Nicotto Town



アスパシオンの弟子21 禁断の果実(後編)

 鳥たちの姿が完全に見えなくなってから、兄弟子さまは再び大きな鳥に変身しました。

 しかし今度は、瑠璃色のグライアにはなりませんでした。大陸の西の方に生息する大きな鷲です。

この人は、かつてどれだけの生き物になって生きてきたのでしょう。

 再びウサギにされた僕は、大鷹の背に器用に負われた荷物のてっぺんに乗りました。

 グライアほどの速さは出ませんでしたが、大鷲はいくらもたたぬうちに北州へ入りました。

 塩の道をたどっていくうちに、僕らはかなり大きな塩湖にたどりつきました。まるで鏡のように

透き通り、一瞬氷かと見間違えるほどつるつるした湖面です。太陽と青空を奇麗に映していて、

一瞬どちらが本物の空なのか分からぬほどでした。

 岸辺の近くに、三角錐のような形の塩の塊がいくつもそびえ立っています。人の手で寄せあげ

られたものです。僕らはその湖の岸辺近くに、黒く焼け焦げた跡地を見つけました。

 それは、すっかり焼きつくされた村でした。 

 焼いたのは……おそらく、バーリアルと鉄の兵士に違いありません。普通の火災によるもの

ではなく、熱線を放射されたものだということが如実にわかるような焼かれ方でした。

焼け残った家々の屋根や壁がところどころ、どろっと溶け落ちているのです。

「うわあ、やっちまってるなぁ」

「周囲の村も軒並みやられているようですね」

 塩湖の岸辺には、いくつも小さな村がありました。そのどこも、ほとんど焼かれて廃墟と

化していました。すでに炎は鎮火していて、煙が立ちのぼっている処はありません。ひんやりとした

風にのってくる焦げ臭い匂いには湿気が混じっています。焼かれて一週間は経っているようです。

 生き残った人々は南下して大きな街に避難したり、近くの森に逃げ込んだのでしょうか。

村には人の姿も、生き物の姿もほとんど見つけられませんでした。

「交戦の跡は無いようだな。金獅子家の軍はここには来てないか」

「国境近くですから、まだ鉄の兵士の動向が把握できてなかったんでしょうね」

 大鷲は塩湖から流れ出る川に沿って南へ飛びました。

 川には、湖からとれる塩や物資を運ぶために使う船が、船頭のいないままいくつも流れて

いました。焼け焦げているものがちらほらあります。

 河岸に寄り添うようにつくられた村や小さな街がぽつぽつと見えてきましたが、どれも無傷

ではありません。だいぶ南の、丸焼けにされた街で、僕たちは始めて金獅子家の軍隊と思われる

残骸を目にしました。それは無残に焼き溶かされた鉄の戦車のようで、土嚢を積み上げた防塁の

前でどろどろに溶かされて動けなくなっていました。十台ほどでしょうか。他の戦車があわてて

退却していったらしい跡が大地にしっかり残されています。

「くそ……バーリアルがだいぶ暴れてる……」

「バルバドスったら、容赦ねえなぁ。とにかく人が住んでるところは全部、襲わせるつもりなんだろうよ」

「被害が大きければ大きいほど、退治した時の功績が大きくなるってことですね」

「それで金獅子家に取り入ろうって腹だっけか? とんでもねえ自作自演だな」

 川は非常に長く、他のところから流れてくる川と合流してかなり広い河となり、ついには大きな

湖に流れ込んでいます。大鷲は湖に向かって飛びました。はるか上空から見下ろせば、今向かって

いる湖の周囲にも、大小の湖がぽつぽつと点在しているのが見えました。

 蒼く丸い輝きが僕の目を焼きました。

「北州は、湖ばかりなんですね」

「そりゃあ、かつて黒竜家が持ってた神獣が大暴れして、ここら一体水びたしにしちまったからな」

 黒竜家というのは、五つの大公家のひとつ。今は北五州の中央にある州を治めていますが、

かつては北五州を一時期統一したこともあるほどの、古くて強大な家です。

「水びたしって、この地勢、人為的にできたものなんですか?」

「黒竜が金獅子と争って、十日十晩、大嵐を起こし続けた結果がこれって話だぜ」

「気象兵器ですか……天候をあやつるなんて凄いですね」

「神獣ってのは地表を変えるだけじゃない。強い奴は星をかち割っちまうような力を持っていた

らしい。そんなおそろしいもんを、どこの国も最低一体は保有しててさ。戦争になるたんびに

互いに戦わせてたのよ。おかげでかつて何度も、星そのものが危なくなるってことがあったらしいぞ」

だから神獣やら、あぶない兵器やらは、みんな封印しなきゃならないってことになったんですね?」

「兵器ってもんは、持ってりゃ絶対使いたくなる。見れば手に入れたくなる。だからひと目に触れない

ところに隠さないとってなって、うちの寺院ができたわけさ」

まさに禁断の果実ですね……」

 湖にはおびただしい数の船が浮かんでいます。乾いた大地よりも圧倒的に水が多いので、この

あたりは船が足代わりなのでしょう。

 湖の中央辺りから、もうもうと幾本もの煙の柱が巻き上がっているのが見えてきました。

そこはかなり大きな島に建てられた、中規模の街のようです。塔や結構大きな建物がありますが、

中央付近の石造りの城のような建物以外はほとんど木造のようで、全体が茶色っぽく見えます。

「お? 炎が見えるな。ビンゴか?」

 ビーッ、ビーッと、たえず熱線が吐き出される音が聞こえます。今まさに、鉄の兵士たちが

街を破壊しているのでしょう。すさまじい煙の中で、ぼうぼうと赤い炎がそこかしこから燃え

上がっています。

「早く止めなきゃ!」 

 僕は司令塔から身を乗り出し、赤い目を凝らしました。

 ああ、今まさに。鉄の兵士たちは街を襲い、焼き尽くしているところでした。鉄の兵士たちが

頭部から恐ろしい熱線を出しながら、街の通りをガシャガシャ音を立てて歩いています。

「バルバドスたちはきっと近くに身を潜めてるだろう。バーリアルを操るには、できるだけ近い

範囲にいないといけないからな。だからハヤトを拾い上げてバルバドスから遠く引き離せば、

とりあえずは奴の支配から逃れられる。ペペ、街の上を飛んでやるから、ハヤトを探せ」

「はい!」

 我が師は? あの人はどこに? 

 僕は目を皿のようにして我が師の姿を探しました。兵士たちを操っている、黒き衣の導師を。

 街の人々が逃げ惑い、船に乗って湖へ逃げようとしています。鉄の兵士たちは人々を追いながら、

絶えず熱線を出しています。悲鳴と混乱に満ちた街は、煙と炎がもうもうと立ちこめ、上空から

では通りの様子がよく見えません。

 ああでも。

――「うははははは!」

 我が師が遺物の幻燈を点検していた時に耳にしたような、いかにも悪の帝王らしい勝ち誇った

笑い声が、僕の耳に飛び込んできました。

「兄弟子さま、我が師の声です! あっちです! 街の中央の方!」

――「焼けてしまえ! 滅んでしまえ! うはははは! 滅びだ! 破壊だー!」

「うっわ、なんか楽しそうだなぁ」

「不謹慎なこと言わないで下さい!」

 僕は大鷲の首にかじりつき、その首を声がした方向にぐいっと向けてやりました。  

「いてえって! わかったって! そいじゃ降りるぜ。落ちるなよ」

 大鷲は力強くはばたき、街の中央へ向かって下降しました。

 ぼうぼうと燃え盛る炎の中をつっきり。突風を起こしながら。

「お師匠様!」

 鷲が着地する前に、僕は司令塔から飛び降りて走り出しました。

 両腕を広げて狂ったように笑っている、黒い衣の人……我が師に向かって。



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2014/11/02 10:59
ミコさま

ありがとうございます。
星をかち割るぐらいのものがわんさかあったみたいで
当時は「人類どころか星の危機」ばっかり起こってそれはそれは大変だったようです。
滅びる前に「しまっちゃおうねおじさん」(導師)が出てきて、
ナウシカ世界にはかろうじてならずに済んでるっぽいです^^
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2014/11/02 10:56
スイーツマンさま

もどせると思いますが大変なことに~・ω・;
三十分連続アニメのノリで毎回いこうと思ってますので
(しかし一体何クールあるのやらですが;)
まさに次回予告という感じのご感想、ありがとうございます^^
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2014/10/28 18:11
兵器とか神獣とか、ナウシカ「火の七日戦争」に使われたような武器が
寺院にはいっぱい眠っているのですね
争奪戦になるわけですね


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2014/10/26 19:47
魔道士と化した師匠を弟子クンはもとにもどせるか!
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2014/10/09 20:54
MC202さま
読んでくださってありがとうございます^^
ターミネイター好きです^^!シュワちゃんの肉体美はほれぼれしますよね*
あと、コナン・ザ・グレートも大好きです~^^
あの体で重たそうに剣を振り回してくれるからこそ
広刃の剣の重量感やかっこよさが出るのだなぁと。
とても見ごたえがある映画でした。

>缶コーヒー
私は生まれてこのかた曲げられたことありませんwむりですできませんw
(握力腕力全くないですOrz
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2014/10/08 11:30
「破壊」 で 連想するのは シュワちゃんの 「ターミネイター」
USJに居てた ターミネイターは 身長は高いが細かった( -.-)

今のワシは 缶コーヒーの上部を曲げる事さえデキナイ 凹
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2014/10/08 06:40
かいじんさま

読んでくださってありがとうございます^^
>続き
がんばります!・ω・>
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2014/10/07 23:56
むぅさま
読んでくださってありがとうございます^^
あくまでも私の場合ですが、
飽きたーって時は、章と章の間に幕間を挟んで別視点のお話を書いたりします。
アスパでも⑨の「約束」は別視点のお話です^^
二つ三つ、別のお話を平行して書くのも、飽きの対策になるかもしれません^
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2014/10/07 23:13
よいとらさま
読んでくださってありがとうございます^^
「いやほんとにやめとけって! マジでやばいってー!」
兄弟子さんがなんか普通にマジメなことを言ってる時は、超余裕がない時らしいです。
次回、その辺の事情をうまく書ければいいのですが……。
がんばります^^
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2014/10/07 23:04
夏生さま

読んでくださり、また、体調をお気遣い下さってありがとうございます><
異種族メニスは、この世界観で展開しているいくつかのお話の根幹テーマのひとつです。
今後、少女はお話にがっちり絡んでくると思います^^
楽しんでいただけますよう、続きがんばります^^
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2014/10/07 22:57
優(まさる)さま

読んでくださってありがとうございます。
うまくいくといいですよね。
でも、弟子くん解除コード覚えてるかなぁ^^;
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2014/10/07 22:55
おきらくさま

読んでくださってありがとうございます。
うわわわ。お仕事、フレーフレー、お仕事ー。
とりあえずご休憩に(・ω・っ手挽きコーヒー
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2014/10/05 19:50
いよいよ対面。

続きに期待します^^
アバター
2014/10/05 15:01
語り 誰の目から見たストーリィなのか
私はその手法がなかなか出来ません。。
どうしたら しっくりと違和感なく物語を進めて行けるのか。。
う~~ん

Sianさんは書いていて「う~~ん この視線で書き続けるのは飽きちゃったわ」という事ありませんか?
アバター
2014/10/04 10:57
おはようございます♪

ペペさんの心の一角に確実に刻まれた甘露の少女。
しかし、兄弟子さんも罪なことを。
あの娘はやめとけ、やめとけ、やめとけと言えば余計に
意識しちゃうじゃないですか。絶対狙ってますね^^

そして甘露の少女と別れて塩の道へ。
青い湖
白い塩
黒い村
赤い炎

お師匠様を無事に奪還できるでしょうか。
お師匠様を正気に戻せるでしょうか。

続きがとても楽しみです。

アバター
2014/10/03 16:09
今日は!

今回は甘露を前編のテーマにしており、その構築の良さに感心しました。
天界から降る露、天界にある不老不死の露・・・・実に深遠なテーマを少女に託しての
展開、続編でもこの少女は活躍するのでしょうか。

それにしても師弟の再会から物語がさらに広がって行くように思えて、早く続きを読み
たいと切に願っておます。

読者のためにもお身体を御自愛なされますようお願いします。
では、鶴首して次作をお待ち申し上げます。

m(_ _)m
アバター
2014/10/02 19:12
上手く、師を拾い上げられれば良いですね。

上手く操られている状態から、我に戻れば良いですね。
アバター
2014/10/02 16:02
続きが気になる…
仕事が手に着かない"(-""-)"←半分以上、現実逃避中




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