Nicotto Town



アスパシオンの弟子21 禁断の果実(前編)

 少女の頬をまっ白い涙が伝い落ちていきます。

 鼻を突く甘い香り。花のような。いや、果物のような。

 まるで秋にたわわに実るリンゴ? それともブドウ? なんともかぐわしい香りです……。

「ペペ! さわるな!」

 兄弟子さまに叫ばれて、僕はハッと我にかえりました。

 いつのまにか、頭がぼうっとしていました。しかも片手を伸ばして、自分でも気づかぬうちに

少女の頬に触れていました。

 甘酸っぱい匂いが鼻をくすぐります。なんておいしそうな匂いだと僕は思いました。

「だめだ! はなれろ!」

 兄弟子さまは僕の首根っこを掴んでぐいと引き寄せ。僕の手首を握ってぶるぶると振り、

親指についた白いしずくを落としました。

「絶対口に入れるな。こいつは甘露だぞ」

「え……これが?」

 地に落ちたしずくから香りがはじけ飛びました。ほんの一滴なのに、なんだか目眩を起こしそう

なぐらい、甘い香りがねっとりまとわりついてきます。なんておいしそうな香りなのでしょう。

僕は果物がたっぷり実った果樹園の中にいるような錯覚を覚えました。果実をもいで無性にかじり

つきたい。そんな衝動がむくむくと心に湧いてきました。

 兄弟子さまは僕をさらに引っ張って、芳香を放つ少女からかなり距離を取りました。

「あー悪かった! 無理言ってすまん。だがお嬢ちゃん、俺らを魅惑すんのは勘弁してくれ。な?」

「だれがあんたたちみたいなのを誘惑するっていうの?!」

 まっ白な涙を拭い、少女は憤然としました。

「これ以上あんたたちとつきあうなんて願い下げよ! ともかくもう、母様の鳥を惑わせないで」

 メニスの少女は踵を返し、大きな鉄の鳥にまたがって、あっという間に飛び立ちました。

 ぶおん、と大きな風が地表に吹き降りてきます。

 鉄の鳥は鳥たちのいる木々の周囲をゆっくり何度も旋回し、歌詞のない歌を歌いだしました。

とても不可思議なメロディーです。どことなく懐かしいような、鈴の鳴るような、何かに呼びかけているような……。

 すると鳥たちは徐々に葉の落ちた枝から飛び立ち、大きな鉄の鳥のあとについて飛び始めました。

 鳥たちは明らかに少女の歌に反応していて、みるまにきれいな群隊を作っていきます。

 僕はもどかしさに歯を食いしばりました。見事に作り物の鳥たちを操る少女。彼女が協力してくれたら、

どんなに心強いことでしょう。

「兄弟子さま、あの鳥たちは、あの子の母親のものなんですよね?」

「そうだと言ってたな」

「つまり、母親が口ぞえすれば、あの子は味方になってくれるってことですよね?」 

「まあ、そうかもな」

「行きましょう。母親のもとに。あの子じゃなくて、母親にかけあいましょう」

「いやあ、それはまじでめんどいぞ。五百歳超えてるメニスにして、あんなものを作っちまう導師を

説得するだぁ? なにそれまじで死ねるって。ムリムリぜったいムリ。俺が竜王メルドルークでもムリ」

「でも兄弟子さま、やってみなきゃわからないです」

「なあぺぺちゃん」

 兄弟子さまはすっと真顔になり、頭上を飛ぶ鉄の鳥の群れをふり仰ぎました。

「あのお嬢ちゃんの言う通りだ。あの鳥たちは兵器じゃない。だからこそ、自由にこの空を

飛べるんだ」

「兵器ではない……からこそ?」

「北州へ連れて行けば、あいつらは確実に人間たちに認知される。そんな状況で一回でも兵器として

使われちまったら、あいつらはただの鳥にもどることはできなくなる。大陸憲章の定めるところに

よって、古代兵器とみなされて、寺院に封印されるか、破壊しなければならなくなるぜ」

「でもその使用目的が古代兵器の破壊であれば、特例として見逃してもらえるんじゃないんですか?」

「あー、俺が記憶してる記録や史実のかぎりじゃ、いまだかつてそんな事例はないな」

 食い下がる僕をどうどうとなだめ、兄弟子さまは鼻をほじってピンと鼻くそを飛ばしました。

「それにさペペちゃん、あのお嬢ちゃんは大事なあいつらをただの一羽も失いたくないし、

あいつらに他人を傷つけるような真似をさせたくないんだろうよ。だからな、うん、あきらめろ」

「でもっ! 僕らには我が師を助けると同時に、北五州での争いを止めるという正当な理由が――」

「なんだそりゃ。俺たち何様だってのよ」

 兄弟子さまはくつくつと苦笑しました。

「おまえ、それじゃバルバドスやヒアちゃんたちと変わらないぞ? 大義名分のために平気で兵器を

使うって、結局あいつらと同じことをするってことだ。おまえそんな調子でいったら、いずれ必ず、

街を焼いても仕方ない、人を殺してもかまわないってなるぞ。あいつらみたいにな」 

「う……!」

 僕は言葉に詰まりました。憎いやつらと同類だといわれて、心がざわっとしました。

 違う、僕はそんなんじゃないと心中で必死に否定しながらも。僕は自分がしようとしていたことが

急に恥ずかしくなりました。うなだれた僕の頭を、兄弟子さまはぐりぐりと撫でました。

「だからな、すっぱりあきらめろ。メニスをカノジョにしようなんて狂気の沙汰だ」

「え……なんでいきなりそんな話に? いつ僕が彼女にほれたっていうんですか」

「さっきあの子の涙に引き寄せられてただろうが。おまえ、おもいっきし鼻の下伸びてたぜ」

 突っ込まれてぐうの音も出ない僕の肩を、兄弟子さまはぽんぽんとわざとらしく叩きました。

まるで慰めるように。 

「なあおまえ、あの子の、めくれそうでめくれないスカートの下、期待しただろ? え? ちょっと期待しただろ?」

「だ、だれがっ!」

「でもほんと、悪いことはいわねえから、やめとけ。な? あれメニスだから。あの子、涙が白いから、

もう羽化して成体になってるぞ。つまり最低でも三十は越えてる。な? めっさ年上だぞ? やめとけ」

 いつ僕が彼女を好きになったっていうんですか。勘弁して下さい。この人、僕に言うことで

自分にも言い聞かせてるとかですか?

 あ……もしかして、説教されて落ち込んだ僕を元気にするため? このニヤニヤ顔って、まさか

そういうこと……なのでしょうか?

「ぼ、僕は女の子のスカートの下には興味ありません」

「いやいや、女の子には興味もっていいのよ? 問題は相手が女の子じゃなくてメニスだってとこが……」

「いえ、僕は導師の弟子です。禁欲第一、清貧に生きてかないと」

「変なとこで真面目くさるなぁ。まあいいや、じゃあ、潔くバイバイって手を振ってやれ。

なあに大丈夫だよ、助っ人なんていらないさ。ハヤトを拉致るだけなんだから。俺たちだけで

なんとかなるって」

 僕は渋々、空を飛びゆく鳥たちに手を振りました。

 メニスの少女は僕らがあっさり引き下がったので一瞬面食らっていました。彼女は僕らのもとへ

ぎりぎり下降してくると、思いっきり舌を出してみせ、それから北の方へ鉄の鳥を回頭させて、

ぎゅんと飛び去っていきました。鉄の鳥たちがそのあとに続いて去っていきます。

 空の彼方へ消え行く群れを見送ったあと。僕はあることに気づきました。

「あの子の名前、聞くの忘れました……」

「聞かなくていいさ」

 兄弟子さまは肩をすくめ、酒の袋を拾い上げてその蓋をかぽっと開けました。

「もう二度と、会うことはないだろうからな。いやあ、めでたしめでたしだ」



  

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2014/11/02 10:45
スイーツマンさま

ミコさま


ありがとうございます><
ヒロインですので絶対あとから華麗に再登場、大活躍・ω・!
しないとですよね!
がんばります・ω・>
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2014/11/01 06:15
二度とあうことはない……やっぱり再会しないとですよね^^
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2014/10/26 19:27
めでたしめでたしといいながら
ロリータ系熟女様と仲良くなれそうな気配
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2014/10/07 22:52
MC202さま

ありがとうございます。
かわいいは絶対の正義ですよね^^
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2014/10/07 22:51
かいじんさま

都合が悪い相手が出てきてしまったので、
ふざける余裕がなくなってしまったのでしょう^^;
しかし……この人ちゃんとしたこと言えるんだーと私も驚いてます@@
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2014/10/07 22:47
優(まさる)

>住所をきいても

私も激しくそう思います・ω・!
でもたぶん兄弟子さまが妨害したと思います。
あーあーあーとか大声出して^^;
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2014/10/07 22:46
おきらくさま

>せめて郵便番号

私もそう思います・ω・!
おお、私のお話が気分転換になっているとは。
嬉しいお言葉です><ありがとうございます!
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2014/10/06 00:45
カワイイ女の子の涙は 威力抜群 (。-_-。)
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2014/10/05 19:53
今日の兄弟子、言う事がまともですね^^
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2014/10/02 19:07
住所を聞いても良かったかも知れませんね。
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2014/10/02 15:27
せめて、郵便番号ぐらい聞いておけばよかったのにな…(ぽそっ)
さて、気分転換終わったから、お仕事お仕事!
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2014/10/02 15:09
カテゴリ:グルメ
お題:秋に食べたいもの

リンゴにブドウにラフランス^^♪
メニスの甘露はかなりフルーティなようです。




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