Nicotto Town



アスパシオンの弟子⑱世捨て人(後編)

「ひと仕事終えたあとの酒はうまいっ」

 髭ぼうぼうの人は、空気袋に仕込んだお酒をがぶがぶ飲み。ぷはーと息を吐きました。見れば顔はみるみる真っ赤。

 すっかりできあがった人は、とても上機嫌にいろんな話をしてくれました。

 お酒の造り方とか。服の編み方とか。

 それから、「おおそうだ」と、目を輝かせて。ぽんと手を打ちました。

「そういや、導師になったその夜に、師匠に祝ってもらったなぁ。師匠すっげえ喜んでくれて、酒を注いでくれたんだ。

そうそう、儀式の時に師匠から貰った名前はさ、たしか……」 

「なんていうお名前をいただいたんですか?」

 僕は身を乗り出して聞きました。導師に名を与えるのは、最長老の役目です。

ということはやはりこの人は……。

「アステリオンだ。大層な名前過ぎて、恥ずかしいよなぁ。星の子って意味なんだぜ。呼ぶならえっとぉ……そうそう、

エリクでいいぞ。カラウカスのエリク。それが弟子の時の名前だった。ここにはだれも名前を呼んでくれる奴がいない

から、つい忘れちまうなぁ。うはは」

 カラウカスの。やはり、我が師の兄弟子に間違いありません!

 お酒のせいでしょう、兄弟子様は、饒舌に語られました。

「お師匠様は気さくな人だが、すごい韻律の使い手だった。難しい韻律もちょちょいと舌先ひとつで

簡単にかけちまう。で、俺たち弟子に『ほれ、やってみ?』って言うんだよな。無理だってそんなの。

スメルニアなまりの巻き舌なんて、マネできねえって。うははは」

 髭ぼうぼうの人はどかりと胡坐をかいて笑いましたが。

「そんな風に鍛えられたおかげで、俺は十九で導師になれた。でもそのせいで師匠は、大変なことに……」

 そう仰るなり、顔が暗く曇りました。僕は驚いて目を丸くました。

 この寺院で、十代で導師になった者は今までいないはずです。公式の記録では、まだひとりも存在していません。

三十代でやっとなれるのが普通。二十代でなれれば、天才であるとおそれられる世界。

なのに――。

「まさか、十代でなんて!」 

「やっぱ信じられないか? 長老たちも認めてくれなかったよ。俺の師匠がごり押ししたってみんなに思われちゃってさ。

印象最悪。しかも師匠が俺にスメルニアの後見の座を譲ったもんだから、みんな大騒ぎだよ。十代の奴が大国の後見? 

ってみんな反発しちゃって。それで師匠はみんなから糾弾された。北五州の導師どもが、ここぞとばかりに攻撃してきた。

毎日ありとあらゆる本気の呪いが飛んできたよ」

 黒の技の大半は、おそろしい呪術です。技を極めた導師たちは、己が身を守る結界を、無意識のレベルで常に

張っていますが……。

「長老どもも加担して一斉に攻撃してきたもんで、呪いを避け切れなくてさ。師匠は寝込んじまって……そのまま……。

しかもあろうことか、この俺が師匠を殺したってことにされちまったんだ」

 え……そんな……!

最長老殺しの大罪人ってことで、俺の記録は、全部抹消されたはずだ。はなから存在しないことにされてると思う」

 アステリオン様はがっくりうなだれて、沈んだ声で仰いました。

「長老たちと北五州の導師どもが、口裏合わせて俺をはめたんだ。寺院の奴らは、俺がやったんだって信じたよ。

俺の弟弟子すらそう思い込まされた。俺は底なしの泉に投げこまれた。幸い生き延びられたけど、寺院に戻るのは

無理ってもんだ。だから悠々自適に、鍾乳洞で暮らすことにしたわけ。

いやほんと、ここ最高よ? 魚はうまいし、あったかいし」

「最高って……」

「まあ、ずっと前から、俺たち最長老の弟子は狙われてたのさ。俺の弟弟子も、不祥事起こしたって長老たちに言いがか

りつけられて、鍾乳洞に放り込まれたことがあったよ。ヘタに才能があると潰されちまうんだ」

 かつてわが師が鍾乳洞をさまよったのは。長老様たちの陰謀?

 僕はわが師が貸してくれた、地図入りの形見の本を思い出しました。

 あ……おとぎ話……! あの本の中に、湖のヌシを故郷に帰してやる話があったような……。

「兄弟子様。僕のお師匠様は……序列最下位です」

 僕は震え声で言いました。

「魔力は最強です。でも、寺院での発言権は全くありません。蹴鞠も一番上手です。でもわざと馬鹿で愚かで、

何もできないふりをしています。毎日、中庭に寝転がって、鼻をほじってます。講義なんか、ちっともしてくれません……」

 視界が涙でぼやけてきました。

「今、分かりました。きっと、わざとそうしてるんです。長老たちに攻撃されたくないから。なのに僕……いつも

文句ばかり言って……」

 自分でも驚いたことに。僕はアステリオン様にすがりつきました。

 そして。無我夢中で叫んでいました。



「エリク! ハヤトを助けて!!」



 自分でもびっくりしました。アステリオン様、と呼んだつもりだったのに。

「おまえ……」

「お、お願いです! 僕らを助けて下さい!」

 髭ぼうぼうのアステリオン様は。泣き出した僕をまじまじと見つめました。

「やっぱりおまえ、使い魔のペペだな? ウサギのおまえを見たとたん、そうじゃないかと思った」

 僕の頭に、大きな手が乗っかってきました。たのもしくて、暖かい手です。

「あいつに約束した通り、生まれ変わってきたんだな? よく今まで無事で……」 

 もう涙がとまりません。僕は声をあげて泣きました。まるで小さな子供のように。 

 泣きじゃくりながら、僕は兄弟子様にすべてを話しました。

 向こう岸の街が焼かれたこと。

 僕が人質にされ、我が師がはめられたこと。

 それは蒼鹿家の後見人の陰謀だったこと。

 最長老様が襲われたこと……。

「お願いします! 僕らに力を貸してください!」

「ぜひそうしてやりたいが。ハヤトは俺のこと、誤解したままだし。それに超めんどく……」 

「えええっ?」

「い、いや、それにいくら俺でも、長老と北五州の後見を全員相手にするのはちょっと……」

「……」

「う。まて。その顔やめろって! おまえ人間になっても、うるうる攻撃すんのかよ!」

 僕は歯を食いしばって、両手を広げてバッと突き出しました。

「お酒、十年分!」

「……!」

「僕の師匠の、お酒の割り当て十年分、さしあげます。お酒、好きですよね?」

「ちょ……おま……」

「二十年分でも、いいです!」

「なんでおまえが勝手に取引してんだよ! あいつまだおまえに面倒みられてんのか?」

「はいっ! 思いっきりみてます!」

「ぺ、ペペ、落ちつけ! 目つきがヤバイって!」

「胸の聖印で焼いちゃいますよ。うんと言ってくれるまで離しませんからね!」

「どわあ!」

 僕は必死になって兄弟子様にしがみつきました。禁欲の掟厳しい寺院では、胸につけられた聖印が効果を発揮します。

誰かとべたべたしようものなら、聖印は熱を発して我が身と相手を焼くのです……が。

「あれっ?」

 僕は眉根をひそめました。胸の聖印が、少しも浮かび上がりません。

「およ……発動しないな」  

「お、おかしいですね」

「全然、跡かたもないな。なくなってるんじゃね?」

「そ、そのようです……」

「あー、最長老、襲われたって?」

「はい。鷹に変じたヒアキントス様に」

「ありゃあ……こりゃたぶん死んだな、最長老。印をつけた術者が死ねば、印は消えるんだよ」

「!!」

「こわいなぁ。ほんとあそこは、嫌になるぐらいこわい……」

 兄弟子様はうなだれて。それから、くつくつと笑いました。

 僕は背筋がぞくりとしました。

 その笑いは……とても暗く。不気味なものでした。

 

 


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2014/10/08 07:04
紅之蘭さま

読んでくださってありがとうございます^^
国の意志決定の黒幕が全員集合しているので
必然的に熾烈な争いが……
でも表面的には、みんなにこにこ一緒に食堂でご飯食べてるのがこわいです^^;
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2014/10/03 08:49
一種の宮廷闘争のような
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2014/09/29 19:58
スイーツマンさま

読んでくださってありがとうございます。
寺院の中は、世界の縮図?
導師たちの内輪もめだけで事が済めばいいのですが、彼らは国の後見を担っているので、
彼らの力関係が外の世界に如実に反映されるようです。
カゲで糸を引いて戦争を起こしたり、争ってる相手の後見国の要人に刺客を送ったり;
そういうおどろおどろしいところを、改訂版でもう少しくわしく描写できればなぁと思います^^
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2014/09/28 19:20
寺院は権謀術数というより陰険なイジメ世界
お弟子さんたちはそのなかでたくましく、あるいは世をすねて生きているのですね

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2014/09/21 21:22
かいじんさま
読んでくださってありがとうございます。
各国の後見をしている人たちが集まっているので、
駆け引きやら権謀術数やら、常にしまくっているのかなぁと想像しています。
代理戦争のようなこともしているのかも・ω・?
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2014/09/15 23:40
本当に怖いところですね。

今後の進展が気になります^^
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2014/09/12 21:07
よいとらさま

読んでくださってありがとうございます。
物理的にも制度的にも閉鎖的な場所、しかも寺院の歴史は数千年ということから、
異常なことが正常であるとまかり通る特殊な世界ができあがっているのでしょう。
どこかの後宮よりとっても怖いところでございます^^;

兄弟子も使い魔ペペとはつきあいがあるはずなので、昔の記憶や思い出など
からめて二人の冒険を書き進められたらと思います^^

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2014/09/12 21:00
kobitoさま

読んでくださってありがとうございます。
魔法はなんでもあり、になりがちですので、どこで制限をかけるか迷いどころです><
寺院中枢の動きなど、黒き技を極める寺院ならではの「常識」(呪いを飛ばすなど)を
交えてうまく描ければいいなぁと思います。

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2014/09/12 20:48
カラシさま

読んでくださってありがとうございます。
花丸!うれしいですー><
三十分アニメ見倒してた子ゆえに、「主人公どうなる? 次回へ続く・どどーん」の光景は
脳裏にしっかりと焼きついておりまして……
たぶんそれが多大に影響しているかと思います^^;
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2014/09/12 20:45
夏生さま

読んでくださってありがとうございます。
楽しい想像をしていただけて、とてもうれしいです!
作者冥利につきます。
いつももったいないご感想、ほんとうに感謝です><
続き、がんばりますね^^
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2014/09/12 20:44
おきらくさま

読んでくださってありがとうございます。
同じ師匠に育てられているので、同じ様な感じに育っちゃってますよねきっと^^;
この人たちの師匠がかなりな曲者だったんだろうなぁと思います。
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2014/09/12 20:42
優(まさる)さま

読んでくださってありがとうございます。
兄弟子さまは相当強そうなので、本気出されたら
お話が一瞬で終わっちゃうかもしれませんね^^;
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2014/09/12 01:40
こんばんは♪

寺院の伏魔殿を見てしまった者は皆、消されてしまう。
生命の火が消える
存在の証が消える

消される寸前のウサギを救ったのは消された男。
出会いは偶然か必然か。因縁か。

強力な魔力を持った二人がどのような行動に出るのでしょうか。
そしてどのような結果が待っているのでしょうか。

ワクワクします♪
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2014/09/11 16:57
魔法と勢力争いが絡むと、書き手としては物語を制御するのが大変になって来ますよね。
それを上手くこなせれば、書き手も読み手も充実感に浸れます。^^
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2014/09/10 23:02
ほう。
兄弟子だけあって、さすが個性的。www
最後の「つづく」の作り方が上手です。
ハナマル書きたくなっちゃう。w
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2014/09/10 20:40
今晩は!

イイ感じに物語の枝が広がり、あちこちに美味しい果実が実っていますね。
素晴らしい文才だと感心しました。

これからどう展開するのでしょうか。
いずれ大地震の亀に似た動物も舞台に登場するのでしょうか。
想像しただけでもワクワクします。

次回を鶴首してお待ち申し上げます。
m(_ _)m
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2014/09/10 19:14
おぉ! もしかして、兄弟子は弟弟子を輪にかけて…かも♪

早く続きが読みたいなぁ^^
アバター
2014/09/10 19:10
この人が出て繰れば、解決出来るかも知れませんね。

でも、1人では非力かも知れませんね。




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