アスパシオンの弟子⑳ 常若の少女(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2014/09/23 20:10:23
兄弟子様の懐でぬくぬくうとうとしているうちに、朝になりました。
眠りから覚めても、鳥たちの群れはまだ枝にずらりと止まっています。
僕は兄弟子様を齧ったり蹴ったりしてなんとか起こしました。目を開けるなり兄弟子様は、
「うわ? なにこれ!」
いまさらのようにびっくりなさり。わたわたと木の幹の裏側に隠れて、信じられない光景をおそるおそる
眺め上げました。
いやほんとに、いまさらです。だって一晩中、鳥たちの包囲の中で眠っていたのですから。
「大鳥グライアを見て集まってきたようですよ。鳥たちがまだくっちゃべっています。どこどこ?って、
うるさいぐらいです」
「人間の状態じゃ、何言ってるか解らんな。しかしどんだけいるのこれ」
鳥たちは、まだまだ増えてきています。いったいどれだけいるのでしょう。彼らの情報伝達力は
すごいものです。
「あー、これまさか、俺のこと神獣だと思われたかな?」
鳥をまじまじと見ていた兄弟子様が、ぽんと手を打ちました。
「神獣?」
「大昔の古代兵器でな、生物と鋼を合体させた奴らのことさ。そのいっとう最初に作られたのが、
グライアを改造したやつだった。そいつはな、鉄の鳥の群れを操って戦ったって話だ」
「でもなんで、その神獣だって思われたんです?」
「よく見てみろよぺぺ。宵闇で暗くて、気づかなかったのか?」
僕は目を凝らして、朝日のさしこむこずえを見つめました。鳥たちがまぶしい陽光を浴びて
輝いて見えます。
きらきらと。まるで光沢のある金属かなにかのように……。
「え?! 本物の鳥じゃない?!」
僕は驚いて何度も赤い目をこすりました。オオルリも、ミソサザイも、ムクドリも。まるっきり
本物のように見えるのですが、その羽の一枚一枚が金属の輝きを持っているのです。集まってきた
鳥たちがとても精巧にできている鉄の鳥であるのにようやく気づいて、僕は言葉を失いました。
もしかして木の洞にいたフクロウも、鉄でできていたのでしょうか。
ああ、いました。ムクドリの群れの隣に止まって、眠そうにあくびをしています。朝になったので
眠たくなったのでしょう。
その羽はやはり金属で、淡く黄色に輝いています。
「ペペ、こいつらはもともと神獣に操られてた眷属たちなんだろうよ。神獣の姿が記憶に入力
されてるもんで、それに似てる俺の姿に反応したんだろうな」
しかし、その鳥たちがどうしてこの北の果ての森にいるのでしょう?
「ここは北の辺境で、人なんか住んでなくて、超秘境レベルだ。ってことは……」
兄弟子様は頭をぼりぼり掻いて、ご自分の記憶を掘り起こしました。
「俺が昔、寺院で読んだふっるい歴史の文献にこんな記述があったな。
『グライアの神獣が竜王メルドルークに敗れしのち。グライアの眷属は、北の彼方に去りにけり。
神獣のつがいであった大鳥に導かれ、安住の地を求めけり』。
うーんつまり……この鳥たちが、安住の地を求めた鳥たちってことじゃねえか?」
「それってつまり、この鳥たちは何百年も生きてる、もと兵器ってことですか? 鉄製のものを、生きてるって言えるかどうかわかりませんけど」
「だと思うんだが、しかし故障もなしに何百年も動いてるなんて、ちょっとありえないよなぁ」
兄弟子様は首を傾げながらそろそろと荷物を引き寄せて、酒の袋の口を開けようとしました。
「ちょっと! 朝から飲まないでください」
「おっと。だめ?」
「だめです。先を急ぎましょう。また鳥になってください」
「え。またグライアになるの? まじで?」
「はい。僕に、考えがあります」
兄弟子様は荷物を背負い、再び瑠璃色の大鳥に変じました。僕は荷物のてっぺんの司令塔に登り、
しがみつきました。大鳥が空へ飛び立つと、木々に止まっていた鉄の鳥たちが一斉に舞い上がり、
群れを成してついてきます。思ったとおりです。
「ふむ? で、あの群れをどうするつもりだ、ペペちゃん」
「兄弟子さまが命令したら、その通りに動くと思います。兄弟子さまのことを神獣だと
勘違いしてるのなら」
「ちょっとおまえ……」
兄弟子様はぎろっと目を剥きました。
「自分が何言ってるか解ってるか? それって、古代兵器が大陸中で使われてた時代と同じ戦い方をするってことだぞ。つまり……」
「大陸法典に抵触しようがかまいません」
僕はきっぱり言いました。
「僕らが相手にするのは古代兵器です。毒は毒をもって制すです!」
具合の良いことに、鉄の鳥たちは僕らのあとをずっとついてきます。大鳥は渋い顔をしながらも、
ずんずん南下しました。下を見れば、細く続く獣道のようなものを目印にして飛んでいます。
「塩の道だ」
兄弟子様はこういう道はいっぱいあるのだと仰いました。
「獣たちがな、塩を舐めるために通る道なんだ。ほら、ちょっと向こうの方にも筋みたいな道が
見えるだろ? あれもそうだ。つまりこの道をたどっていけば、いずれ塩のある所に出る。で、
塩がある所の近くには――」
「人間の街があるってわけですね?」
「そういうこと。人間が生きてくのに必要なのは、水と食いもんと、それから塩だ。寺院で習ったろ?」
たしか歴史学を研究されているシレンティウス様が、全体講義の時に仰っていた覚えがあります。
この星に移住してきた人間たちは、一番始めに塩の採れる水辺の近くに街を作ったのだと。
塩を求めるのは、人間という種族の本能的な習性であるのだそうです。
「これが五塩基生物のメニスとなると違うんだ。汗すら甘いあいつらは、あっまい岩糖の近くに集落を作るんだそうだ」
「メニス? それって……」
優等生のリンは、その種族の混血です。人よりも寿命が長い、ということは聞いたことがあり
ますが、汗が甘いというのは初耳です。リンは別段他の人と変わらない感じですが、そういえば
近づくとほんのり甘い香りがします。何か香をつけているのだと思ってましたけれど、もともとの
体臭なのかもしれません。
「人間はな、もともと塩気の多い海で生まれて進化した生き物なんだそうだ。で、メニスは糖分の
多い海で生まれて進化したんだろうって言われている。もともとの起源の星が、飴玉みたいな
ところだったんだろうなぁ。やつらが体から甘露を出すのは、そういうわけかららしい」
「甘露ってなんですか?」
「うんと……まあ、体液だ。巷じゃ、不老不死の秘薬とされてる。でも、どっかで見つけても絶対飲むなよ」
「なぜですか?」
「麻薬と同じ代物らしい。いったん飲めば、それなしには生きられなくなるんだ」
ぐおん、と大きな風が横殴りに吹いてきました。自然の風ではありません。
司令塔から落っこちそうになった僕は、とっさに畳まれた黒き衣を掴みました。
ぐおん。
またものすごい風が横から吹いてきます。吹っ飛ばされそうになったので、兄弟子様の黒い衣に
齧りついてなんとかしのぐと。
「そこのデカ鳥! 止まりなさい!」
風と共に、りんとした声が響いてきました。そこでようやく、大鳥が横から風をあてられて
いることに気づきました。暴風で思わず閉じた目を開けてみれば。すぐ真横を、とても大きな鉄の
鳥が飛んでいます。銀色に光っていて、その姿形は兄弟子様とそっくり。そう、大鳥グライアの形です。
「とまりなさいったら!」
僕は仰天しました。その鳥の背には、美しい少女がひとり、またがって乗っていました。
長い鳶色の髪をなびかせながら。
あまり風呂敷を広げすぎると
回収が大変になってしまうので
抑えつつ抑えつつーがんばります・ω・;
キャシャーン! なつかしいいいいい!
知ってますよ~!(←タツノコっ子)
お母さんは最後にちゃんと人間に戻れるんですけど、キャシャーン自身はたしか
ずっとあのまま人間には戻れないのでしたっけ?
「食べ物の味がしない」、というキャシャーンのセリフが、
子供ながらにショックだったのを覚えてます。
鉄の鳥や、異種族の登場で、世界観に不思議な雰囲気が出ればいいなぁと思って書きました。
機械の鳥に乗る少女の絵は、いつかイラストで描いてみたいです^^
さて続きはどうなるでしょうかね・・・。