Nicotto Town



アスパシオンの弟子24  虹色の玉(前編)

 ぺぺ……

 ペペ……


 そうだ、僕は……!

 白い髭をたらした黒衣の人に名を呼ばれて、僕はようやく思い出しました。

 自分が今は何者で、どうなってしまったのかを。

 僕は人間に生まれ変わって。ハヤトの弟子になって。

 危機に陥ったハヤトを助けるために、そのまん前に飛び出して叫んだことを――。

『なんでやねん!』

 湖上の都で、我が師を前に僕は何度も叫びました。

 神聖語で「なんでやねん」と。

 僕の推測では、我が師はその言葉で正気に戻るはずでした。なのに。


「うるさいわ。どけ!」

「『なん……』きゅうう! お師匠様っ……な、なんで! や、ね、ん……!」


 神聖語で「なんでやねん」では、まったく効き目がありませんでした。

「ちくしょう! あの人、何考えてるんだ!」

 どうしてあの人は、僕がウサギの時の記憶を思い出すことに賭けたのでしょうか。

思い出せないかもしれないのに。しかもあんな風にこっぱずかしいことをムリムリ言わせるなんて、

とても卑怯です。計画的な犯行のニオイがぷんぷんします。

「愛してる」なんて……強制して言わせる言葉じゃないでしょう。

 ちょっと正座させて、とっくりじっくり説教しなければ!

 って……。

 僕はおろおろと、一面に広がる広大な白雲の波を見渡しました。

 ここはどう見ても、ついさっきまでいた北州の水上の都ではなく。

 白くて輝いていて暖かいところです。

 ああ、まさかここは――。

 雲の上に座る黒衣の人が深くうなずいてきました。

「そうじゃよ。天と地のはざま、死した魂が集う場所じゃ。ぺぺよ、人間の人生はどう

だったかね? 楽しかったかね?」



 白い髭の黒衣の人は、白い雲をわっせわっせと両手で練り上げ、椅子の形にしました。

 見ればふだんから雲の形を変えて、いろいろな家具を作っているようです。 

椅子やテーブル、食器のようなものまで器用に作りこまれています。

「ほれ、模様替えしてやったぞ。ここにおいで」

 黒衣の人は丸い器のような台座を雲で作り、くいくいと手招きしてきました。

驚きおののく僕が近づいてみると、とても暖かい手が触れてきました。

 そこでようやく、僕はおのれの姿が光の玉になっていることに気づきました。

 これが魂の様相なのでしょうか。なんとも形容しがたい色の玉です。赤も青も黄色も緑も混じっていて、

虹色としか言い表しようがありません。

 丸い雲の台座にはまった僕に、黒衣の人は、おだやかに聞いてきました。 

「ペペよ、そろそろ、わしのところに戻るかね?」

「いやです!」

 僕は反射的に答えました。そしてはっきり思い出しました。

 目の前の黒衣の人は、まごうことなく前世の僕を――すなわちウサギのペペを生み出した

人だということを。そして僕は前にも一度、確かにここに来て、この人に今と全く同じことを

聞かれて、全く同じように答えたことを。

 雲の上に座るその人――僕の創造主にして前最長老カラウカス様は、ばつが悪そうに頭をかきました。

「しかしのう、心配でたまらんのじゃわ。おまえさんは我が魂を分けて練りあげた人工魂

じゃからなぁ。できれば我が魂に戻してから生まれ変わりたいんじゃ。おまえさん、ほんとに

わしのところに戻る気は……」

「ありません!」

「じゃろうなぁ。他のみんなも自我を持ってしまって、おまえさんと同様好き勝手しとる。

となればちゃんと普通の魂と同じように輪廻転生を繰り返してくれるのかどうか見届けるのが、

わしの務めのような気がしてのう。それでここにしばし腰をおろしておるわけじゃ。つまり

わしはおのれの使い魔の創造主として、非常にセキニンを感じとるんじゃ」

「みんなって……」

「アルティメットギルガメッシュニルニルヴァーナや、ブーレイブーレインデードーとか、

潮丸一号二号三号とかじゃ。みんなおまえさんとおなじ、わしから生まれたものたちじゃよ。

しかしカメは万年生きるでな、いまだここには来ておらん。カナリアだったやつはここに来て

渡り鳥に生まれ変わったが、ついこの前またやってきて、今度はペンギンになったわ。

小魚どももやってきてな、極地でクジラの仔になっとる。みんな、しごく順調じゃ」 

 僕の創造主は、ニコニコ顔で聞いてきました。

「なあぺぺよ、人間になって楽しかったかね?」

「は、はい。楽しかったというか、ちゃんとハヤトに会えました。それはよかったと思います」

「転生先を自分で決めることは不可能と思っとったが。おまえさんを見てると、相当強く

念じれば、望みのものになれるのかもしれんなぁ。おまえさんはちゃんと人間になれたし、

カナリアも鳥が好きらしくて鳥類にばっかり生まれかわっとる。ペペよ、おぬしは

今度は何に生まれ変わるのかのう。楽しみじゃ」

「こ、今度はって……僕はここにくるなんて全然思ってなくて……」

「しかしここに来たということは、そういうことじゃよ。今生は終わり。次にいく時が

来たのじゃ」

 僕は動揺しました。冗談ではありません。寺院のことはまだ何も解決していないのに。

それに僕が死んだら、我が師は……。

「そ、そんな。僕は今すぐ戻らないと! ハヤトのもとに戻らないと!」

「おやおや。そんなにあの子のそばにいたいとは」

「だってあの人、まだひとりで靴紐結べないんですよ?!」

 もうあれはいい大人じゃよ、と僕の創造主は言いました。もう親がいなくても大丈夫だと。

 十年間、面倒を見る人がいなくてもいけたのだから、そんなに心配する必要はないと。

「ごらん、輪廻の流れがちょうど見えとるぞ」

 僕の創造主が天を指さしました。雲の合間に漆黒の天が見えます。藍色の空のまんなかに、

とても太い光の大河が流れています。よく見ればそれは、おびただしい数の光の玉のような

ものが集まってできています。

 何と美しいのでしょう……。

 あれは、魂の流れ。光の玉ひとつひとつが魂で、天のきわみに寄り集まっています。

 輝く魂たちは自然にできている光の流れに乗って、ゆったりと運ばれていくのです。

 次に生まれるところへ。

「いやだ……」

 僕は首を振りました。

「いやです。まだ行けません。僕はハヤトのところへ戻りたいんです」

「どうしてそんなにこだわるのかね?」

「だ、だってあの人は……その……」


 「僕」がいちばんはじめにみたものは。

 黒い髪の、男の子――。


「ぺぺよ、どんな理由があろうが輪廻の流れには抗えんぞ?」

 気恥ずかしくて口ごもった僕を、僕の創造主は優しい同情のまなざしで見つめてきました。

「わしみたいに雲に錨を打って、ここに居残ることすらできんだろう。素のままの姿で、

人の形をとることもできぬのだから。ほれ、お迎えがきたぞ」

「あっ……!?」

 雲がさっと開けて、漆黒の天が頭上いっぱいに広がってきました。

 とたんに光の玉の僕は雲の台座からふわりと浮きあがりました。

「か、カラウカス様! た、助けてください」

「すまんのうペペ。わしの力では、おまえさんを大地へ戻すことはできん」

「そ、そんな! 助けてください! ハヤトのところに戻して下さいっ」 

「無理じゃというに。わしは万能じゃないんじゃ。おまえさんらを見守ることしかできん」

「いやです!」

「達者でのうー」

「いやですってばー!」

 僕の創造主が手をひらひら振りました。

 僕はどんどんどんどん、光の流れの中へと押し上げられていきました。

 なすすべもなく。

 

 

 

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2016/02/16 20:05
兎から人へ
不思議な展開です
これからどんな冒険がはじまるのか
想像もつきません
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2014/12/20 15:26
かいじんさま
いつもありがとうございます><ノ


優(まさる)さま
いつも読んでくださってありがとうございます><ノ

スイーツマンさま
読んでくださってありがとうございます><ノ
「なんでやねん」と突っ込まれることは、
お笑いファンの師匠にとっては
「愛してる」といわれてるのと同義らしいです^^


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2014/12/06 09:34
神聖語でなんやねん?
どうしてそれが飛びでるのでしょうね
と思いつつ師匠のキャラそのまんまというところでしょうか
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2014/11/08 08:14
次回どうなるのですかね・・・。
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2014/11/04 23:25
次回がとても気になる展開ですね^^
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2014/11/04 12:09
カテゴリ:家庭
お題:模様替え

雲でもふもふテーブルとか楽しそう・ω・♪




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