この星の先住種には違いない。実は鍾乳洞の

穴から迷い込んできてな、何十年も帰り道がわからなくて泣いてたんだよ。それを師匠と俺ら弟子

たちがひょんなことで見つけて、北の湖に逃してやった。そしたらぴたっと地震が収まって、めでたしめでたし。避難路は用済みになって、ふさがれたってわけだ」

 なんだかおとぎ話のような話です。でもそのお話は、どこかで読んだような記憶があります。

どこでだったでしょう……。

 足がくたくたになってきたころ、ようやく目的地に着きました。

 穴倉、と髭ぼうぼうの人が呼んだところは、壁がさらりと熱く乾いた洞窟にありました。地熱で

汗が出てくるほどの蒸し暑さです。

 いくつも小さな巣穴のような洞窟が並び、その少し大きめのところに髭ぼうぼうの人の寝床が

ありました。そこには草で編まれた茣蓙(ござ)が敷かれてあり、草製の籠がたくさん置いてあります。

 籠の中には光るコケのようなものや、魚の塩漬けや、刈り取った草がいっぱいです。

「近くに地底草の草地がある。太陽の光をあびなくても、熱でぐんぐん伸びる草だ。これが藁より

具合がいい。おまえが今はおってるのも、地底草を編んだやつだ」

 僕がもらったはおりものは編み目が粗いですが、とても滑らかで麻のような肌触り。なるほど、

鍾乳洞に生える草にはいろいろなものがあるようです。

「これからお前の服を作ってやる。今のはちょっと短かすぎるからな。下の方が全然隠れてないだろ」

 僕はカッと顔を赤らめました。歩いている間中、ずっと両手で前を隠して歩いていたのを気づかれ

ていたようです。

「ぼ、僕も手伝います」

「大丈夫だ。おまえはちょっと休んどけ。ほら、こいつを飲め」

 髭ぼうぼうの人は、とても大きくてまっ白で丸い袋を差し出しました。中に液体が入っていて、

たぷんたぷん揺れています。

「でっかい竜魚の空気袋にな、酒を仕込んだんだ。地底草のそばにゴリゴリの実ってのがたくさん

成ってる。そいつを寝かせるといい飲み物になるんだ」

「えっと、僕まだ見習いの弟子ですけど……」

「かたいこと言うな。ここは寺院じゃない。あそこの戒律は守らんでいい」 

 魚のエラからとった空気袋の袋は、とても丈夫でつるつるしています。

 匂いを嗅げば、まるでブドウ酒。おそるおそる口にすれば、爽やかな酸味。

 僕は夢中でごくごくと飲みました。いい飲みっぷりだと、髭ぼうぼうの人は大声で笑いました。

 それから草を切りそろえる作業を手伝おうとしたのですが。すぐに頭がぐらぐらして。あっという間に、僕はほんわりと熱い岩に大の字になっていました。

「おやすみ。ぺ……」

 なぜか自分の名前を呼ばれた気がしましたが。

 僕は目を開けていられず、夢のない深い眠りへと落ちてしまいました……。




 ずいぶん長いこと眠ってしまったようです。

 目を覚ますと、すでに草の服ができあがっていました。袖はありませんが着丈は膝より下まであり、

とても着心地の良いものです。草の香りもとても良い香りです。

 髭ぼうぼうの人は編み目をきつめに編んだそうです。なるほど、すうすうすることも透けて見える

こともありません。

「なかなかおしゃれだろ? あとで袖も作ってつけてやる」

 ぼろぼろの黒い衣じゃなくて、これと同じ服を着たらいいのに。

 僕は髭ぼうぼうの人を見てそう思いました。でももし本当にこの人が本物の導師なら。他の服を

着ないというのは、納得がいくことです。 

 黒き衣は、力の証。そして。この世の者ではないという証。

 導師になると、生まれた時にもらった名は取り去られ。新しい名を与えられ。己が会得した技の色の

衣をまとうことが義務づけられます。

 力を持っている者であることを、周りに隠すことは許されません。

 ただひと言の韻律で生き物を殺すことができるほどの技。黒き衣は、そんな恐ろしい技を使える

者であることを周囲に示すものです。

 この人は、世捨て人のようになっている今も、導師としての義務を固く守っているのでしょう……

「いやぁ、そんな真面目な意味で着てるんじゃないぞ」

 え?

「あ、すまん。俺な、人の心がちょっと読めるのよ」

 目を見張る僕に、髭ぼうぼうの人はぼりぼり頭を掻いて苦笑しました。

「なんかえらく感心されて困っちまうなぁ。なんというかまあ、めんどくさいから着替えないだけさ」

「そ、そうなんですか」

「あと、この衣は俺の師匠の形見だから、意地でも脱ぎたくないって理由もある」

「形見? ということはお師匠様の衣なんですか?」

「そうだよ。亡くなった時に貰ったんだ。俺の弟弟子も欲しがったけど、じゃんけんで勝った」  

「じ、じゃんけん……」

「はじめ一回勝負でやったら、負けやがったあいつが三回勝負だって言い張り出して、しかも後だしだ

とかはじめはグーだとか、そりゃもう、熾烈な争いだったけど。ほら、俺は人の心が読めるから

楽勝だったぜ。ハヤトめ、悔し泣きしてたな

 ハヤト?

 僕はとんでもない事実に我が身を硬くしました。

 ハヤトとは。確かわが師が導師になる前の名前では……?

 ま、まさかこの人は……!

 髭ぼうぼうの人は、鳶色の目をこちらに向けて、にこにこしました。

 それは不思議な、とても柔らかいまなざしでした。

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2014/10/11 09:41
お師匠さん垂涎の衣を着る謎の高僧
少年はなにを知るのか
続きはWEBで……じゃなくニコッとで
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2014/09/21 21:20
かいじんさま

コメントをありがとうございます。
きっとどこにでもいますよね^^
おそろしいカコバナが、さらに明らかに……・ω・?
なんだかいろいろ、蓋をされた事実が埋もれてそうでこわいです。
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2014/09/13 09:15
じゃんけんに負けると「3回勝負」とか言い張る子供どこにでもいるんですね^^

次号で師の過去が?
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2014/09/12 20:40
優(まさる)さま

出てきちゃいましたー^^;
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2014/09/12 20:39
おきらくさま

ありがとうございます。
そう言っていただけるのが何よりの励みです>ω<
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2014/09/10 19:04
何か出て来ましたね。

この後の展開が、楽しみですね。
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2014/09/10 16:18
ワクワク…続きを早く読みたいなぁ♪
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2014/09/10 15:55
今回はお題ふたつてんこもりです・ω・!

カテゴリ:家庭
お題:我が家の防災対策

カテゴリ:ファッション
お題:秋のおしゃれ




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