Nicotto Town



アスパシオンの弟子24  虹色の玉(後編)

 見えない何かの力によって、僕はあっという間に光の大河へ引き寄せられました。

 すでに白い雲間ははるか眼下、手を振るカラウカス様は豆粒のよう。

 あたりを見渡すと、僕だけではなく実にたくさんの光の玉が雲間から浮かび上がっています。

 紅いもの。蒼いもの。銀色のもの。色はそれぞれ様々ですが、みんなこの数時間のうちに

亡くなった生き物たちの魂です。何とおびただしい数なのでしょう。動物だけではありません。

きっと植物のものもあるはずです。魂たちは星空よりも密度の濃い光の渦をなし、大きな流れ

へと一斉に向かっています。

 まずいです。空の高みのあの魂の流れに乗ってしまったら、僕は完全に「人間のペペ」では

なくなってしまいます。

 僕は必死に抗いました。なんとかして下へいこうとしました。しかしおのが意志に反して、

漆黒の天を流れる光の大河は、どんどんどんどん目の前に近づいてくるばかり。 

 抗う僕のそばを、フッと紅い玉がかすめていきました。それはとても熱くて、怒りと哀しみに満ち満ちていました。

『アスパシオン、許さない――』

 あ。もしかしてこれは……。

『仇を打てなかった……デクリオン様……デクリオン様……どこですか?会いたい……』

 ユスティアスさま!

 そういえばあの方は、バーリアルに操られた我が師に一瞬で倒されていました。

『たすけて』

『ああ、俺は死んだのか』

『おかあさん! おかあさんどこ!?』

『いたい……』

 哀しい叫びや泣き声がたくさん聞こえます。

 僕の近くにあるということは、水上の都にいた兵士たちや住民たちの魂なのでしょう。

 ああ、こんなに。なんという数。

 正気に戻った我が師は、おのれがなした所業に愕然とするにちがいありません。しかも僕まで

殺したとなれば、あの人は――

「だめだ……もう絶対笑わなくなる……だめだそんなの!」

 光の玉の僕にはもう涙は流せません。でももしまだ目があったなら、僕はすすり泣いて

涙をぼろぼろこぼしたことでしょう。

「いやだハヤト! ハヤト! ハヤト!」

 ああ……せっかく。せっかく人間になって、あの人のところに戻ったのに!

 このままでは、あの人をひどく苦しめることになってしまいます。

「ハヤト! ハヤト!」  

 

 ついに光の大河に呑まれるというその瞬間。

 

 はるか下の白い雲間が、突然かぽっと二つに割れました。

 豆粒みたいな大きさのカラウカス様が、驚いて飛びのくのが見えました。

 僕も驚きました。

 雲の割れ目から、光の玉がぎゅんと飛んできます。 

 ものすごい勢いで、流星のごとくまっすぐこちらに向かってきます。

 赤色のような、緑のような、青のような黄色のような、なんとも形容しがたい色の玉。

 虹色の、だれかの魂です。うっすら人の形をとっていて、髪の長い人なのだとわかります。

『ぺぺ!!』 

 僕はその魂に突撃され、がっちりと抱きしめられました。

『ぺぺ! 見つけた!!』

 まさか。この魂は。

 まさか。

 まさか――。

「ハヤト!!」

 まちがいありません。我が師の魂です。

『帰れ! 地上に帰れ! 死なせない。死なせないからな!』

 うっすら人の形をとる虹色の玉は、ゆらめく光の両腕で僕を包み込みました。

 暖かい空気で全身を覆われる感覚が襲ってきました。しかしそれは一瞬のことで、その光の

人は僕をパッと放しました。

『ぺぺ、ごめんな。いたかったろ? ほんとごめんな』

「ま、まって! なにを!?」

『俺のにいちゃんのいうことをきけ。わかったな』

「まって! お師匠さま! は、ハヤト! いやだハヤト! はなれないで!」

『心配すんな。秘技っ! スクリューボール!』

「ハヤ……!」

 輝く虹色の人は優雅に一回転して、思いっきり僕を蹴り落としました。

 まるで蹴鞠のボールを蹴るように。

 下へ向かって。


「ハヤトおおおお!」


 僕はすさまじい速さで下へ下へと落ちていきました。

 おそろしい勢いでぐるぐるぐるぐる回転して、落ちていきました。

 目が回りました。あまりの回転の速さに気が遠のき、ただただ、落ちる感覚だけがしていました。

 落ちて。落ちて。落ちて――。

 永遠に落ち続けるのかと思われたとき。


 すとんと、どこかに収まりました。

 

「う……」

 ずっしりとした体の感覚。ずきずき痛む頭。鉛のような手足。

 そして。あたりに降りている、とても濃い魔法の気配。

 空気がとても煙たいです。何か香のようなものを焚きしめているようです。

とても甘ったるい匂いがします。

「おお、成功か?」

 兄弟子さまの声が、耳元で聞こえました。

 僕は戻ってこれたのでしょうか?

 うっすら目を開けることができました。なんとなく違和感があります。

 体がとても重く、自分のものではないような気がします。ようやく開いた視界に、髭ぼうぼうの

人の顔が入ってきました。兄弟子さまが僕をのぞきこんでいます。

 周囲はとても暗く、岩だらけ。どこかの洞窟の中のようです。

「あ、兄弟子さま? ここはいったい? ハヤト……お、お師匠さまは?」

「おお! 大成功じゃん!」

 兄弟子さまは喜びの声をあげました。

「すげえなあいつ。ほんとにやりやがった」

「え?」

 僕は痛む頭を抱えながらゆっくり起き上がりました。

 すると、さらりと長い黒髪が肩に落ちてきました。


 え……? 黒い衣を着ている……?


 僕はおそるおそる、自分の顔をさわって確かめました。

「こ、これって……!」

「いやあこの俺様も初めて見たよ、魂転移の術。ハヤトすげえなあ。俺よりすごい導師なんじゃね?」

 僕の顔は、自分の顔ではありませんでした。手足は大人のものになっていて。黒い衣を着ていて。 

 これはまるっきり……そう、まるっきり……!

「な……なんで僕が、お師匠さまになってるんですか!!」

 目を見開いて辺りを見渡すと。すぐそばに魔法陣のようなものが描かれており、ひとりの

少年が横たえられていました。

 胸に深い傷のある、息をしていない少年。

 それこそは。

 まごうことなく、僕の体でした。

「なんで! ど、どうして?!」

「どうしてってそりゃあ、ペペの体はもう死んでるからさ。ピンピンしてる方に入れられるのは、

当然だろ?」

「入れられた?!」

 さもなんでもないことのように飄々と答える兄弟子さま。

 僕はうろたえ、蒼ざめました。

「な……なんで!! どうしてっ!!」

「そりゃあもちろん、ハヤトはペペを助けたかったんだろうに?」

「そんな……そんな! こんなのって!」

 信じられない事態にぶるぶる震えて、僕は僕のものではない顔を覆いました。 

 僕は蹴られて、我が師の体に突っ込まれたのでした。

 あの人によって。

 あの人の代わりに――。

 

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2014/11/10 22:44
かいじんさま

コメントをありがとうございます。
さてどうなりまするか・ω・;
兄弟子さまののほほんぶりがなんともいえないですよね。
転生しまくっていて経験豊富とはいえ、ほんと動じないなぁと思います・・;
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2014/11/10 22:40
優(まさる)さま

コメントをありがとうございます。
ぺぺにとってはまさに想定外の出来事。
このままおとなしく師匠の中で生きるわけにも……なので
たぶんこれから大団円めざして一所懸命がんばるのだと思います^^
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2014/11/10 22:38
よいとらさま

コメントをありがとうございます。
スクリューボールは前最長老直伝、
技コマンド入力が超絶難しいものと思われます(違
習得イベントは、ウサギを誘って暮れなずむ寺院前の湖の岸辺へ行くととはじまりま……(
とりかえばや物語、はたしてどうなりまするか、楽しんで下さいますれば幸いです^^



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2014/11/10 21:55
カラシニコフさま

コメントをありがとうございます。
師弟ものはどうしてもBLくさくなってしまいますよねw
しかし師匠もウサギもマザコンで双方向な親子関係です。
(師匠→面倒見られて親と認識・ウサギ→誕生時の刷り込み)
しかも師匠はまだ親離れできていないという……汗
相手が恋人に昇格することはく、ずうっと親子でいくんだろうなぁと思っています^^;
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2014/11/09 22:25
何とも言えない結末・・・
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2014/11/08 08:19
本人成って生きるしかないのですね。

死んだ者は、元に戻る事は出来ないと言う事かも知れませんね。
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2014/11/05 00:13
こんばんは♪

秘技!スクリューボール!
ボールに進行方向を軸とした高速回転をかけ、
ブレることなく狙ったターゲットに蹴り込む
SR+級の超絶シュートと拝察いたしました。

幽体離脱中の自分の体に他の魂を放り込むなんて、
転生というより転校生に近いですねぃ^^;

お師匠様はどうするのか、どうなるのか
非常に気になるところです。

さて、オーラの色がそのまま魂の色のようですね。
よいとらの魂はきっと黄色と黒のストライプでしょう^^;

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2014/11/04 22:00
うぅーん。
BLというかなんというか、そっち系の色合いが抜けないですね。www




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