アスパシオンの弟子⑲ 鳥の王(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2014/09/17 16:36:08
大きな翼をはばたかせ。すらりとした白い首を持つ巨大な鳥は、ものすごい速さで岩山をぐんぐん飛び越えていきます。
次第に青空がほんのり色づいてきます。太陽が傾いているのです。
あれ……? 左手の方に沈んでいる?
「ちょっと兄弟子様、北五州は南東です! なんで北に向かってるんですかっ」
「おっと。ばれた?」
「早く回頭して下さいよ!」
「ほんとに行くのぉ? 俺と極地でスキー三昧した方がよくない? すぐそこにすっげえ万年雪の大絶壁があるんだけど、
せめてそこでひと滑りしてから――」
僕は鳥の首に思い切り噛み付いて抗議しました。
「それでも兄弟子ですか! もう、あんたたち兄弟はいつも、めんどくさがって!」
「ウサギの時の記憶が出てるぞおまえ。こらいてえって! 落っこちる!」
「わ!」
大鳥がぶるんと首を振った瞬間、僕は黒い衣の司令塔からぽろっと落ちて、頭からまっさかさま。大鳥が急降下して
追いかけてくれて、うっすら氷の張った湖に突っ込む寸前に拾い上げてくれました。
「ったく、張り切りすぎだぞペペちゃん」
「す、すみません」
鳥は大きな湖の上をゆっくり旋回しています。何度も、何度も。まるで何かを探しているように。
だいぶ極地に近いのでしょう。南よりもずっと日暮れが早く、空はすっかり橙色。無数の氷の粒が空中に舞って、チリチリと輝いています。
ふわふわの頬に当たる氷の粒は冷たくて、少し痛くてくすぐったい感じです。
大鳥のそばを、ガンの群れが飛んでいきました。百羽ほどの群隊です。先頭を行く隊長鳥が、湖に降りて餌を
探し始めました。大鳥はガンの群れに近づき、はばたいて滞空しながら隊長鳥に声をかけました。
「よお、ちょっと聞きたいんだけど、ここにはいつからいる?」
大きく美しい鳥に話しかけられて、ガンの隊長は少し怖気づきながらも答えました。
「ひと夏おりました。あと一週間ほどで、南へ参ります」
びっくりしました。動物になっているからでしょうか。鳥の言葉がはっきり解るのです。僕には人の言葉に聞こえる
のですが、大鳥も人語ではなく、鳥の言葉で喋っているのでしょう。単なる発声音だけではなく、精神波のようなものが
混じっているのかもしれません。
「今年、ここの大将には会ったか?」
「初夏に南からここへ戻って来ました時、いつものご挨拶をしたきりです。最近リウマチがひどくて、なかなか湖面には
上がってこられぬようで」
「そっか。もし会ったら伝えといてくれ。ウサギのぺぺが会いたがってるって。三日したらここに戻ってくるからさ」
「承知いたしました、鳥の王」
ガンは尊敬の念をこめて頭を垂れました。王なんてと、大鳥ははにかみながらまた空へ飛び立ちました。
兄弟子様は、北の湖に逃したというあのヌシを探していたようです。
しかし一体なぜ?
それに僕の名前を言うなんて、その昔、僕もヌシの事件の時に結構関わっていたのでしょうか。
「なにボケたこと考えてるんだ。おまえがその昔、ヌシと俺たちとの通訳をしてくれたんだぞ。ヌシはお前をえらく気に
入って、そのおかげでここに帰せたんだ」
「えっ、そうなんですか?」
「完全に思い出してそうで、そうでもないんだな」
瑠璃色の大鳥は、ぎゅんと旋回して南東へ進路を取り。今まで以上の凄まじい速さで飛び始めました。ようやく
本気を出してくれたようです。
「三日で決めるぞ、ぺぺ。まあ、とりあえずハヤトを拉致るだけだから、余裕だろ」
「はい、よろしくお願いします」
「ちょっと、おまえなにしてんの。ガサゴソうるさいぞ」
「あ、魚食べようと思って」
「おまえ……人をあごでこき使ってる上に、勝手にひとりで食べるつもり?」
「塩味効いてておいしいですねこれ」
「鉄面皮ウサギが! 後で皮ひんむいてやる!」
大鳥は大きな火山を越えたところで、針葉樹の森に降り立ち。大きな洞のある木の前ですうと人の形に戻りました。
だいぶ飛んだので休憩です。もう空はすっかり、夕暮れの赤。一番星が見えています。ボロボロの黒き衣をいそいそと
はおった兄弟子様は、どっかりと木の根元に胡坐をかき。めいっぱい魚をかっこみ。空気袋の酒をがぶがぶ飲み干しました。
「あの……」
「おまえはさっき食っただろ」
兄弟子様は、魚の籠を抱きしめて離しません。お酒が入ったので目がすわっています。
「いえ、僕も人間に戻して欲しいかなと」
「だーめだ。勝手に食った罰。ウサギのままでいろ」
兄弟子さまは僕の両耳をいきなりつかみ、自分の懐にすとんと僕をつっこみました。
「うおぶ!」
「うぉーあったけえ。これやると、ハヤトとお前を取り合ったのを思い出すわ。夜の湯たんぽ争奪戦。うはは」
「どうでもいいですけど、すごく臭いです……衣、洗濯してないでしょう」
僕がぼやくと、兄弟子様は衣の上から意地悪くぎゅうっとしてきました。
酒臭さも付加されたオソロシイ匂いに鼻がひん曲がりそうです。ちょっと勘弁して欲しいです。川か泉を通りかかったら、
絶対にひんむいて、衣を洗わなくては。
酒臭い息を吐く兄弟子様は、ぐりぐりと僕の頭をなでました。
「ペペ、また会えてほんとうれしいぞぉ。おまえほんと、かっわいいなぁ」
うわ。なんか、タコみたいな口が頭上に接近してきたんですけど。
「調子に乗るなぁ!」
僕は後ろ足キックを兄弟子様の顔にかまし、木の洞に飛び込みました。
「ちょっと、静かにして」――「あ、すみません」
中には先客がいました。フクロウです。これから目覚めて夜の狩に出るところらしく、足で寝ぼけまなこをしきりに
こすっています。
「あら、おいしそうなウサギ」
そういえば、フクロウは猛禽類――。
「うわああ!」
あわてて洞から飛び出した僕は、兄弟子様の懐に飛び込みました。フクロウの鋭い爪がすっと僕の頭上をかすめて
いきます。
「ほう、でっかいフクロウだなぁ」
けらけらと笑う兄弟子様。フクロウは黄色い大きな目をくりっとさせて、すぐ向かいの木の枝に止まりました。
とたんに僕は息を呑みました。
たくさんの鳥たちが、近くの木の枝にびっしり止まっているではないですか。
オオルリ、ムクドリ、ミソサザイ……小鳥だけでなく、もっと大きな鳥たちもたくさん……。
「ニュース!」「大ニュース!」「ここに降り立ったの?」「そうみたい」「どこにいるの?」
鳥たちのさえずりが、はっきり聞こえます。
「虹色の尻尾の」「どこ?」「瑠璃の翼の」「どこ?」「白い頭の」「どこ?」
森の鳥たちは、大鳥グライアの姿を見て集まってきたようです。鳥の王と謳われる美しい鳥の噂は、瞬く間に
森中に広まったのでしょう。洞で眠っていたフクロウは何事かとびっくりして頭をキョロキョロ回しています。
「ニュース!」「大ニュース!」「きれいな鳥ですって?」「そうよ」「すごくきれいな鳥!」
「フクロウのおばさま、見なかったの?」「すぐ近くに降りたのにねえ」
何百羽という鳥たちの笑い声……。
「すごいです、兄弟子さま。こんなにたくさん! ねえ、見てくださいよ」
耳をぴんと立てて興奮する僕。でも兄弟子様はさすがに疲れたのでしょう。鳥の声などまったく気にすることなく、
大きないびきをかき始めていました。
「人間とウサギしかいないわよ」「まぬけな顔ね」
「瑠璃色の鳥はどこ?」「どこ?」「どこ?」「ニュース!」
夜の更けるまで。僕らの周りでは、たくさんの鳥たちがさえずっていたのでした。
ありがとうございます^^
ほんとに、どうしようもないオヤジですよねw
いやほんとに、無事に目的地に殴りこめるのか著しく不安ですw
ありがとうございます^^
ほんとに、どうしようもないオヤジですよねw
いやほんとに、無事に目的地に殴りこめるのか著しく不安ですw
読んでくださってありがとうございます^^
大小でこぼこな二人、お話がおとぎ話めいてきました~。
「二ルスの不思議な旅」とか、ちょっと思い出しながら書いております。
あのアニメのオープニングは歌も映像も神ですw
読んでくださってありがとうございます。
森に入った時点で、手塚アニメ風にうわっと鳥さんの群れが頭に浮かんできましrた^^
鳥の美意識は、やはり自分たちのもつ羽根の色だったりするかなぁと思いながら書きました。
読んでくださってありがとうございます。
鳥さんになってしまいましたね^^;
これからガガーンといけるのかどうか。
兄弟子さんがあの性格だけにとても不安です^^;
読んでくださってありがとうございます。
三章か、四章だてになるかなぁと思います。
弟子君と視点の違うお話で章の区切りをつけようと思っています。
だらだらにならず、きっちりお話をすすめられるようがんばります^^
駿馬は一直線に洞窟の出口へ・・・行きませんでした。
麗鳥は一直線に北五州へ・・・行きませんでした。
温泉でのんびりしようよ・・・ウサギはきっぱりと断りました。
スキーで遊ぼうよ・・・ウサギはきっぱりと断りました。
洞窟でウサギが見たものは・・・
極地の湖でウサギが見たものは・・・
今回も楽しいお話をありがとうございます^^
景色がどんどん流れて行く快速さが気持ちよいです。
経験豊かな魂と始まったばかりの魂が紡ぐ物語を
楽しみにせずにはおれません♪
動物たちが、人間よりもシンプルに世界を見ていることが伝わってきます。
今はまだ嵐の前ですかね・・・。
今後が、楽しみです・・・。
見事な展開に息を呑みながら、一気に通読しました。
鳥の王とは素晴らしい!
そしてぺぺの過去の一端が見えてきました。
これは長大な物語になりそうですね。
これからどう進行していくのでしょうか。
o(^-^)oワクワクしています。
次回作が楽しみです。
鶴首してお待ちしています。
お題:今年一番の大ニュース