「契約の龍」(108)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/08/31 19:22:58
アルコールが回ってきたか?この世界にない森、とか聞こえたが。
「話を端折り過ぎた。あの森は、大雑把にいって三方を山に囲まれた場所にある。開けた一方が面しているのが、ミードだ」
「えーと……では、あの、「近隣の村」というのは」
「ミードでなければ、山岳民の集落だろうな。彼らには魔法に通じた者が多い、というから、あの家の者と近しいのだろう」
クリスの「婉曲話法」には、いい加減、慣れていたつもりだったが…こうなると、単語の概念自体が違っているのかもしれない、と思えてきた。
「…で、その「森」なんだが、外から見るのと、中に入って見るのとでは、様子が違っている。生えている木の種類とか、密度とか」
「…密度?」
「外から…山の上の方から見ると、地面が見えないほどの針葉樹林に見えるのだが、中に入ると、空白地があって…落葉樹なども見られる」
「実際に目にした事があるような口ぶりですね」
「実際に、入った事があるからな。秋口だったせいか、美しいところだったぞ」
えーと…さっき、「訓練していないものには踏破できない」とかなんとか言わなかったか?
「…ミード経由でいらっしゃったんですか?」
この人だったら、入国審査をパスできる、偽造の身分証明書くらい、訳なかろうし。
「いや、山越えで。…まあ、書類上では、山岳民の集落に滞在した事になっておるが」
…つまりは、公用を装って行った、という訳だ。…逢引のために?
「それは…現地では騒ぎになりませんでしたか?」
確か、クライドの話では、見知らぬ者が来ると、それだけで噂になる、とか言っていたよな。…いや、クリスのうちが目的ならば別、だったか。
「意外な事にそれほどは騒がれなかったな。一週間、村に滞在した行政官の方は、どうだか知らんが。えーと、どこまで話したかな?」
「確か…森が外見と内側とでは異なっている、とか」
ああ、そうだった、と呟きながらグラスに酒を注ぎ足す。もう何杯目だ?
「で、どうしてこんな木が植わっているのか、と尋ねた訳だ。「守護者」と称する、ソフィアに似た女に」
えーと。ソフィアというのは、クリスの母親で、それに似た女、というのは…さらにその母親、の事か。
「そうしたら、この森の奥に、「門」がありますので、その影響で、少々空間が歪んでおりますの、と笑って答えおった。で、当然、「門」とは何か?と尋ねたら、こちらの世界と彼の世界を隔てる物、但し彼の世界がどんなところか、というのは訊いてくれるな、と返ってきた」
「では、「守護者」が守っているのは、その「門」なのでしょうか?」
「さあな。そこのところは教えてもらえなんだ。ソフィアにも会わせてもらえなかったしな。…あれが現れた時は、驚いたぞ。別れた時のソフィアにそっくりな姿で。聞くと年も同じだというし」
…最年少で卒業、とは聞いていたが、そんなに若かったのか?…ていうか、
「…それって、ほとんど犯罪に近い若さだったのでは?」
「それは言ってくれるな。こっちだって若かったんだぞ。…それを考えなかった訳ではないが。何しろ、初めて会ったときは、八歳くらいにしか見えなかったんだから。それが…」
…この辺りからの記憶があいまいだ。何しろアルコールでもやがかかってるし、相手の話も、行きつ戻りつするし。
とりあえず、どこかで切り上げてはいたのだと思う。朝、目が覚めた時は、ちゃんと自分の部屋にいたのだから。あまり知らない場所だというのに戻ってこれたなんて、自分をほめてやりたい。
「……で、自分の限界を見極めることはできたの?」
クリスが茶の入ったマグをこちらに差し出しながら言う。曇っているせいでよくわからないが、もう昼近くだという。
「量の見極めはともかく、度を越したらどうなるかは、解った。……と思う」
重い頭を押さえて、差し出された茶を啜りながら、どれくらい飲んだんだっけ、と数えてみる。…途中から、グラスを干す前に注がれていたのを思い出して、やっぱり量はわからないな、と結論付ける。
「…そうか。ところで、アレクの今日の当番はいつだ?」
今日の当番……午前中に当番が回ってくることはなかったはずだが…
「午後の…どこかだが、正確なところは割当表を見ないと判らない」
「では、反省のためにも治してあげない方が親切、かな。その宿酔」
「…どーにかできるんだったら、どうにかしてくれるのが、親切っていうものじゃないのか?」
「だって、めったに見られないものは、堪能しないと。そう言ったのは、ほかならぬアレクだぞ?」
…確かに、クリスのドレス姿を見て、そう口走ってしまったのは俺だ。直後に、「じゃあ、アレクのも楽しみにしてる」と返されたので、即刻忘れるように、と言ったのだが。
「めったに、って…」
こんな醜態、しょっちゅう晒してたまるか。
アレクさん 遂に
お披露目ですね^^